カウントダウン、過酷な状況の中で
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私があの日、どうしてあの街に居たのか。
夏音はそれに気づいてしまったみたいだ。だってさっき、そう言ってたから。
勘の鋭い夏音のことだから、きっといつか気づいちゃうんじゃないかなって思ったけど、ついにこの時が来てしまった。
LoMの一つ前のバンドを見ながら思い出す5ヶ月前の出来事は、今目の前で盛り上がっているステージよりも輝いて見えていた。そんなこと思ってるのは私だけだと思うけどね。
あの時から、夏音は私に生きる理由を与えてくれた。夏音がそれに気づくのはまだ先かもしれないけど、いつかは絶対にわかってくれる。その瞬間に立ち会えなくても、私ならわかる。
あと少しで最高の幸せを夏音と共有できることに喜びを感じて、私は今ここにいる。
・・・・・・・・・
「もう、少しだね」
「そうだな」
さっきまで盛り上がっていたから立っているのが辛い、早く座りたい。腕も痛いし、全身から汗が噴き出して止まらない。買ったTシャツが黒で本当に良かったと思う、汗目立たないし。
「って!早くしないと前!前!」
「落ち着け、今なら行ける」
こういう時も冷静な夏音だけど、目の前で見たいって気持ちは私と同じだよね。無意識に夏音は私の手を握って前の方に誘導していた。
「......!!」
それから数秒、夏音は自分のしたことに気づいて一瞬足が止まり、私から視線を逸らして再び歩き出した。
手を握ってくれたことなんて初めてだったから、私だって視線を合わせるの恥ずかしいのに...。でも、凄い嬉しいな。視線を逸らしても手を解こうとしないんだし、何より暖かい。優しい温もりを感じて、私もそのまま歩き出した。
「ほら、丁度良い間があるだろ。そこ行くぞ」
「うん!」
さっきの列より僅かに右、丁度二人分入れそうなスペースがあったから急いでそっちに向かう。
「す、すみませ~ん」
一応の礼儀として声を掛け、私と夏音はなんとかして入ることが出来た。あとは本番を待つだけ...!
「何とか前行けたね~」
「ああ、後は音琶が熱中症で倒れなければいいのだが」
「倒れないよ!」
倒れたくない、こんな千載一遇のチャンスを逃したりなんかしたくない。例え資格や聴覚が失われたって、このライブが終わるまでは倒れるわけにはいかない。
「後ろ見てみたらあまり考えたくない光景が広がっているのだが」
「えっ?」
「見たくなかったら見なくていい」
「......」
夏音にそう言われて後ろを振り返ったら、いつの間にか続々と集まってくる人、ひと、ヒト...。
最前だからまだ安全かもしれないけど、真ん中の列に居たら間違いなく押しつぶされていたと思う。この状況で胴上げなんかしてたら元の位置には戻れないだろうし、何より私物をいくつか失うことになりそう...。これ、想像以上に過酷だよね...。
「夏音...」
「何目丸くしてんだ、これくらい想像できただろ、LoMなんだし」
「う、うん。ここに居る人達、これからみんな一斉に動き出すんだよね」
「俺とお前、もな。取りあえず死ぬなよ」
「し、死なないよ!まだ死なないもん!」
「そうだよな、お前が死ぬなんて有り得ないだろうし。地球が滅んでも生き続けてそうなお前がこんな簡単なことで死ぬわけ無いよな」
「......」
夏音、それは無理があるよ...。いつかは夏音とさよならしなきゃいけない日が来るかもしれないんだよ。だから私はこうして夏音と一緒に居れることの幸せを日々感じ取ってるんだもん。
と、その時ポケットの中に入れていたスマホが振動した。サークルのグループLINEかな?と思い、確認のために左手を動かそうとしたけど...。
「あ、あれ...?」
人が密集しすぎているからスマホを取り出そうにもほとんど手を動かせない。もうこれ、満員電車よりも身動き取れない状況なんじゃ...。
「どうしたんだよ」
「スマホが、取り出せない...」
「何でだよ」
「だって、こんなに人居るんだし」
「大事な連絡でも来たのか?」
「わかんないけど、サークルのことかもしれないし見た方がいいかなって」
「仕方ねえな」
そう言って夏音は身体を少し斜めにしてくれた。そしたら何とか手が動かせて左手がスマホに辿り着いた。肝心の内容は...、っと。
池田結羽歌:LoM並んでる?
案の定結羽歌からだった。何気に今日最初のLINEだったから、そっちの方で何か動きがあったのかな?
上川音琶:うん、最前だよ!
池田結羽歌:そっか、多分最前なら大丈夫かな
上川音琶:何かあったの?
池田結羽歌:琴実ちゃんと一緒に後ろの方に居るんだけど、先輩達も結構来てるんだよね...
上川音琶:そうなの?
池田結羽歌:やっぱりみんなLoM見たいのかな。連絡したのは気をつけてって思ったから...
上川音琶:ありがと、気をつけるよ
結羽歌からの警告だったから、後回しにしなくて良かった。取りあえず夏音には今の状況を説明して...、
「大事な連絡だったのか?」
「うん、結構」
「ついに俺らが居ることバレたのか?」
「そうじゃないけど、後ろの方に先輩達居るって結羽歌が」
「そうか」
前屈みになって柵にもたれ掛かりながら夏音は口を開いた。
「終わった後、暫く動かない方がいいな」
「そう、だね」
これで最後だから、終わったら一斉にみんな帰り出す。テントでもう一泊してから帰る人も居ると思うけど、私達はそのままバスに乗って帰る。しかも運の悪いことに、部員が建ててるテントの場所が帰りのバス停までの通り道になっているのだ。結羽歌曰く今日はテントに泊まって明日の朝に車で帰るらしいから、ちょっとでも羽目を外したら見つかってしまってもおかしくない。
「ここまでして、俺らはスリルを味わうことになるとは思ってもなかったな」
「うん。でも、今日が終われば暫くサークル活動ないし、もっと一緒に居れるよ」
「バイトを忘れてはいけないからな」
「はっ...!」
夏音よりお金を持っているとは言え、昨日今日でかなりの出費だった。だからせめて使った分のお金をバイトで取り戻さないと...!
「またXYLOに顔出してやるよ」
「ありがと、楽しみにしてるね」
そしてついに、この時はやってくる。私が夏音と一緒に見たかった、あの輝きを目に焼き付けられる瞬間が...!




