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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第16章 不完全感覚Drummer
243/572

敗因、上川音琶は伝えたい

 ***


 9月2日


 帰ってきた時、既に布団は全て占領されていたからやむなく物置に置いてあった座布団を枕代わりにして眠りについた。朝飯も食わずに午後になるまで眠り続けて、ようやく起き上がる頃には暖かい日差しが俺の部屋の中を照らしていた。


 時間帯的には、布団を占領していた奴が起きていても不思議ではないはずなのに...、


「......」


 当の音琶はぐっすりだった。いくら今日バイトないからって、羽目外しすぎではないか?昨日のバイトが久しぶりすぎたから相当疲れているんだろうけど。

 寝間着を鼠径部から鳩尾まで大胆に露出させ、枕に抱きつくような体勢で大きな寝息を立てる、女を捨てた少女の姿がそこにはあった。どうせ起きたらこの嫌らしい格好もお預けになってしまうから、起きるまで待つとするか。作り置きしといた夜食も食ってくれたみたいだし。疲れているだろうし。

 適当にシャワーを浴びようと思ったが、その前にスマホを確認する。日付的に荷物が届いていてもおかしくないし、もしかしたら寝てる間に宅配が来ていたかもしれないからだ。

 案の定電話が掛かっていたみたいで、知らない番号だったが恐らく宅急便のものだろう。結羽歌からもLINE入ってるし。多分音琶にもLINEが来ているだろう、当の本人は夢の中だけどな。

 まあいい、どうせ夕方頃に電話掛かってくるだろうし、それまでにやるべき事は終わらせて音琶が起きたら話聞いてやろう。


 ・・・・・・・・・


 シャワーを浴び終えて再びリビングに戻ると露出魔がお目覚めになっていた。せっかく浴び終わってからも例の姿を堪能してやろうと思ったのに残念極まりない、服も着替えてるし。


「起こしてくれてもよかったのに...」


 やや不機嫌気味の音琶。いつものように頬を膨らませ、俺からわざと目を逸らしている。


「幸せそうに眠る人の時間を邪魔したくなかったからな」

「夏音にしては優しい回答だな...、なんか怪しい...」

「怪しくねえよ」


 何かを察した音琶がこっちを見つめてくるが、このまま正直に言ってしまうと変態だと思われてしまうので、別の話題を用意する。どっちかと言うと俺が一番聞きたかった話題だから、話を振るタイミングが少し早くなったと思えば良い。

 訂正、もうとっくに変態だと思われているな。変態なのはベーシストだけじゃねえんだよ。


「昨日のレコはどうだったんだよ、些細なことでもわかったら言ってくれよ」

「......」

「俺は今日という日をこの瞬間まで楽しみにしてたんだよ、音琶が求めていた音に少しでも近づけるんじゃないかと思ってだな」

「本当に都合良いんだから...」


 ......?

 なんだこの、『せめて何かしてくれてもいいんじゃない?』みたいななんとも言えない感じは。恋愛は頭脳戦とかいう謎の風潮があったりするが、俺はそのような仕掛けをしようとは思わない。だって現に付き合ってるし、仮に告った方が負けなら音琶は既に俺に敗北している。この際俺は勝ったことになるのか...?てかこれ、なんの勝負だ。


「とにかくだ、聞かないといけないんだよ。俺は、お前を、喜ばせたい...」

「......」


 これでこいつの機嫌が良くなるとは思えない。でも、本音なのは確かだし、夜勤中も考えてたくらいだ。それくらい、音琶のことも自分の演奏のことも考えているつもりだ。


「そうだね...」


 暫く考え込むようにして音琶は喋り出す。こいつだってきっと、昨日あったことを話したくて仕方ないはずだ。言い出しっぺなわけだし。


「ベースやってるこって、ちょっと変わったこが多いなって思ったかな。なんかそれが普通みたいな感じになってたしさ」

「いや、俺が聞きたいのはベースじゃなくてドラムなのだが」

「むむ、他のパートは気にならないの?」

「バンドで合わせる分には気にした方がいいだろうけど、まずはドラムからだな。あとの楽器はドラムの話を聞いてからだ」

「そっか」


 恥じらいながらも言うべきことを言おうと頑張る音琶。頬が赤くなっていて可愛いが、敢えて何も突っ込まずに奴の話を聞こうと俺も努力する。


「ベースのこ以外は時間ギリギリまで演奏したいって言ってたよ。やっぱりみんな音楽に対する気持ちとか想いを大事にしてるんだなって思ったよ」

「音楽に対する気持ち、ね」

「レコなんて普段はできないことだから、特別な想いがあったみたいだよ。夏音ももっと音楽を好きになった方がいいと思う」

「......」


 もしかしたら、俺は音琶が好きだから音楽をついでにしているのかもしれない。何というか、好きな人と一緒に居れば、何をしても楽しく感じてしまう錯覚というものなのだろうか。

 俺は音楽がしたいから、12年前にスティックを握った。それからタムとシンバルを叩き続け、特に深いことを考えずにここまでやってきた。ただ、自分にとっての居場所が見つかった気がして、自己満足に浸っていただけなのかもしれない。

 音琶に出会ってなければ、大事なことに気づけないまま一生を終えていたかもしれない。だとしたら...。


「あのこ達、別段すごい上手いってわけじゃなかったよ。でも、音楽に本気で向き合ってて見てるこっちが応援したくなるっていうか、楽しくなっちゃうっていうか、上手く言えないけど、そんな感じ...!」


 上手い奴が必ずしも誰かの心を打つことは出来ないってか。音琶が今まで言い続けていたことだな。


「やっぱり夏音は、まだ音楽を楽しめてないと思うよ!私がどうにか出来る問題かはわからないけど、これは夏音自身が本気で考えないとダメなことなんだよ!」

「......」


 俺自身が考えること、か。やはり今までの感覚は錯覚だったのだろうか。音琶と共に居ることは楽しいし、幸せだ。でも、音楽と合わせるとどうなるか、それについて本気で考えたことがなかった。それはつまり、俺はただ逃げていただけなのだろう。

 勝負以前の問題だな、始まる前から俺は負けていたのだ。音琶のことが好きでたまらないが故の敗因だ、ならば音琶だけでなく音楽を愛することで失ったものを取り戻すしかない。

 上手いだけじゃ足りない。大切な人を守る為にもやらなければいけないことを、今までとは違う方法で探ることになりそうだ。


 一番の敗北者は、俺だったのだ。

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