姉妹、二人の再会
◈◈◈
8月28日
「私も、サークル辞めちゃおうかな...」
「へっ?何言ってるのよ!?」
鳴成駅で電車待ちをしていた私は、大きなショルダーバッグを抱えながらそう呟いていた。それを聞いた琴実ちゃんは明らかに焦ってたけど、そんなの気にする余裕もなかった。
「やっぱり、あれは私のせいで...」
「あんたまだそんなこと言ってんの!?いい加減にしなさいよね」
「だって...」
「どうせ部室で待ってたって、先輩達はみんな鈴乃先輩のこと忘れてる振りしてるわよ」
実家に帰れば少しは気持ちの整理が出来ると思って、無意識に本音が出てしまった。フェスの間だけでも忘れようとして、もう大丈夫だと思ってたけど、次の日には事態が一変していた。琴実ちゃんもただごとじゃないってことはわかってるはずだけど、敢えて何にも言ってないだけで、私の暗い顔なんか見たくないんだよね...。
「それに、西吹市についたら全部聞いたげるって約束したでしょ。私は約束を守る女よ、そんなの結羽歌が一番良くわかってるじゃない」
「う、うん...」
「それに、実羽歌だってあんたに会えるの楽しみにしてるんだしさ。そんなしょげた顔してたら可愛い妹が心配するじゃない。元気な姿見せなくてどうするのよ」
「......」
私が気に掛けてること、それは言うまでも無く鈴乃先輩の件だ。3日前の鳴フェス、LoMのステージが終わってテントに戻ったら鈴乃先輩の姿はそこには無かった。部長曰く『体調が悪くなったからバスで帰ります』という連絡が入っていたみたいだった。その後はいつも通り、夜中の3時くらいまで飲み明かしていた。それから警備員の人に起こされ、会場を出る頃には正午になりかけていた。それまで茉弓先輩は私や音琶ちゃん、夏音君のことは一切触れてなかったし、鈴乃先輩のことも何も知らない振りをしていた。
その時に何気なくLINEを起動させると、鈴乃先輩がグループを退会しているのがわかってしまった。慌てて何度も電話を掛けたけど、鈴乃先輩が出てくることはなかったし、Twitterのアカウントまで削除されていた。
鈴乃先輩は、完全に私達の前から姿を消してしまった。それもほとんど、私のせいなんだ...。
「実羽歌を驚かすんじゃなかったの?」
「......」
「いつまでそんな顔するのかしらね。本当にこういうとこは変わんないんだから...」
電車がホームに着き、呆れ顔になった琴実ちゃんは私より先に車内に入っていった。
・・・・・・・・・
「着いたわね」
「うん...」
「そんなしょげた顔してんなら家に入る権利なんてないわよ?」
「わかってる...、わかってるよ...」
電車に乗って1時間弱で私と琴実ちゃんの地元である西吹市に到着。駅から家までバスで数十分、着く頃には午後の五時になろうとしていた。
辿り着いた家の前の玄関、今日は平日だからお父さんもお母さんもまだ家に居ない時間帯で、実羽歌はお留守番している。学校が始まっているとは言え、きっと私が居なくなってから退屈な毎日を過ごしてるんだろうな...。さっきLINEしたら『今日はお姉ちゃん帰ってくるから居残りしないですぐ帰るよ』って言ってたし、それくらい私に会えるの楽しみにしてたんだよね、だったらいい加減明るくならないと...!
意を決してインターホンを鳴らす。すると中から小走り気味の足音が聞こえてきて、扉が開いた。
「あれ?えっと...」
左手でドアノブを掴みながら、私の大切な妹、実羽歌はぴょこっと顔を出した。5ヶ月ぶりに見る可愛い妹、ボブカットの黒い髪はしっかり整えられていて、半袖短パンの涼しげな格好をしている。私と目が合ったけどキョトンとしていて、一瞬誰だかわかんないような表情をしていた。でも...、
「お姉、ちゃん...?」
「うん、久しぶりだね、みう。会いたかったよ」
「お姉ちゃん!みうも会いたかったよ!」
そう言いながら実羽歌は私の胸に飛び込んできた。甘えん坊な所は高校生になっても変わってなくて、その姿に私は暖かい気持ちになっていた。家族なんだから間があっても私だって分かっちゃうよね?
「感動の再会って所かしらね。本当にこの姉妹は相変わらずなんだから...」
琴実ちゃんが呆れながらも優しく実羽歌に話しかけている。これも琴実ちゃんなりの優しさなんだもんね。
「琴実ちゃんも来てくれたんだ!嬉しいな!」
「そうよ、ちょっとしたサプライズに、ね」
「てかみう、一瞬私の事わかってなかったでしょ?」
「えっと...、うん。ごめんねお姉ちゃん」
「これもサプライズなんだよ」
「もうー!二人とも意地悪ー」
髪を短く切り、明るい茶色に染めた私を見た実羽歌は驚いてたし、予告無しに登場した琴実ちゃんにも喜びを隠せてなかった。ダブルサプライズは大成功って言っていいのかな。
「1週間くらい、泊まってくからね」
「うん!」
「そうそう実羽歌、明後日海に行くわよ。準備はいいかしら?」
「こ、琴実ちゃん!?」
突然の不意打ちに思わず声が出てしまう。あの後水着は買ったんだけど、まさか本当に行くなんて...。いやでも、琴実ちゃんは基本有言実行だから、事前に準備しといて正解だったんだけど...。
「みう、勉強の方は大丈夫?あんまり遊ぶ時間とかって...」
私がこんなこと言っちゃうのは海に行くことに抵抗があるからで、反射的に実羽歌に気を遣ってしまった。土曜日なんだし、私と琴実ちゃんが居るんだし、実羽歌が勉強ばっかりしているとは思えないし...。どうして私はいつも...。
「お姉ちゃん、変なことに気遣わなくていいんだよ。みうはお姉ちゃんと琴実ちゃんと遊べるなら、なんだってするもんね」
「そっか...」
「お姉ちゃん、いつからか全然一緒に海行ってくれなくなったもんね。だから一緒に行けるの楽しみで仕方なかったんだからね」
「......」
実羽歌のためだ、折角だから一緒に行かないとだね。変なことに拘ってたら楽しいことも出来なくなっちゃう、それは嫌だった。
「わかったよ。実は私もみうと海行くの、楽しみにしてたんだよ」
「やったあ!」
私がそう言うと、実羽歌は両手を高く上げて喜んでいた。本当に、実羽歌は可愛いな。
「そうだ、琴実ちゃん、良かったらうちでご飯食べてってよ。また一緒にご飯食べたいな」
「いいの?そしたら有難くお邪魔させてもらうわよ」
「お姉ちゃん、一緒にご飯作ろうね。お父さんとお母さんの分もだよ」
「うん!」
琴実ちゃんを家の中に招き、私達三人はリビングへと向かっていった。実家に戻った瞬間、懐かしい気持ちが私を満たしていた。




