友人、ぼっち卒業
4月25日
こんな日に授業のコマが全て埋まっていて、部会があって、バイトの初出勤があるなんて厄日にもほどがある。
昨日の音琶の表情とか、日高からのLINEのせいで授業を受けるのが憂鬱でしかない。
日高にどんな顔して接すればいいのかわからないし、既読はつけたのに音琶からのLINEも返信してない。
今日の部会でまた色々言われるだろうな。
昨日の夜は全く朝食の準備をしてなかったから何も食べずに登校、比較的規則正しい生活を心がけていたけど、少しは自分を疑ったほうがいいかもしれない。
部屋を出ると腹立だしいほどの快晴が俺を攻撃し、気分とは真逆に心地よい風まで吹いてやがる、頭は重いままで前に進むだけでも抵抗がある。
周りには俺と同じく一限の授業に足を運ぶ奴らがいるが、そいつらも俺と同じような悩みを抱えているのだろうか。
......隣のお友達と楽しくおしゃべりしながらゲラゲラ笑っているような馬鹿に悩みなんてあるわけないか。
陽キャは本当に自由で良いよな、生まれ変われたら悩みの無い人間になってみたいものだ、この際自由に空を飛べる鳥でもいい。
いつもの入り慣れた教室、いつもの席に座ろうとするけど日高の姿はない。
少し安堵して席に腰掛けると同時に、誰かが近寄ってきて話しかけられた。
「夏音君、おはよう」
振り返ると、結羽歌が教科書とノート類、筆記用具を持ちながら隣に座ってきた。
こいつが同じクラスだってことは新歓ライブの時から知っていたけど、こうしてサークル以外でまともに話すのは初めてだな。
「どうした、いつも一緒にいる奴と喧嘩したのか?」
「そんなことないよ、でも、昨日......」
「日高のことか?」
「えと......、うん」
まあそうだよな、それでまず俺に聞いてきたってわけだ。
俺より日高に直接聞いたほうがいいと思うけどな。
「あいつはなんとなく辞めるとは思ってたよ、最初に俺に相談してきてな、あの雰囲気とか掟とか、そういうのが無理なんだってさ。俺もだけど」
正直あの雰囲気が無理なのは百も承知だけど、辞めると怒る人がいるし、そいつのことがわからないまま去るのは何か嫌だった。
それに、あいつに対して既に引き下がれないような発言をいくつもしている。
流石に俺もそこまで無責任な人間ではない。
「そっか。その、言い難いんだけど、聞いてくれる?」
「何だ」
結羽歌も辞めるとか言わないよな、こいつは自分のベース買ったから流石にないと思うけど。
「私も、日高君とか夏音君と同じ気持ちだよ......」
まあそうだよな、特にこいつは俺や日高以上にあの雰囲気に馴染めないだろう。でも、
「でも、私には音琶ちゃんがいるから、頑張れる......、かな」
そう続けてきた。
結羽歌にとって、音琶は大切な人なのだろうか、きっとそうに違いない。
音琶がいなかったら、結羽歌は浩矢先輩とトラブった時に辞めていただろう。
あの時の音琶の何気ない優しさが、結羽歌を救ったのだろうな。一緒にベース買いに行った仲だし。
「お前結構根性あるよ」
思わず結羽歌に言っていた。
「ええ!? そんなことないよ......」
かなり驚いてたようだが本当のことだ、そんなことないわけなんかない。
「結羽歌ー!」
その時、前の方から結羽歌を呼ぶ声がした。
いつも結羽歌と一緒に居る奴だよな? 声の主の方に向かう前に結羽歌は、
「部会のあと、3人で話し合おうね」
教室の後ろの方で1人取り残され、俺も授業の準備するか、と思いリュックの中の筆記用具と教科書、ノートを取り出し、机の上に置いたとき、
「おっす、滝上」
今度は日高がいつものテンションで隣に座ってきた。
昨日のことがなければいつもの授業風景なのに、今日はどうしたらいいかわからず悩む。
「なあ、今日宿題とか小テストないよな?」
「ねえよ」
「よかった」
会話終了。
いつもならその後にサークルの話をするんだが、今日に関してはできるわけない、何か他の話題を探した方がいいのだろうか。
とは言え俺から出せるような話題なんて、サークル以外に何があっただろうか。とりあえず適当に他愛のない話題でも......、
