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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第2章 crossing mind
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不安、すれ違い

 ***

 

 4回スティックが鳴り、シンバルの音に合わせて私は指を動かす。

 弦を弾くと同時にスピーカーからは聞き慣れた旋律が部室内に響き渡る。

 旋律はいつもと少し違っていて、ドラムの音と一体となっている。

 あの時はただ聴くことしかできなかったドラムも、今は私と一緒になっている。

 そう考えながら弾くだけで満たされている感覚があって、少しくすぐったい。

 でも、ただ一体となるだけじゃダメなんだ。


 やっぱり夏音のドラムには感情が無くなっていて、それ故に今の状況を幸せと呼ぶには程遠かった。

 見ている人を本気で楽しませてくれる''何か''が、''1ヶ月前の夏音''にはあったのに、今は感じられない。

 それを感情と呼ぶのに相応しくはないのかもしれないけど、何か大切なものが無くなってしまっているのは確かだった。


 弾きながらあの時のことを思い出す。

 私は満たされていて、自分でも幸せと言える日々を過ごしていた。

 私がギターに出会うきっかけとなる大切な人がいて、例えバンドが組めるような環境がなくても、充分に幸せだった。

 だから、あの時感じた幸せをもう一度取り戻したい。


「やっぱり、夏音のドラム、変わったよね」


 セッションを終え、ギターをスタンドに立てかけて私は呟いた。


「何も変わってねえよ、俺はただやってるだけだ」


 違う、私が言ってるのはそういう意味じゃない、わかってるのに言葉に現せないのが悔しい。

 私は夏音のことを信じているし、あの時の夏音をもう一度みたい、あの時の夏音とバンドを組んで、最高のバンドを創り上げたい。

 だから今のままではダメだってことくらい前からわかってる。それでも......、


「ごめん」

「は? なんで謝るんだよ」

「いや、その......」


 私らしくない、本当はあの時みたいに不満を言って、本音をぶちまけたい。

 でもできない、何も考えてなかったから言えたけど、今の演奏を見てるとあの人のことを思い出してしまう。


「また、一緒にやろうね」


 結局、それしか言えなかった。

 どうしよう、これから一緒にバンド組むのに、このままだとちゃんとやれる自信無いなぁ......。

 

「いつでもやってやるよ、お前のギターなら」


 ふと、夏音がらしくないことを言ってきた。

 変なのは私だけじゃない、夏音だって私のギター見たとき様子がおかしかった。

 実は私と似たようなこと考えてたりして、なんてね。


「うん、そうだね......、私も夏音のドラムならいつでもしたいかな......」


 顔が熱い、鏡を見なくても赤くなっているのが感覚でわかる。

 どうしちゃったんだろうな私、昨日も同じような感じになっていた。


「なんだよお前らしくないな、まあいいや、俺は帰るからな」

「う、うん!」


 ドラムを元の配置に戻し、夏音は部室を後にした。

 

 私は何のためにギターをしているのかな? サークルに入った理由ははっきりしているのに、長い間弾き続けているギターに関しては答えがわからない。

 ただの自己満足のためなのか、それとも誰かのためなのか、はたまたバンドの力になるためなのか、全部に当てはまりそうで、どこかですれ違ってる気がする。

 そして今は、何を目標としているのだろう。


 部室に1人取り残された私は、考えて、考え抜いてそれでもわからなくて、ただそこに座り込むことしかできないでいた。 


「何だろうなぁ......、本当に」


 答えを見出せないまま、時間だけが過ぎていった。

 結局夏音から貰ったピック、使ってないな......。

 使えるわけ、ないよ......。


 ・・・・・・・・・


 なんとか五限の授業には出たものの、先生の言葉は全く頭に入ってこなくて最悪だった。

 友達にも心配されたし、部屋に戻ったらゆっくり休むことにした。明日は部会もあるし、今のテンションで夏音には合わせる顔がない。


 部屋に戻っても何もする気力も起きなかった。

 リビングで適当なテレビをつけてぼーっとすることしかできず、夏音にLINEでも送ってみようかな、なんて考えるけど、あんな表情(かお)した後だと無理だった。

 やがて夜のニュース番組も終わり、大して面白くもない深夜バラエティが始まり、そろそろ寝ようかな、なんて思ってるとスマホが振動した。

 振動の仕方からしてLINEなのがわかり、夏音からだったらいいななんて思ったんだけど......。


 このLINEによって、物事がそう上手くいかないものだということを思い知らされた。

 なんか今日は、ついてないな。

 

 ***


 やっぱりあいつといると調子が狂う。


「いつでもやってやるよ、お前のギターなら」


 なんでこんなこと言ったんだよ、意味分かんねえ。

 それにあいつが言ってたこと、俺のドラムが変わったってどういうことなのだろう、日高達に初めて見せて、音琶が乱入してきた時の事を言ってるんだろうか。

 いや、そうだとしても俺のドラムはいつでも同じなはずだし、そんな短期間で変わるはずがない、ならやっぱり初めて会ったときか?

 セッションする前のあいつはいつもの明るい表情だったが、終わった後は一変して何か思い詰めている様子になっていた。


 空白の1ヶ月の間に、俺は何もかも変わってしまったんだな......。

 それよりも前のことを考えても中々凄まじいもんだったが、あの時の出来事は他の何よりもダメージが大きかったってことだ。


 そして我に返る。

 これで何回目だろう、過去に囚われて今のこともこれから先のことも考えられなくなる。

 いい加減にしないといけないのに、誰かと共に音を合わせたことで思い出してしまった。

 その時不意にスマホが鳴った。画面を見ると日高からのLINEだったが、起動すると信じたくもない文がそこに綴られていた。


 hidaka sou:俺から誘っといて本当に申し訳ないんだけど、やっぱりサークル無理だわ。上川と結羽歌にも今日中に言うから2人によろしく言っといてな


 最悪のタイミングとはまさにこのことだろう、恐れていたことが現実になるとなんとも言えない喪失感に駆られるな......。


 時間だけが過ぎていく。

 夕飯を食べる気力も俺には残されてなく、ただリビングで床に座って呆けていることしかできなかった。


 日高はもう2人に言っただろうか、きっと音琶は凄い怒るだろうな。今日様子おかしかったし。

 明日の授業、日高にどんな顔して接すればいいのだろう、自分の過去と照らし合わせると声を掛けても避けられる未来しか待ってない気がする。

 そもそもあいつとは友人と呼び合えるような関係なのだろうか? 深く考えすぎて不安になってくる。


 どれだけ時間が過ぎただろうか、テレビの手前に置かれてるデジタル時計を確認しようとすると、またスマホが鳴った。


 上川音琶:日高君ほんとにやめたじゃん、バンドどうすんの? 私結構おこなんだけど!!


 この文脈を見てさっきまでの不安が少し和らいだのと同時に、これからのことを真剣に考えたほうがいいと悟り、今度こそ時計を確認した。


 0時32分って表示されてるけど、この時計壊れてないよな?

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