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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第14章 TRUSTiNG ME
212/572

人間凶器、身を守るために

 ***


 ざわめく会場内、一瞬の静寂と包まれる暗闇。最後のステージを飾るべく、左右に設置された巨大なモニターが明るく光り出し、黄色い歓声が辺り一面を覆った。

 次の瞬間、ステージの照明が光り輝き、現れるLoMのメンバー達。テレビの画面越しで何度も見慣れていたが、いざ本物が目の前に居るということを実感するのには時間が掛かった。

 何せ俺にとって音楽の始まりであり、今があるのもこのバンドが原因なのだ。冷静で居られるはずがない。


「夏音!」

「ああ、わかってるよ」


 隣の少女は自分の心の内を曝け出している。こいつにとって思い出深いバンドであることは間違いないのだから、こいつが俺に話しかけてくるのは予想通りだった。

 5ヶ月前のあの日、音琶は何を見たのかはわからないし、どんな状況だったのかも俺は知らない。それでも、こいつの嬉しそうな表情を見る限り、最高な高校最後の思い出だったのだろう。全く羨ましい奴だ。


「よそ見するなよ、今は正面見ときな」

「わかってるよ!」


 メンバー四人が位置に付いた瞬間、1曲目が始まった。軽快なギターサウンドが鳴り響き、再び沸き上がる会場内。さてこれから推しのバンド演奏を刮目して、自分の成長に繋げるべく行動に移していくとするか...。

 と思った矢先、後ろから人の大群が押し寄せてきて、身動きが取れなくなった。いくら柵に掴まれるからといっても安全ではなく、むしろ後ろの人共と柵の間に挟まれて呼吸がやや困難になっていた。


「......!」


 昨日とは比べものにならないくらいの力が後ろから来ている。最前なら少しは安全だと思っていたが、これだとどこに居てもあまり変わらないじゃねえかよ全く。バランス崩してまた転んでしまいそうだ。

 てか、ここに居る奴らは誰かが転んでもステージしか眼中に無く、お構いなしに盛り上がるから人を踏んだとしてもそれに気づかず踏み殺してしまうのではないだろうか。


「けほっ!」


 周りの喧噪に消されつつあったが、音琶が微かに咳き込んでいるのが聞こえた。まさかこいつ、具合悪くなってないよな?この前のことがあるから万全ではないと思っていたのだが、この状況で倒れたら間違いなく死だ。幸い最前だからスタッフを呼びやすいが果たしてどうしたものか。


「おい音琶、具合悪いのか?」

「...え?何?」


 演奏中だから声が聞き取りづらいのだろう、音琶は聞き返してきたから耳元でもう一度問いかける。


「具合悪いのか?」

「具合?悪いわけ無いじゃん、ちょっと窮屈だけど」

「スタッフ呼ばなくていいよな?」

「絶対ダメー!!」

「わっ...!」


 耳元で叫ばれたから鼓膜が破れそうになったのだが。質問内容が悪かったのは認めるけどせめてそこは気をつけてくれよ。

 まあいい、あれだけ楽しみにしてたバンドを途中でリタイアするわけにもいかないよな。倒れるなら終わってからの予定、なのだろう。その時は、こいつのことをひたすら励ましてやって、もう無理はしないように呼びかけてやろう。

 音琶から笑顔を奪うなんて真似、俺には出来ない。


「お前のことだからそう言うと思ってた」

「よくわかってんじゃん」

「倒れるなら終わってからにしろよ」

「もう倒れないもん...」

「もし万が一、本当に万が一倒れたりしたら俺が何とかする、スタッフには頼らない」

「だから!大丈夫だって!」

「はいはい」


 だから俺は、音琶の左肩を持って奴の身体を支え合うことにした。この状況だといつ転んで踏まれてもおかしくない。ここに居る奴ら全員は誰かが転んでも曲に集中しすぎていて、誰かを踏んでいることに気づくわけがないだろう。

 人間は100kg以上の重さでのし掛かられたら呼吸困難で死ぬと言われているが、その危険性は充分。俺も音琶ももしかしたら今日が命日になるかもしれない。この際誰が原因かはわからないし、生命保険は通用しないだろう。

 所持品を無くしても永遠に見つからないだろうし、この空間こそブラックホールと呼ぶのに相応しいのではないだろうか。


「音琶、しっかり捕まってろ、死ぬときは一緒だ」

「むむ、こういうときは転ばないように支えるんじゃないの?」

「確実に無事に帰還できる保証がどこにもなくてだな、好きなバンドの目の前で死ねるなんて幸せこの上ないだろ?」

「そんなことないよ!死ぬのはまだダメだよ!」

「...冗談だ、でも危ないから捕まってないとな」

「うん...、ライブもちゃんと見ないとね」


 次の瞬間、サビに差し掛かった。そしてさっき以上に人の波が押し寄せてきて、再び人と柵の間に挟まれる形となる。柵は柔らかい皮製のものだったが、この際鉄だろうがアルミだろうが関係ない。人間も柵も今や立派な凶器となり果てていた。

 このままだと自分の身を守るのに必死になって、ライブに集中できないまま終わってしまうかもしれない。それだけは絶対に嫌だし、最も恐ろしい事態である。

 そうならないためにも、俺の内にあった蟠りを今この瞬間だけは忘れなくてはいけないようだ。

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