「「あのさ......」」
言い掛けるとモロ被っていた。
なにこれ、今の会話が男女同士で、尚且つ漫画の中だったらさぞ魅力的な場面だっただろう。
だが現実は悲しいかな、男同士でこんな状況になっても魅力の欠片も感じられない。
「「......」」
そして2人黙り込む。
こいつと出会ってもうすぐ3週間になるわけだが、ここまで会話が弾まないのは初めてだった。
よくよく考えれば俺から話しかけたことってあったっけ、いつも日高がサークルのことを俺に色々聞いてきてそこから話が広がっていたというのに、サークルの話題が無くなるともうどうしようもなくなっている。
そうやって躊躇っている内に担当教員が入ってきて、授業が始まってしまった。
情けない話だが、フルコマの授業受けれる体力なんて今日の俺には残ってねえよ。
・・・・・・・・・
午後の授業に差し掛かっても俺と日高は言葉を交わすことなく、無慈悲に時間だけが過ぎていった。
話のネタを探すことに精一杯になっていたせいで、板書もろくに取れず授業の内容は全く頭に入ってこない、そうやってめでたく単位を落としていくんだろうな、何て末恐ろしい話だ。
とうとう五限の授業が終わり、家に帰る者や学食に行く者、悩みが無い幸せな者達が次々と立ち上がっては教室から出て行った。
俺もそいつらに合わせるように立ち上がり、荷物を全て詰めたリュックを肩に掛けて教室を出ようとした。
部会まではまだ時間があるけど、この気まずさから逃げ出すにはそうするしかない、他にどうしろというのか、そう思ってたのに......。
「あのさ、滝上......」
後ろから日高に名前を呼ばれた。
「何だよ」
振り返らずに返事をする。
俺こんなに苛ついてんだな、ずっと黙っていたから気づいてなかったけど、思わず強い口調になっていた。
「昨日のことなんだけどさ」
「別にいいだろ、辞めたって。お前の決めたことなんだから」
「......やっぱ怒ってるよな」
「別に怒ってねえよ」
「......」
いつもの明るい口調の日高はどこにも居なく、俺はというとまだ奴の顔を見ることができないでいた。
他に誰も居ない教室で声が寂しく響く。
「音琶と結羽歌には言ったんだろ」
敢えてわかっていることを聞いた。
こいつに聞けることと言えば、これしかないのだ。
「言ったよ、結羽歌はともかく、上川は凄い怒ってたな。まあしょうがないか」
「あいつには許してくれるまで何回でも謝っとけよ、あいつがギタボやることになったのはお前のおかげなんだからさ」
「あれは別にそんな意味で言ったんじゃねえよ、ただの思いつきだ」
「それでも、あいつなりに考えて出した決断なんだよ。単なる思いつきでも音琶にとっては大きなものだったかもしれないだろ、それにお前はあいつらだけじゃなくて俺にも言うことがあるんじゃないのか?」
俺が軽音部に入った理由の一つはこいつが入学式の時に話しかけてきたからなのだ、そうでなかったら音琶と再会してなかったかもしれない。
あの時はどこのサークルにも入る気もなかったし、正直最初はこいつのことは音琶ほどではないがうざいと思ってた。
でも今は違う、かもしれない。
だからこそ、言って欲しい言葉があった。
「その、すまん。本当は朝イチで言おうと思ってたんだけど、言えんかった」
「......別にいい、そう言ってくれたなら」
そう言って、ようやく俺は日高の方に振り向いた。
日高は今まで見たことないくらいに暗い表情をしていたが、そんなんじゃ逆にこっちが申し訳ないから勘弁してくれ。
「この後部会あるから俺は先に失礼するぞ」
日高から目を逸らし、教室を出ようとしたとき、
「待てよ」
日高に止められた。
今度は何だ。
「サークル辞めてもさ、学科同じなんだし、今までみたいに友人でいてくれるよな?」
なんだよこいつ、てかやっぱり友人だったんだな。
今まで友人が居なかった俺からすると、友人の基準がよくわからないけど、日高とはそういうのでいいのか。
「......勝手にしろ」
それだけ言って、今度こそ俺は教室から出た。
そして18時30分、先週よりも1人少ない状態で部会が始まった。




