レコ、緊張しても
ドラムとベースのデータが入った音源をヘッドホン越しに聴きながら、ギターの音色を奏でていく。流石ストラトキャスターによって出される心地の良いノーツが響き渡り、思わずギタリストの血が騒ぎそうになったけど我慢する。30分間では物足りないくらい、もっと聴いていたくなるような音色...、震えていても、ギターにかける想いや熱が伝わってきて、思わず身体が動いてしまいそうだった。
基本難しい部分はなく、2番目のサビ終わりはソロが入っていたけど、若干遅れたくらいで音圧はしっかりしているし、音作りも一番良くできていると思った。本音としてはソロの部分だけ録り直したいんだけど、今回のレコはそれが出来ない仕様だから、本人が不満だったら一通り最初から演奏することになってしまう。だからこの際、ミスに気づいたら最後まで演奏しないで途中で切り上げるのも手である。そうすれば結構時間は短縮できるもんね。
「えっと...」
「どうしますか?」
まだ緊張が解けてないギターの彼女は、一通り演奏が終わっても次に自分が何すればいいのか頭が追いついていないみたいだった。さっきの2人を見てればわかるはずだけど、それくらいこの空気に馴染めてない証拠だった。でも、このままだと満足できる演奏なんて出来ないと思うし、時間だって待ってくれないからどうにかして肩の力を抜かないといけない。
演奏以外で演者のサポートをすることは私にもできるし、このまま放っておくわけにもいかない。だから私は一度ステージに上がり、目の前のギター少女の両肩に少し強めに手を置いた。
「ひゃぅっ...!」
思いがけない展開に驚いたのか、ギターの彼女が素っ頓狂な声を出した。それを見た洋美さんは私を止めることなく、『そのまま続けろ』とばかりに視線を送っていた。後ろの3人は少し怪訝そうにしていたけど、そんなのはお構いなしだ。
「緊張してる?」
「は...、はい」
「そうだよね、レコなんて、普段なかなかできないもんね」
返事をした直後に俯いてしまうギター少女。もしかしたら後ろで待機している2人はレコを過去に体験したことがあるのかもしれない。だから少しばかり余裕がある感じだった、真偽はわからなくてもそう解釈することだってできる。でも、このこは人前に出ることも少ないんだと思う。それは私も同じだったし、同じような感情を持った人の気持ちは痛いほど分かる。
でもギターは上手いし、練習量は半端ないんだろうな。
「でもね、立ち止まってるままだったら、折角の綺麗な音色も奏でられない。ミスすることが怖いのはわかる、緊張して手が震えるのもわかる」
「......」
「普段より出来なかった時ほど、悔しいものなんてないんだよ」
私の今の言葉を聞いた少女は顔を上げ、意を決したかのようにギターを構え直した。3分くらいはロスしちゃったけど、もし全体で押しちゃったらその分のお金は私の給料から引かれるんだろうな...。でも、正確な時間でレコが進んだとしても、練習では出来ていたことが本番で出せなくて、満足のいかない音源が完成していしまうくらいなら、これくらいのロス、私がどうにかしてやる。
このこを見てると、昔の私を思い出すから...。
・・・・・・・・・
あと残り3分、ついさっきの演奏で終えても良いくらいの出来まで這い上がっていたけど、まだ時間は僅かに残されている。あと一回やるとなると確実に押すことになるけど、やるかやらないかの判断はギター少女に託されている。
「あの...」
「ん?」
「もう一回だけ、やってもいいですか?」
私だけでなく、洋美さんやバンドメンバー、顧問の先生に向けて聞いていた。
「大丈夫です!」
押してしまった時間は次のボーカルのレコの時間分に使うこともできるけど、ボーカルがもし上手くいかなかったら元も子もない。だから、最低でもこれから始まる最後のギター演奏に全てが掛かっていても過言ではない。
それでも、少女はもう一度弾くと言った。それだけの覚悟が彼女にはあって、まだ上を目指そうとしていた。
「そしたら、始めます。ヘッドホン付け直して、用意が出来たら合図お願いします」
「はい!」
さっきよりも気持ち強めに少女は返事をして、ギターを構える。ネックを持つ左手は、最初と違って震えてなくて、どこか力強さを感じた。
まだまだ上を目指せる。ステージに立つ少女はきっとそう思っていたんだろうな。




