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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第14章 TRUSTiNG ME
218/572

走馬燈、終わることを知らない旅

 ***


 最後の1曲、これで今年の鳴フェスが全て終わる。あの一瞬で、ここまで揺さぶられた心の内が今でも止まることをやめない。まだここに居たい、もっと聴いていたい、そんな感情にさせられる。

 始まりがあれば終わりがある。それは全ての事象に当てはまることで、永遠に続く物は存在しない。ならば、存在している内に、消えてしまわない内に、目に焼き付けておかないといけない。

 この時にそう思えたから、後悔せずに前に進むことが出来たんだよな。


 会場が一旦無音になり、僅か数秒の間にバラード調の歌声が響く。最初だけは他の楽器の演奏は無く、イントロまでボーカルのみである。その間、驚いたことに観客は落ち着いていて、さっきまでの騒ぎが嘘のように静まりかえっていた。

 だがそれも束の間、イントロに入った瞬間、時限爆弾の表示がゼロになった時のように大きな歓声と人波が再び襲ってきた。もう、これは制御が効かない。効かないのなら、わざわざ自分を守るのも馬鹿馬鹿しい。もう暫く見れなくなるかもしれないし、今度いつ巡り会えるかもわからない。ならば、この一瞬に全てを掛ける思いで、最後を楽しむとするか。

 ギターのエフェクターはBOSSだって公式サイトに書いてあったよな。イントロからAメロまでに出している音の歪み具合がまた心地よく、絶妙なタイミングで切り替えが出来ている。コンマ1秒も無駄にせず、ズレもなく、圧倒的リズムを誇れるのもドラムのおかげだろう。

 あの頃の俺は、あんな人になりたいと思ってたし、今だってなりたい。その夢は、崩れかけそうになったことはあっても、跡形も無く消えてしまうことはなかった。格好悪くたっていいし、夢を追うことは悪いことではない。僅かに残っていた野望が今の俺と過去の俺を繋げてくれた。

 Aメロからすぐにサビになり、俺はまた思い出す。感情を無くしてから12年前初めて聴いた曲を忘れかけていた。何を聴いてここまで来たのかとか、どうして音楽に触れることになったのかとか、俺の中では曖昧だった。頭の中で思い出そうとしても、思い浮かべた情景がぼやけてよく見えなかった。聴き慣れていたはずのフレーズも上手く再生できなかった。

 異常だった。好きなバンドの曲を思い出せないのは明らかにおかしかった。記憶力がどうとかいう話ではないし、普通ならそんなことあり得るはずがなかった。

 今こうして思い出せたのも、誰のおかげなのか。そんなの決まっている。この1時間弱の間に俺は何を学んだか、数え切れないくらいだ。


 サビだから後ろから押される力は強くなる一方だったが、そんなこと気に留める余裕すらなく、目の前の光景を目に焼き付けている俺がいた。

 サビが終わっても盛り下がるなんていう異常現象はあるわけなく、むしろ終わりの始まりを具現化するかの如く、勢いが止まらなくなっていた。制御不能でも、命を捧げても構わない、明るい喧噪はどこまでも続いて欲しい。叶うわけのない願いを訴え続けて両手で柵を掴む。敢えて音琶には話しかけないし、奴が今どんな顔して見ているのかも分からない方が良いと思った。

 2サビから始まるリードギターも、音琶からしたら簡単極まりないフレーズだろう。音琶がこの程度の演奏に手こずるとは思えない。それでも、音の使い分けの工夫が並大抵ならぬもので、聴いた分には演奏よりも音の調整の方が難しいのでは、と感じてしまうほどだ。魅せ方次第で簡単な演奏でも最高のコンテンツになってしまう。

 チューニングというものにこだわるのはバンドマンとしての大事な要素であるから、演奏も勿論のことだが、笑えてくるくらいの神業を目の前で見せられたら言葉を失う。ここまで追い込まれておいてこんなこと考えれるなんて滑稽な話だが、それも長年様々な曲を聴いて感じ続けていたことだから、今更止められるわけも無かった。

 リードギターが終わったら、すぐにラスサビになる。3分弱の短い曲だし、イントロからアウトロまで止まること無く突っ走っていくようなフレーズは、思わず飛び跳ねたくなってしまうような気分にさせる。このライブ最高潮の盛り上がりが始まり、それも数十秒すれば終わってしまう。こんな力強くも儚いものが他にあっただろうか。俺には探せる自信がない。

 そしてもうすぐ訪れるゴール、アウトロを演奏し切ったら、張られた白いテープを千切るかのように、全てが終わる。そして彼らは新たな旅に出る。ならば、ここに居る数え切れない人達が、彼らの旅の終わりと始まりを見守らなければいけないはずだ。その義務を果たし、俺らも得られた物を抱えてそれぞれ別々の旅に出るのだろう。


 最後の曲だけ、12年前と違った感じ方をしていた。良いことなのか、悪いことなのか、そんなの瞬時に決められるような話ではない。それでいい。昔の俺と、今の俺が同じわけがない。いつまで経っても、昔に囚われているわけにもいかないし、そんなことしてたら音琶が黙ってない。

 いや、音琶がどうとか言う前に、自分自身で見つめ直さないと何も始まらないな。せめて誰かに指摘される前に、自分の生き方ってものを決めたっていいだろう。誰かに下された命令に頭を下げて馬鹿正直に従うなんてことは『自分の生き方』ではないのだ。

 ステージの幕が閉まり、照明が消えて真っ暗になった後、さっきまでの夢のような時間を走馬燈のように思い出していた。


 俺は今日という日を忘れることはないだろう。

 どうしてかって?

 思い出すだけで涙が出そうになるからだよ。

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