呼出、遅刻は許して
4月26日
目が覚めた。
外は雨が降っていて暗く、今現在何時なのかわからない。
このまま二度寝するか、それとも起きるか。
時間を見てから決めようとして、テーブルに置かれてある時計を確認する。
「......」
午後1時、最早溜息をつく気力すらも失せていた。
大学生になってから午後に起床することが多くなっているが、こんなんで大丈夫なのだろうか。
確かに初出勤で朝の5時まで働き、夜勤とはいえ日付が変わる前後はそれなりに忙しかった。
先輩達が親切に教えてくれたおかげで基本事項は大体覚えたものの、思ったより体力が持たず何度も睡魔に襲われたし、そのたびに先輩に声をかけてもらったけどあまり効果がなかった。
早めに金を手に入れたいという一心であんなハードなバイトを選んでしまったが、もう少し考えるべきだったな。
鳴成の生徒はいたけど昨日居た人は夜間主だったし、昼の人には合わないかもな。
いくら悔いても時間は戻ってこないし、諦めて昼食の準備でもするか。
冷蔵庫を開けると、ここ最近夕飯を抜く日もあったからか食材がそれなりに確保されている、賞味期限が昨日までのものもあるので、日付の古い順から片付けることにした。
適当に卵と、野菜室からキャベツを取り出し、それぞれ調理する。
米は炊いていなかったから今日の主食はパンである、もちろん最安の食パンで節約のため2枚しか使わない。
その代わりにパンの表面にチーズ、ケチャップ、ソーセージ、ピーマンをのせてトースターに投入するとピザトーストになるわけで、全て完成すれば貧乏なりに品のある昼食が出来てしまうのである。
「いただきます」
何度もしたこの挨拶は無意識に発しているだけだ、当たり前のことなのはわかってるが、俺の場合他の人とは違う。
今までずっと一人で食べてきたからである。
周りに人がいても共に食べているという感覚がなく、誰も俺を見ていない。そんなの一人で食べているのと同じだ。
むしろこうして、自分の部屋で自分の作ったものを食べている方が心地良い。この前のことは除くけどな。
トーストを齧りながら考える。今この場所に音琶がいたらどんなことを話してるのか、音琶はどんな顔するのか、あいつは今何してるのか気になった。
この前みたいに突然部屋に入ってきたりするのかな、なんて思ったりする。
全て食べきるまで色々考えてしまったが、結局誰も来なかった。まあそうだよな、勝手に誰かが来てくれることを期待してるだけなのだ。
そんな思い通りに事が進むわけない、いつだってそうなんだから。
食器を片付け、夜勤までの間何しようかなんて考えながらスマホを開く。アプリゲームのログインを済ませたら授業の復習でもするか、どうせ他にやることもないし。
肝心のアプリを開こうとして気づく、10件以上もLINEの通知が来ているということを。
正直LINEなんて、高校時代バイトの打ち合わせや保護者の帰りの連絡くらいでしか使ってなかったから、こんな数の通知が来ているだけで驚いた。
一体誰からなのか。
RINO:今日これから時間ある?
上川音琶:ちょっと夏音!寝てんの?
池田結羽歌:起きてますか?
えっとこれは......。
他にも、昨日入会した軽音部のグループ内の連絡が来てたが、これは特に重要なものでもないからスルーする。
だとしても早起きの催促や暇なのか聞いてくるような通知は無視しない方がいいだろう、てかRINOって誰だよ、猫のアイコンがやけに可愛らしい。
取りあえず先に、差出人不明のLINEに返信をする。
滝上夏音:どちらさまですか?
RINO:私だよ、軽音の浜中鈴乃だよ、友達登録したから確認よろしくね
ああそういうことか、登録してない人からだったから気づかなかったけど、グループを通じれば簡単に登録できるもんな。
鈴乃先輩が俺に何の用だろう、音琶と結羽歌からも来てるから何か企んでるのだろうか。
滝上夏音:何の用ですか? 一応夜勤までは時間ありますけど
RINO:よかった、じゃあこれから駅前のショッピングモール来てくれる?
滝上夏音:はあ、了解です。
とりあえず後の2人にも連絡したけど、全員揃っての連絡らしい。
・・・・・・・・・
急ぎ気味で目的地に到着すると、例の3人が楽器屋の前の椅子に座って駄弁っていた。
最初に音琶が俺の存在に気づき......、
「遅い!」
いきなり一喝してきた。
仕方ないだろ、初出勤で疲れてそのまま寝落ちしたんだから。
「いや、鈴乃先輩、通知気づかなくてすいません」
音琶は無視しておき、鈴乃先輩に形だけとは言え謝る。
「ううん、全然いいよ。夏音くん待ってる間3人でお昼ご飯食べたし、ゲームもしたし、服もみてきたし」
「ちょっと! 私の話聞いてる!?」
「音琶ちゃん、落ち着こ?」
音琶が何か言い、結羽歌がそれを抑えてる、という状況を気にせず鈴乃先輩の話だけ聞いた。
なんていうかこの人すごいな、初めて会ったときから思ってたけど、それほど後輩が入ってくるのを心待ちにしていたのだろうか。
こんな早くから後輩連れて買い物なんて、大学生らしいと言えば大学生らしいが。
「それで、わざわざ俺を呼んで何をしようとしてるんですか?」
「それはね......」
鈴乃先輩が何やら不敵な笑みを浮かべて言い出した。
「さっき服買ったって言ったでしょ?そのとき音琶が水着見たいって言って試着したんだけどね......」
「わわ! 鈴乃先輩ストップ!!」
音琶が顔を真っ赤にして鈴乃先輩を止めようとした。
「先輩、そんなことのために呼んだんなら俺帰っていいですか?」
それが本題じゃないことくらいわかってたけど、流石にこの場で言うようなことじゃなかったから切り上げるふりをする。
まあ、音琶の水着姿は興味あるけどな、胸でかいし。
「ごめんごめん、ちょっとからかっただけだから帰らないで」
黙って振り返り、鈴乃先輩は何やら耳打ちしてきて、
「全部聞いてくれたら、音琶の水着の写真見せてあげるからさ」
「はあ......」
別に見せてくれなくても聞いたけどさ、そんなに俺めんどくさそうな顔してたのかね。
まあ俺の表情が思ってることが一致しないのは昔からだし仕方ないか、音琶の水着姿のためにも協力してやってもいいよな。
「ちょっと、鈴乃先輩! 今夏音に何吹き込んだんですか!?」
「まあまあ、それじゃ行くよ」
「あ! 待って下さい!」
鈴乃先輩にとって音琶は可愛い後輩なんだろうな、いじりがいがありそうだし、音琶の反応も面白いんだろう。
この程度の冷やかしなら、別に悪いとは思わない。
「ごめんね、夏音君」
さっきから音琶を宥めていた結羽歌に声をかけられた。
「なんでお前が謝るんだよ」
「えと、その......」
「ほら、行くぞ」
そう言って、結羽歌が何か言おうとしていたけど気にせず音琶と鈴乃先輩について行った。




