誤解、されると面倒
友人とは何か。
普通の人なら簡単に答えることができるものなのかもしれない。
きっと友人が居る者は、全員同じ答えを持ってなくても、何かしら答えることはできるだろう。
ついさっき俺にも友人が居るということが判明した。
いや、ずっと前にはできていたんだろう、でも気づけてなかった。
気づけてなかった理由はわかるのに、友人という存在について説明できないなんて、俺は重症だな。
・・・・・・・・・
授業が終わってから真っ直ぐ部室に向かったからか、まだあまり人が居ない。
音琶もまだみたいだけど、何て言ってくるだろうか、みんなの前で誤解を生むような発言だけは勘弁して欲しい。
「あれ、君アンプ壊したんだって?」
「......」
入るなり、恐らく同じ学年であろう男にいきなりこんなことを言われた。
直接壊したのは俺じゃないけど、噂が噂を呼んで俺が壊したことになってんのか?
それもそうだけど、いくらなんでも初めて会話する相手に言うことじゃないだろ、と思いつつここは大人になって抑えることにした。
「そうかもしれないな」
それだけ返し、床に座る。
にしてもこの感覚、あまり慣れない。床には人が集まるスペースと、機材が置かれている場所だけに絨毯が敷かれているが、それ以外は体育館の床のようになっている。
「え、私はベース志望のこが壊したって聞いたけど」
今度は後ろで軽くアコギを弾いていた女子が言い出した。こいつも1年だろう、新歓のとき客席側にいたからな。
噂なんて嘘の話でも、広まってしまえば誤解を解くことなんてできない。昔からよく学んでいることで、誤解を生まないようにしようと心がけても相手の捉え方と自分の行動が悪い方に食い違えれば、誤解された側は何故か悪者になり果ててしまう。
アンプの件だってそうだ。このまま誤解されたままでいるのは腹が立ったけど、本当のことを言っても信じてくれるほど人間という生き物は都合のいいように出来ていない。
もし俺が『壊したのは結羽歌だ』と言ったらどうなる?
人によっては信じる奴もいるかもしれないが、本当のことを言ったところで他人に責任を押しつける最低な奴だ、なんて思われるかもしれない。
何よりも結羽歌が嫌な思いをするかもしれないしな。
今回に関しては俺もその場にいたわけで、アンプからシールドが抜けるまでの間をしっかり見ていれば防げたことかもしれないのだ。
「それでさ、結局お前が壊したの?」
「うるさい」
別に本当のことを言うつもりはないが、誤解されたままなのは嫌なのでなんとしても口を割るわけにはいかなかった。
だから適当にあしらっておく。
「へえ、まあいいや」
諦めたのか、これ以上奴は追求してこなかった。
隣に気配を感じ、視線を移すと音琶が座っていた。ここは話しかけるべきなのだろうか。
「あ、音琶おつかれ」
すると、さっきの奴が音琶に話しかけていた。
こいつは知らない間に色んな奴と仲良くなってるような奴だし、同学年の奴一人や二人と話しても違和感ないな。
俗に言う陽キャって奴なのかもしれない、だとしたら俺とは確実に釣り合わないな。
「おつかれ、湯川」
湯川っていうのかこいつ、名前で呼び合うのが掟だけど、音琶は奴を名前で呼んでなかった。
「おいおい、俺は音琶のこと名前で呼んでるのに俺のことは名字かよ、掟読んでないの?」
なんだこいつ、音琶は少し引いてるし、俺も俺で少し気持ち悪かったぞ。
噂好きで異性に対してデリカシーがないとか俺のまさに嫌いなタイプだな、まだ顔を合わせて間もないのに、こいつの評価はこの数分で既に下がりまくっている。
「いや、まだあんま親しくない人にいきなり名前で呼ぶのは抵抗あるし」
いつもの明るい音琶とはほど遠い、思い詰めた様な表情をしている。
音琶よ、この台詞俺に向かってよく言えるな、出会って間もなくいきなり名前で呼ばれた身なんだが。
「名前で呼ぶことで親睦深めようって意味じゃないの?」
他の人だったら、この状況をどう捉えるだろう。
少なくとも俺は、この湯川という男が悪い意味で空気が読めてないと捉える。
相手があからさまに嫌そうな顔をしてないならまだしも、まずは音琶の気持ちを汲み取ってやるべきなんじゃないか?
