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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第14章 TRUSTiNG ME
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終演、二人の決意

 音琶から放たれた一言。その一言で俺の想像は大きく膨らむ。

 だが、考える前に俺は周りを見渡した。小さな声だったが、万が一今の一言を誰かが聞いていたとなると大ごとに成りかねない。

 幸い俺らに視線を向ける奴は一人も居なかったから、聞かれてないと取って大丈夫だろう。先の話が気になって仕方がなかったが、大事で重要で他言無用と言っても過言じゃないから、これ以上は部屋に戻ってから詳しく聞いた方が良さそうだ。

 こういう所だけなぜか冷静になれるのだが、これも音琶のことが大切だからだと捉えておこう。


「後で詳しく聞かせろ」

「今じゃ...、ダメ?」

「馬鹿ヤロ、こんな話誰かに聞かれたらどうするんだよ」

「でも...」

「あのバンドの情報が漏れたら誰が責任取るんだ?お前が何を思ってこんなこと言ってるのかは痛いほどわかるけど、今は耐えてくれ。これは俺からの願望だ」

「......」


 一瞬音琶は不満そうな表情をしたが、何とか納得してくれたようで、これ以上は何も言ってこなかった。バスに乗った瞬間に音琶は眠ってしまったし、それまでずっと無言の時間が続いた。でも、あんなにはしゃいでいたんだし、疲れるのも当然か。音琶の眠る姿は遊び疲れた子供のようで可愛らしかったが、これから話すことを考えると頭を撫でてやる余裕もなかった。

 駅に着いて、バスを降り、部屋に戻るまでの間も音琶は眠そうな顔をしていたし、話しかけるのも気の毒だったから、今の間だけはそっとしてあげることにした。

 結局、先輩達に見つかることなく切り抜けられたな。グループLINEもよく分からん会話が続いていたが、特に込み入った話をしている様子は無かったし。


 終わってからが早い。割と長時間並んだはずだし、バスの乗車時間も短くなかった。駅に停車し、歩いて部屋に向かうと十数分で着いてしまった。この瞬間、本当にライブが終わってしまったのだ。また来年、同じ場所で音琶と見れることを願って鍵を開け、いつもの見慣れた部屋の中に入っていった。

 さてと、本題に入るとしようではないか。


「取りあえず、座って話すか」

「うん...」

「フェスの時にも言ったが、お前があの時どうしてあの場所にいたのかも分かってきたんだよ。でも、それは音琶から話して欲しい」


 ベッドに二人腰掛け、互いの目を決して離さずに話し始める。まだ僅かに緊張しているみたいだから、震えそうな音琶の左手に自分の右手をのせる。これで少しでも安心できるなら、話しやすくなるなら、いいだろう。


「ふーっ」


 音琶は大きく息を吸って吐く動作を数回繰り返し、口を開いた。


 ***


 国民的人気バンド、Land of Mysteryのドラム担当AKI。本名、上川旭(かみかわあきら)は、私の実のお父さんである。

 今日、また会えた事を嬉しく思っている。本当は5ヶ月前にも会っていたんだけど、その時は遠くて顔がよく見えなかった。だから満足出来なかった。

 5ヶ月前にお父さんが緑宴市でライブすることを知り、緑宴市に訪れた。会える機会を逃したくないから、頑張って時間を掛けてあの街に辿り着いた。その途中、目に留まったライブハウス。どこかの高校の卒業ライブって看板に書いていた。ほんの出来心で中に入って、それを見てしまう。

 疾走感のある曲と一体となってドラムを叩く夏音の姿、その姿はお父さんそっくりだった。だから私は居ても立ってもいられず、前へ前へと進んだ。目の前に辿り着き、目の奥まで焼き付けようと夢中になっていた。高鳴る鼓動を抑える余裕なんてないまま...。

 話しかけないと後悔するかもしれないって思ったし、もう二度と会えないかもしれない。だから、頑張って近づいた。こうして夏音と今二人きりで居れるのも、さっきまでの時間と繋がっているからだ。

 私の正体、それは、プロのバンドマンの娘。私を始めさせてくれた出会いが、今も続いている。


 ***


「......」

「これで、納得してくれるとは思わないけど、本当のことだよ。あと、お父さんのことは、誰にも言っちゃダメだよ」


 音琶の正体、あの日音琶が俺に話しかけてきた理由、どれも本当のことだろう。だが、どうしてか違和感が拭えない。

 今の感じだと、話が断片的にしかまとまってなく、一貫性が感じられない。だが、音琶のことだからこれ以上話そうとはしないだろう。いつか絶対に話すって言っていたことがこれだけだとは俺は思ってない。

 第一、こいつが鳴成市出身だってことはほぼ確実だってのに、それを話していない。普通なら鳴成市から緑宴市に訪れたって言うはずだし、父親がバンド活動で忙しい間どうやって暮らしていたのかを全く言ってない。

 一人暮らしをしているのなら、大学生になる前の生活はどんなものだったのか。今どこかで母親と暮らしているのか、それとも別々に暮らしているのか。鳴成市出身なら一人暮らしする理由が見当たらない。大都市だったとしても交通網が充実しているからわざわざ大学近辺に住む必要もないよな...?

