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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第14章 TRUSTiNG ME
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長蛇、並んでいる間

 全部で8曲ほどやっただろうか、結局俺らがやった曲は2曲目だけで、それ以外は知ってるのと知らないのだった。

 だが収穫は充分にあったし、今後とも続けていくならどうすればいいかを考えることだって出来た。それはともかく...。


「音琶、行くぞ」

「う、うん。ごめん」

「全く、LoMまで体力温存するんじゃなかったのか?」

「ま、まだまだ残ってるもん!」

「はいはい」


 昨日俺が見たものほどではないがそれなりに盛り上がったRefLectのステージ、こういった状況にすぐ流される音琶のことだからどうなるかは察しが付いていた。

 後半辺りから音琶のテンションは上がり(最初から高かったが)、どんどん人と人の隙間を上手く通って前の方へ行ってしまったのだ。俺をほったらかして。

 どさくさに紛れて胴上げなんてされてるしさ、あの時は焦ったな、遠くから見ても胴上げなんて目立つのだから部員に見つかったらどうするんだ。もうあの瞬間でバレてるかもしれないけども。

 それが原因なのかわからないが、音琶の白いTシャツに所々汚れていた。まるで昨日の俺のように。そんなことしてたから疲れたのだろう、奴は今ステージ左側の柵にもたれかかっていた。


「無理するなって」

「無理じゃないもん...、あれくらい楽しまないとライブじゃないもん」

「はあ...」

「夏音だって突っ立ってるだけだったじゃん。あの時何を考えてたの?」

「...お前のことだから分かるだろ、当ててみろ」

「うーん...」


 疲れ切った表情から考え込む表情に変える音琶。だがすぐにひらめいたようで、人差し指を俺に向けながら口を開いた。


「バンドの改善点!」


 自信満々に正解を答えた。流石、俺のことをよく分かってるな。


「正解だ」

「やったー!」

「まあ分かるだろ。長い付き合いなんだからな」

「まだまだだよ...」

「は?」

「まだ5ヶ月だよ、それだと長いとは言えない」

「......」


 5ヶ月も誰かと共に居たことなんてなかった俺からしたら、それは長い時間なのかもしれない。だが、音琶はこれだけじゃまだ短いと思っているのだろう。出会うはずの無かった俺らも、今となっては隣同士だというのに、擦れ違うことだってある。

 そもそも、長い付き合いなら擦れ違うことなんてないはずだ。ならば、俺の解釈は間違っているかもしれない。音琶は俺のことをわかっているかもしれないけど、俺は音琶についてわからないことだらけだ。

 まだ5ヶ月、長いとは言えない。大学生活が4年としたら5ヶ月なんて全体の一割程度しか満たしていないしな。そう考えると納得するのも無理はない。


「そうだな、まだ短いよな」

「うん...」


 これだけでは満足できない。だったら、俺が次に出すべき言葉は...。


「これから長い付き合いにしていくんだから、さっき見たこと参考にするぞ」


 曇っていた音琶の表情が今の言葉で晴れていった。にしてもこいつ、この短い時間で何回表情を変えたのだか。天真爛漫な奴はこれだから面倒で、何よりも守ってやりたくなる。


「夏音はどう思ったの?教えて!」


 柵から離れ、足を動かす音琶。やっぱり、こいつと居ると退屈しないな。


 ・・・・・・・・・


 ここまで誰かに会うなんてこともなく、サークルのLINEからも目撃情報が出ていないからさっきの胴上げを見られてはいないだろう。

 時間は昼の3時過ぎ、にも関わらず熱気は健在で喉の渇きと滴る汗が身体のリズムを邪魔している。最早屋台に並ぶことすら億劫になってきているが、水分補給しないといつぶっ倒れてもおかしくない。だというのに...。


「待ち時間約1時間か...。でも買うとしたらこの時間しかないもんね~」


 目的地まで長蛇の列が並んでいる。RefLectが終わった後向かった先は物販売り場、LoMの物販を目当てに並ぶファンと共に時間を使っていた。さっきからずっと立ちっぱなしだったから少し休みたいのだが音琶はそれを許してくれなかった。


「もう少し落ち着いてからにしないか?」

「今並ばなかったらいつ並ぶのさ!まだ売り切れてないんだから行くよ!」


 つい数分前にぐったりしてた奴が言うことかよ...。と思ったが、音琶のことだ。いつもこうして誰もが想像付かなかったことを行動するのだから、今更驚くようなことでもなかった。


「わかったよ、お前と話してたら1時間なんてすぐだろうしな」

「夏音ならそう言ってくれると思ってたよ!並ぼっか!」


 話すことって言ったらさっきから考えていたバンドの話だ。それを話すだけだと1時間も短いくらいだし、決して悪いことでは無い、か。

 それもそうだが、折角並ぶのだし何を買うのかも考えておくか。鳴フェス公式サイトを見る限り、Tシャツ、トートバッグ、缶バッジ、帽子、リュックがあるらしいが、俺が買えそうなのは帽子と缶バッジくらいだろう。他のやつを買うと金銭的に厳しくなる。このフェスに費やした金のことを考えるとこれから貧乏生活が待ち受けているのは明白だった。あとは音琶がどれくらい金持っているかだけど、誰かに金を縋るのは醜いし、自分のことは自分でどうにかしなくてはならない。


「どうしたの?溜息ついてたよ」

「え?」


 俺溜息なんてついてたのか。自分でも気づかなかったが、深刻な問題について考えていたら無理も無いか。


「悩んでることあったら、何でも言ってよ。私の事頼って欲しいな」

「......」


 思わず唾を飲み込んでしまうくらい、音琶の表情が優しさに満ち溢れていた。自然と身体が熱くなる、こんなに暑いのに、この表情は良くないぞこの野郎...。


「別に、どうにかなることではあるけどな...。そうだな、金銭的に生活が少しばかり苦しくなりそうだから悩んではいた」

「そっか...、そしたら私、夏音の生活代多めに払うよ」

「お前の金だぞ、他人のために使おうとするなよ」

「他人じゃないもん!」

「......」

「夏休み中の同居だって私の我儘だし、それくらい私にさせてよ!一緒に居たいって言ってるんだし、そんな細かいことに拘られたら私もちょっと辛いかな」

「別に拘ってねえよ。これは俺の問題なんだし」

「夏音と、私、二人の問題でしょ」

「......」


 相変わらずだな、この女...。でもまあ、これ以上俺が難癖付けて自分を貫き通すと音琶に悪いし、折角の音琶の我儘を聞いてやらないわけにはいかないか。


「わかったよ」

「うん、ありがと」


 前までなら無理にでも音琶に遠慮していただろう。でも、今は違う。音琶と共に居る幸せは金で買うことも時間と引き替えにすることもできないのだ。だから...。


「物販だって、足りなかったら私が出すよ。気を遣わなくても大丈夫だから」

「そうか、ありがとよ」


 俺がここまで誰かに素直に感情を表したことがあっただろうか。過去の記憶を探ってもそんな場面見当たらなかった。

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