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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第14章 TRUSTiNG ME
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知欲、音琶のことを

「そう言えば、ずっと前から気になってたんだが...」

「ん?何かな」


 前から5列目まで行っただろうか、さっきよりもずっとステージが近づいていた。音作りをしているスタッフの顔がよく見える。


「いつからLoM好きだったんだ?」


 あと2時間ほどで現れるバンドのことを考えると、音琶について一つの可能性が浮かんでいた。確実とは言えないが、さっき考察したことよりもずっと現実味があって、否定する要素が少ない。

 音琶がLoMをここまで求める理由、どうしても好きなバンドは一番前で見たいのは人間の正常な反応だ。きっとそれは音琶だけでない。だが、今まで音琶は俺にLoMの話題を振ってきたことがあっただろうか。

 鳴フェスに誘ったときに、始めて音琶の口からLoMの言葉が出てきたのはよく覚えている。それから今まで、この状態だ。

 つまり何を言いたいかというと、音琶があの日、緑宴市に居た理由がわかったということだ。5ヶ月前のあの日、俺が始めて音琶と出会った日。その日には...。


「いつからだったかな~。でも結構前から」


 結構前、ね。ともなれば、サークル内で好きなバンドの話になった時なんていくらでもあった。それなのに、俺の記憶の中では音琶は一度もLoMが好きなんて言ってなかったはずだ。

 一番好きなはずのバンドを言わなかった理由、それは俺に聞かれなくなかったから。あの日、俺と出会った後に音琶が向かった場所がバレてしまうから。

 鳴フェスのタイミングで言い始めた理由はまだわからないが、どう考えても不自然だし、まだ想像も出来ないような何かを隠しているのだろう。


「好きなバンドのことなんだから、きっかけとか良く覚えてるようなもんじゃねえのか?」


 覚えてないわけねえだろ、誤魔化してることくらいわかってんだぞ。お前、いつもはしっかり目を合わせるくせに、嘘を付いてるときは目が泳いでんだよ。この俺が気づかないわけないだろ。

 なぜあの日、音琶が俺の前に現れたのかはわかったが、まだ謎は残っている。緑宴市に訪れたのは明確な理由があるが、ライブハウスに入った理由がわからない。ただの暇つぶしとか、高校の卒業ライブということもあったから、他の学校のライブも見てみたいと思った、という可能性もあるが、確証は得られない。

 それに、俺に話しかけてきた理由も謎のままだ。別にLoMの曲をコピーしていたわけではない。コピーしてたのならまだ話しかける理由はわかるが、そうでないとなるとやはり分からないままだ。どう考えても、上手かったからとか、そんな単純な理由ではない。世の中上手い奴なんてごまんといる、その中でたった一人を選ぶのなんて途方も無い話だ。

 上手い奴の中のたった一人、まだあって数分の人間。そんな奴を瞬時に選んでしまった音琶の思考回路が読めない。俺の演奏に何を感じたのか、聞いても奥の深い答えが得られてない以上、何か本当のことが隠されている。


「てか、音作りしてるのに見たくて大丈夫なの?」


 俺の質問そっちのけで今度は音琶から質問してくる。さっきとは全く違う話題を、だ。

 いつもこいつは、話の本質に触れそうになると話を逸らしやがる。別に俺のことが嫌いになったから、というわけではないことくらい聞かなくても分かっている。

 互いに信頼し合って、ずっと離れたくないと思っているのに、言えない本当のこと。いつかは話すと言った全ての理由。


「もう充分に見てきた。今はお前と話す」

「そっか」


 音琶にとって嬉しいに違いない言葉を掛けてやったのに、奴は何かを悟ったのか静かにしている。さっきの俺の質問が引っかかってるのだろう。もうこの際、言ってしまおうか。


「あと2時間も待てば、一番みたいバンドが見れるんだぞ。いつもの威勢はどこ行ったんだよ」

「溜めてるだけだもん」

「溜める必要もないくらいにお前は元気に動き回ってるだろ」

「へへ、私そんな風に思われてたんだね」

「それ以外に何があるってんだか」


 普段より落ち着いている音琶だが、大学で再会して間もない頃は感情のコントロールが不安定だったことがよくあった。

 今はあまりないが、突然考え込んだりイライラしたり、かと思えば元気になったり、喜怒哀楽に溢れた奴だったと思っている。

 このようなことが少なくなったのは今の生活に慣れてきたからなのだろうか、それとも俺の知らない別の事情があったからなのだろうか。

 それはともかく、まずは俺の聞きたいことを本題に...、


「大事な話だ」

「えっ?」

「初めて会った日、音琶がどうしてライブハウスに居たのかがわかったんだよ」

「......」


 俺の言葉に、音琶は暫く黙り込んだ。周りの奴らはセトリを予想してたり、スマホで会場の写真を撮ってたりと忙しそうだが、俺と音琶はそれどころではなく、こんな場所に相応しくないことを...。

 そう考えて俺は後悔した。なぜこのタイミングなのか、そんなの鳴フェスというイベントが終わってからでも出来るでは無いか。知りたいことを知ろうとして、目の前以外のものが見えなくなる。

 今の言葉を訂正しようと思っても、数秒前の時間ですら戻すことはできない。だから、言ってしまった後に俺がするべきことは...、


「そっか、夏音はわかっちゃったんだね」

「いや、別に今ここで言う話じゃなかったな。この話は全部終わってからで...」

「うん、謝るようなことじゃないよ。でも、夏音がそれでいいなら、全部終わってから話聞こうかな」

「あまり、期待しなくていいからな。正解してるかわかんねえんだし」

「いいよ、どんな答えでも私は嬉しいから」

「......」


 全てのステージが終わっても家に帰るまでがライブとは言う。だから、部屋に戻るまで、ライブの時間帯で、音琶の本当のことを知れるかもしれない。

 隣の少女は何を思ってあの日俺に近づいたのか。俺の考えが当たっていたら、その疑問は晴れる。音琶のことを一つ知れる。

 そう思うだけで、身体の底から込み上げる何かがあった。


 俺はもっと、音琶のことが知りたい。

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