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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第14章 TRUSTiNG ME
207/572

戦場、夜からが本番

 ***


 音琶が食べたいのは後日俺が同じものを作ってあげることになり、何とか奴の腕を引っ張って目的のステージまで辿り着いた。歩いている最中音琶はずっと文句を言っていたが、それを全て無視していたら折れてくれたのか、途中から静かになっていた。


「着いたね!」

「ああ」


 さっきまで機嫌悪かったのに、目的値に着くとこんな調子だ。つまりは食べてなくてもこいつは元気なのだ。よく分かってるから問答無用でここまで来たのは正解だったようだ。

 第一あれだけ見たい見たいって耳にたこができるくらい言ってるのだから、これまでの俺の行動は何一つ間違ってないはずだ。


「結構人居るね...。LoMまで前行けるかな」

「自力で行くしかないだろ。上手いこと人の間掻き分けるしか」

「だよねー。怖い人居なかったらいいな~」

「大丈夫だ、お前も充分怖いから」

「それってどういうこと!?」


 音琶の質問に答える間もなく、次のステージが始まろうとしていた。次に出てくるバンドは曲が何一つ知らないのだが、こういうときってどうしたらいいのだか。適当に腕上げるのか?それともさっきみたいにそのまま突っ立って演奏の技術を参考にすべきなのか。知らないバンドともなればどうすればいいのかわからない。

 空は薄暗くなってきていて、薄い生地のTシャツから僅かに涼しい風が通りかかっていた。別に上着を羽織るほどのものではないが、昼間寄りかは5℃くらい気温が下がっているだろう。ステージの照明も光が強くなりつつあり、開場前だというのに眩しく感じる。

 そして、何より人が多い。このフェスの中で一番大きなステージだからというのもあるかもしれないが、時間も時間なわけだし、これからフェスというものが大いに盛り上がるのだ。しかも今日は最終日だし、出演者も昨日より比較的豪華なのだ。だとしたら、昨日よりも今日の来場者の方が多いだろうし、タイムテーブル的に後半に人が集まりやすいのは一目瞭然、大体予想はしていたがいざこの状況に立ち向かうとなると骨が折れそうだ。

 それでも何とか真ん中の列より少しだけ前に行けたのは、屋台に行かずに会場に向かおうと俺が努力した結果だろう。もしあの時音琶の我儘を聞いてやって並んでいたらこんな所には行けなかっただろう。


「ねー夏音!私が怖いってどういうことなの?」

「言葉通りの意味だ」

「むう~、そう言われてもわかんないよ」

「盛り上がると周りが見えなくなるところが怖いって言ったんだ。全く恐ろしい」

「何それー」

「安心しろ、俺が着いてるから大丈夫だ。取りあえずこれから始まるのはフェスという名の戦争だ、自分の身はしっかり守れよな」

「夏音...」


 RefLectの時でさえ胴上げがあったのだ。あの明るい時間帯で、だ。夜になればこの変人共は好き放題に騒いで肩車されて胴上げされてスタッフに担ぎ込まれていくのだろう。さっき以上の戦場が繰り広げられる。それをどう対処するか、最早解決策さえ得られないかもしれないな。


 ・・・・・・・・・


「見ろ、言わんこっちゃねえ」

「う~ん...」


 大量の足跡と誰かの靴下が一足、誰かの泥だらけのタオルが数枚、そして目を回して仰向けに転がる音琶。こいつがさっきのバンドの曲をどれほど知っているのかはわからないがかなり盛り上がっていた。

 そしてこの状況である。見事に戦争に勝ち抜いたのかは分からないが、この際楽しめたもん勝ちって言うし、音琶は立派な勝者なのだろう。まともに楽しめなかった俺は立派な敗者だ、誰か褒め称えてくれ。


「所持品は無事か?」

「うん、大丈夫だと思う...」


 未だに起き上がらない音琶だが、Tシャツが黒いおかげで汚れがあまり目立ってなかった。白いの買ってたら白と茶色の斑なTシャツが出来上がる所だっただろうから避けておいて正解だったな。


「怪我も無いか?」

「うん、ない。足は踏まれたけど、もう痛くないよ」


 あれだけ盛り上がったのなら、足を踏まれる覚悟はすべきだった。これでも俺はまだよく知らないバンドのライブに集中はしていたから、周りの観客共の動きをあまり把握出来なかった。だから俺も足を踏まれたし、激しくぶつかって危うく支えも無しに転びそうになったりした。

 転んだら本当に怪我するし、骨折だってするかもしれない。これは想像以上に身構えておかないと生き残れないな。仮にLoMの時に最前列を確保できても人と柵の間に挟まれて呼吸困難になることだってあり得る。この前のこともあるし音琶の場合だとどうなるかも分からない。尚更心配だ。


「立てるか?」

「うん、ありがと」


 右手を差し伸ばし、音琶の右手を取って起き上がらせた。柔らかな手の感触を一瞬だが味わい、音琶が起き上がった瞬間に離した。そしてもう一度問う。


「前に行っても、大丈夫だよな」

「大丈夫、次の次なんだから早くしないと一番前行けないもん」

「本当に、いいのか?」

「いいに決まってんじゃん。私達何のためにここまで来たのさ」

「LoMを目の前で見るため、だな」

「わかってんじゃん。変なことに心配してるみたいだけど、目的は絶対に変わることないよ」

「......」


 俺は何を心配しているのだろう。音琶が目の前から消えて無くなってしまうわけでもないのに、抱きしめたら壊れてしまいそうな少女を守りたくて仕方がない。

 ライブ会場は戦場。生き残るには、それなりの体力と強い身体。音琶にはそれがあるのか疑わしいくらいだ。それでも、こんな過酷な状況でも、音琶の考えは変わらない。

 ...そうだよな、自分の道を広げたら意地でも通ろうとして、決して後ろを振り向かない頑固な音琶のことだ。やりたいことは最後まで貫いていくに違いない。だから...、


「早くしねえと、最前行けなくなるな。急ぐか」

「うん!」


 これから起こることへの期待を全て表情に現し、俺と音琶は二人、また少し前の方に進んでいった。

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