「そうかもしれないけど、少しは考えてよ」
音琶が湯川を睨みつけ、無理矢理会話を終了させた。
音琶は裏表が無さそうだから表情を見れば何をどう考えてるかなんてすぐにわかる。だから湯川はそれを学んだ方がいいだろうな。
「なあ、音琶......」
そう話しかけようしたけど既に部員が全員揃っていて、部長が部会を始めるという合図をしたので結局できなかった。
明日からゴールデンウィークが始まるということもあり、今日の部会は先週ほどではないが情報が多かった。
サークル内ではこれといった活動はないものの、市内にあるライブハウスのイベントの告知だったり、隣町の大学と合同ライブをするから行きたい奴は後で申し出ろだとか、まあそういった所である。
部内メインのイベントじゃなかったら、必ずしも出席というわけではないんだな。
そして遂に部費も徴収するらしい、勿論掟通りの金額の訳で。
財布から昨日下ろしたばかりの大事な大事な1万円札を取り出し、会計の先輩に渡そうとして気づく、会計の先輩は浩矢先輩だったのである。
先輩は俺を睨みつけ、何も言わずに1万円札を受け取った。
そのまま戻って音琶に話しかけようとしたとき、
「待て」
浩矢先輩に引き留められ、嫌々ながらも振り返ることにした。
無視したらまたキレられそうだし、今は部員全員が居る場でこの前みたいなことにはしたくない。
「部費払ったんだから、LINEグループ入れ。とりあえずスマホ出せ」
相変わらずの感じの悪い口調でスマホを出す動作をしてきた。
さっきから後ろに並んでる結羽歌が怯えている。
「......」
俺は無言でスマホを出し、LINEを起動させる。
認証システムから浩矢先輩のスマホにアカウントを送ると、すぐにグループの招待通知が届いた。参加を選択し、俺は正式に鳴成軽音部のメンバーとなった。
「後ろの奴が待ってるから早く行け」
そう言われ、今度こそ音琶に声を掛ける。
「えと、お疲れ」
「私まだ並んでるから話しかけるなら後にして」
どうやら相当お怒りのようである、LINE無視したから仕方ないか。
その後も先輩達を含めた部員共が諭吉を手放してはグループに参加していった。
その間、誰も言葉を発さず、ただ無言を貫いていたのは何故なんだろうか。
それにしても1万円なんて大金、どうしてこうも簡単に払えるんだろう、俺が単に貧乏なだけなんだろうかと思うと心が痛む。
「夏音」
名前を呼ばれ、振り返ると音琶が立っていた。
「なんだよ」
「それはこっちの台詞、先に話しかけてきたのは夏音でしょ」
「そうだったな」
いつも以上に話が噛み合わない、ここでどうにかしないと日高に申し訳がつかないけど、どうしたらいいのか。
「すまんかったな、LINE無視して」
取りあえず彼女の怒りの原因について謝ってみるが、それで許してくれるなんて思ってないけどな。
「別にそんなのどうだっていい、日高君なんか言ってた?」
あれ、怒ってないのか? だとしたらなんでこんな顔してんだ。
「いや、特に何も」
「それならいいんだけど......」
いくらなんでも違和感を感じたから本題を聞くことにした。
「怒ってるよな、昨日のLINEもそんな感じだったし」
しかし、音琶が言ったのは思いも寄らないことだった。
「あれは勢いで言っただけだよ、夏音がそれっぽいこと言ってて、ちょっと引っかかってただけ。それにこの前言ったでしょ、自分のことばっかりだって」
音琶がそう言ったのはよく覚えているが、あれはその場しのぎで言ったんじゃないのか?
「たださ、日高君が辞めたのって、私が自分のことばっかりだったからなのかな? って、ちょっと不安になっただけだよ。そうでないってことはわかってるけどさ」
「......」
返す言葉が見つからなかった。
どうやら俺と音琶の間では大きな誤解があったようだったし、俺も思い過ごしが激しすぎたのかもしれない。
「だからさ、私日高君のぶんも頑張るよ。またギター探さないとね」
「......そうだったな、ギター見つかるといいな」
そう返したとき、部費を払い終えた結羽歌が入ってきた。
「二人で何の話、してたの?」
浩矢先輩が怖かったのか、いつも以上に挙動不審になっている。
とてもあの真剣な表情でベースを弾いていた人とは思えなくて心の中でちょっと笑ってしまう。
「これから頑張ろうねって話だよ」
音琶の表情はいつものに戻っていた。やっぱりこいつはこうでないとな。
「今日はこれで解散にします、ライブ行きたい人はLINEでお願いします」
部長の合図と共に練習のために部室に残る者や家に帰る者、または飲み会に行く者で分かれた。
俺はこの後バイトがあるから帰ることにし、部室を出ようとしたとき、
「そこの3人、ちょっといい?」
鈴乃先輩だった。
「何ですか」
「ゴールデンウィークの予定、空いてたら5日の合同ライブ来てくれないかな? 私のバンド出るんだ」
そうきたか、ゴールデンウィークはバイトに専念しようと思ってたんだけどな。
「私行きます!」
音琶が即答した、早いな。
「私も......、行きたい、です」
結羽歌も行くと答えた。
そうなれば俺も行った方がいいかな。
「じゃあ俺も、行きます」
鈴乃先輩は他の先輩とは違って接しやすいというのもある。
それに合同ライブともなれば、他の大学のバンドも見ることができるのだ、これからバンド組むに当たって良い機会になるかもしれない。
「それじゃ決定ね、時間と集合場所は後日グループで伝えるから!」
そう言って鈴乃先輩は自分のギターを取り出し、練習を始めた。
さて、俺は22時から初出勤なわけだし、一旦部屋に戻って準備でもするか。