 それに俺に話しかけてきた理由、これはあながち間違ってないか?だって俺がドラムを始めたきっかけはLoMにあるわけだし、LoMのPVやライブ動画を見て参考にしてたから、フォームが似るのは普通だよな。

 音琶の言っていたことに嘘はない。それはわかる。なのに、納得は出来なかった。


「これで、全部か...?」

「えっと...、う、うん。全部、だよ」

「......」


 明らかに戸惑っていた。まだ、何か隠してるって言うのかよ。今日で音琶の全てがわかるかもしれないって期待してたのに、それは大きな勘違いだったってことか...?


「ご、ごめん。汗だくだから、シャワー浴びていいかな?」

「......」


 誤魔化しやがって...、どうしてお前はいつもそうなんだよ。そう言いたかったが、言えなかった。


 ・・・・・・・・・


 1時間は経っただろうか。音琶が浴室から出てこない。あいつ、そんな長風呂じゃなかったよな?


「まさか...」


 疲れ切って倒れてたらなんて思ってしまったから、恐る恐る浴室に近づく。


「......?」


 シャワーの音は聞こえないが、電気は付いたままだ。嫌な予感しかしないのだが...。

 中でどうなっているかわからないから、怒られること覚悟で扉を開けてしまった。


「......!」


 中で音琶は、ただ声を出すのを必死に抑えながら、涙を流し続けていた。だが、俺が入ってきたことに気づき、慌てて両手で身体を隠す動作をした。


「な、夏音!?ど、どうしたの!?その、まだ私達には、早いんじゃ...!」

「どうしたはこっちの台詞だ!いつまで経っても出てこねえからどうしたかと思って心配してたんだよ!」


 何怒鳴ってんだよ俺。音琶は大切な人なんだろ?なのにどうしてこんな強く当たらなきゃ行けないんだよ。冷静になれよ。


「そ、それは...。はうっ!?」


 もうどんな姿だろうが関係ない。勘違いだったとしても泣いていたんだ、いつの間にか俺は少女を強く抱きしめていた。ただ、言葉を発せず、無言だった。


「夏音...、苦しいよ...」

「そうだよな、苦しいよな。でもな、泣いてるお前見てると、俺まで辛くなるんだよ」

「夏音...」


 音琶が泣いていたのは、言わなければいけないことを全部言えなかったことへの後悔と責任だろう。俺に勘付かれ、誤魔化すことしか出来なかった自分が情けなかったのだろう。


「本当はお前のこと、全部知りたい。でも、辛いことを押しつけたりはしない。いつでも待ってやる。だから、もう泣くな」

「そんな...、どうして...」

「お前の考えてることなんか、わかるんだよ。舐めんなよ、俺はお前の彼氏なんだからな」

「......!」


 何気持ち悪いこと言ってんだよ俺、いくら音琶が大切だからってもっと他に言葉があっただろ馬鹿野郎。


「いや、今のはだな...」

「クスっ、夏音がらしくないこと言ってる。なんか可笑しいな」

「うるせえな...」

「でも、嬉しかったよ」


 俺の一言が効いたのか、音琶は泣き止んでいた。


「それで、お前はどうしたいんだよ」

「......」


 抱きしめられたまま、戸惑いの仕草を見せる音琶だったが、すぐに答えてくれた。


「あれで、全部とは言わないよ。でも、言おうと思っても、どうしても喉の奥から声が出なくなっちゃって、胸が苦しくなって...」

「...無理させて悪かったな」

「えっ?」

「俺も少し、お前のこと知りたくて自分のことばかりになってたんだよ。でも、お前のこと少しでも知れて、良かったとは思ってんだからな」

「...ありがとね」


 一瞬の沈黙の後、音琶は優しい笑顔で頷いた。


「言いたくなったら、言っていいし、言いたくなかったらずっと言わないままでもいい。だから...、その...、頑張れよ」

「何それ...、変なの」


 それから音琶が自分の姿に気づくまで時間はあまりなかった。だが、心配掛けたことに気を遣ったのか特に怒ったりすることはなかった。

 俺なりに、音琶について考えていきたいとは思ってるけど、悲しい想いだけはさせたくない。もしかしたら、音琶が言えなかったことは、音琶にとって悲しい出来事なのかもしれないからだ。それなら、無理に知っても辛くなるだけだ。

 音琶があの時、どうして俺に話しかけてきたのかがわかっただけでも、俺は嬉しかった。だから、その出会いをこれからも大切にしていかないといけないんだよな。

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