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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第14章 TRUSTiNG ME
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情熱、あの時と同じ

 ライブも中盤、あんな感情が沸き上がってしまうなんて思ってもいなかったが、決して悪い気分にはならなかった。むしろ、今まで抱えていた憂いや蟠りが一気に吹き飛んでしまうかのような感触を憶え、俺は音琶と共に解放されていた。

 あれから幾度か涙が流れてしまいそうになっていたが、これ以上ライブに支障を来すことはしたくないし、何より音琶の前でそんな姿見せたくない。だから堪えた。堪えながら目の前の最高の音楽と向かい合った。


「......」


 音琶が右手で俺の左腕を取り、のせようとしてくる。泣き顔から笑顔になった少女は、幾度となく見せた幸せそうな表情を俺に向けている。音琶の期待には勿論応えたいし、俺も突き上げられた左手を不器用ながらも動かす。それを見て音琶は再び微笑み、ステージに視線を移す。


「全く...、本当にこいつは...」


 音琶に聞こえないように、周りの喧噪に消え入るような小さな声で呟いた。

 中盤に差し掛かったライブの盛り上がりは下がることを知らない。曲のイントロが始まる度に歓声が沸き、曲に合わせて動き出す観客。音琶のように歌い出す奴らがいたり、相変わらず胴上げもやっている。敢えて見ないようにしているが、後ろではタックルが起こっているような気配すらあった。

 本当に、このバンドは末恐ろしい奴らだ。こんなに沢山の人を騒がせ、俺まで泣かせ、非日常の世界に送り込んでいる。ここまでできるバンドなんて、この先現れないだろうと思っている。知っているバンドや曲なんて数え切れない程あるが、そいつらがLoMに勝てる曲を作り、見応えのある演奏ができているなんて思ったことがない。こいつらが音楽業界から居なくなったら、なんて考えると恐ろしい。俺からまた大切な物が離れていってしまう。

 だからこそ、俺がその音楽の歴史を変えたい、LoMを超えてしまうバンドを組んでいきたいと思ったのだ。所詮ただの自己満足だってことくらいわかっている。それでも、昔の俺はそれができると信じていた。沢山の人を自分の音楽で巻き込んで、喜ばせたい。ただそれだけだった。それだけのことを、誰も理解してくれなかったのだ。

 音琶なら、俺の想いを理解してくれるだろうか。他の奴らとは違う言葉を掛けてくれるだろうか。俺のやりたかったことについて行ってくれるだろうか。


 この先どこまでも、俺の隣に居てくれるだろうか。


 ・・・・・・・・・


 ドラムロールというのはいつ聴いても気持ちが良い。特に俺が好きなのはサビに入る直前のタム回しだ。あれがあるから曲が最高潮に盛り上がる気がして、この場の空気を一気に変えることができると感じていた。

 今の曲、ライブでは絶対にやることで有名な曲なのだが、俺好みのフレーズで溢れかえっている。これも何度練習したかわからない。簡単な指弾きのベースから奏でられる、重く底から沸き上がるようなノーツに、明るく爽快感のあるリードギター。それに負けじと若さを忘れさせない力強い歌声。それらを全て支えてリズム隊を巻き込んでいくドラムの音。

 イントロもサビもアウトロも、それぞれの奏で方が違うし、音の出し方に細部まで拘っているのがよくわかる。技術だって大事だし、リハの時のスタッフは他のバンドよりもずっと細かくやっていた。最後のステージを飾る重大な役割、というのもあるかもしれないが、音作りに関してはメンバーからの依頼で決まる。あれだけ細かくやらせる当たり、ライブへの想いや、見てくれる人達のことをどれだけ大切にしているか、俺にはよく分かる。

 そして始まった演奏も、バンドと観客が感情をぶつけ合って、一つになっていた。初めて見た頃と何も変わらない、心に響く熱いサウンド。

 こんなものを見てしまったら俺が魅了されないわけがない。あの頃と同じ音楽への強い気持ちと、熱い想い。


「......」


 ただ精一杯、音琶と共に腕を持ち上げ、奴らに向かって降り続ける。俺は歌えなかったが、それでも奴らに想いは伝わると思っている。話したことも、目を合わせたことも無いのに、音楽に対する想いさえあれば、好きになることはできるのだ。

 出会いだって突然だし、いつどこで訪れるかもわからない。だから、俺の感情に間違いは無い。誰だって、同じ経験はあるはずだ...。


「俺も人のこと言えねえな...」


 俺がLoMにされたことと、俺が音琶にしたことは、同じ事だったんだな。

 さて、あと半分くらいだろうし、最後まで楽しませてもらうことにしよう。この一夏の思い出は、思い出だけで終わらせたくはない。

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