ギター、上手いなんてもんじゃない
4月24日
昼休み、スマホから1本の電話がかかってきた。
基本俺はかかってくる電話の相手を確認しない。例え詐欺でも間違い電話でもどんな内容なのかすぐ判断できるし、そんなのに騙されるほど馬鹿じゃない。
「はい、滝上です」
「あ、滝上君?前田です」
一瞬誰だっけ? ってなったけどすぐに思い出せた。
昨日面接受けたときのコンビニの店長だ、背丈は俺と同じくらいの中年の男性で、優しそうな人だった。
部長や浩矢先輩みたいな人だったらどうしようと思ってたけどそんなことなくて少し安心したな。
「昨日の面接の結果から採用です、早速なんだけど初出勤の日決めたいんだけど今大丈夫かな?」
「大丈夫です」
「確か金曜日と土曜日に出勤したいって言ってたから、急かもしれないけど明日の22時から制服合わせと、契約書書いてもらうのと同時に早速出てもらいたいんだけどいい?」
「はい、明日の22時からで大丈夫です。これからよろしくお願いします」
「それじゃ明日頼むね」
そう言って電話は切れた。
取りあえずバイトは正式に決まったわけだ、明日からまた忙しくなりそうだけど稼ぐためなら仕方の無いことだ。
それにしても......、
「暇だ......」
授業が午前中だけということもあり、この後飯を作る以外特にすることがなかった。
部室に行くというのも手だけど先日のこともあるし顔を出すのには抵抗があった。
明日の部会は行くつもりだけど部費は徴収されるのだろうか、1万円は決して払えないというわけではないけどこのタイミングで払ってしまおうか悩んでしまう。
一週間後には保護者から生活に必要最低限の仕送りが渡されるわけだけど、残りの期間で足りるだろうか。
この大学に入れたのも学費が免除になったからであって、もしそうでなければ奨学金を借りることになってたし、今以上に生活が苦しいものになってただろう。
「下ろすか」
残りの所持金が4桁代前半になってしまうけど仕方ないか、覚悟を決めるとしよう。
4月になって早々誰かさんのせいで少し使いすぎたな、来月は弁償代のこともあるしもうちょっと考えよう。
ATMの画面に表示される数字が物語っている。5月までの残りの1週間、1日平均で500円以内の生活を強要されているということを。
冷蔵庫の中身が枯渇してなかったのが不幸中の幸いだった。
帰る途中、銀行から部屋に戻るにはキャンパス内を通ったほうが近道だったからそのルートを選んだわけだが、それは部室に行くルートでもあった。
行くときは気づかなかったけど、帰るときにはギターの音が部室から僅かに聴こえてきた。
それにしてもこのギター上手いな、誰が弾いてるのか気になって結局部室に入ることにした。
ドアを開けると、見慣れた光景とは裏腹に今まで見たことのない光景が部室の真ん中で広がっていた。
腰まで伸びた黒髪をツインテールに結び、暖かくなってきたからか前より薄手になったコートを着こなし、軽快な指捌きで弦を弾く少女がそこにいた。
俺が少女のギターを初めて聴く瞬間だった。
「......」
少女のギターは言葉では言い表せないものだった。
弾き方がいいとか、難しいフレーズだからとか、そんな次元の話じゃない。
これこそが見てる人を本気で楽しませたり、感動させることのできる演奏なのかもしれない。
今まで色んなギタリストの演奏を見てきたわけだが、その中でもこいつのギターほど素晴らしいものは無かった。
いや、素晴らしいなんて言葉は恐れ多くてそんな簡単に使うようなもんじゃないな......。
「あれ、来てたんだ。昨日ぶりだね」
演奏を一通り終えた少女は俺の存在に気づき、近寄ってきた。
「お前、今のって......」
「ん? 今の?」
「いや......」
言葉が出なかった。あんなの見せられてしまってはなんて返せばいいのかわからない。
「そういえば昨日ご飯ありがとね」
「ああ......」
「あれ? いつもなら『それは昨日も聞いた』みたいなこと言ってくるはずなのに今日は違うんだね」
「ああ......」
「え? ちょっとどうしたの!?」
どうしたもこうしたも、こうなってしまったのはお前の演奏が原因だよ。
「お前の思ってること、少しわかったかもしれないって思っただけだよ」
「いや、ちょっと何のこと言ってるかわかんないんだけど......」
言葉に表せないのだから仕方ない、別に伝わらなくたって構わない、今はただずっとこいつのギターを聴いていたい。
「それより、もう一回さっきの弾いてくれよ、音琶」
そして俺は少女の名前を呼ぶ。
こいつが俺のドラムを初めて見たときの感情は、今の俺の感情と似ているのかもしれない。
もう一度、というよりも何回でも見たい。
こんな奴とバンド組むことになってるけど、モチベ保てるのか少し不安になる。
「うん、いいよ! 折角だから夏音もドラムやってよ、五限始まるまで暇なのに誰もいなくてちょっと寂しかったんだ」
「そうかい」
カレンダーを確認するとバンドの予約は夕方からだったからそれまでの間は存分にできそうだ。
先輩達はみんな授業か研究室なのだろう、部屋で退屈を持て余しているのかもしれないけどな、留年してるんだし。
部用のスティックを手に取り、シンバルの高さやタムの位置を調節する。
何度ともなくやった当たり前の作業なのに、手が震えていた。
今からあんな才能に満ち溢れた奴とセッションする、なんてことを考えるといてもたってもいられない。
「それじゃあ始めるぞ、スティック4回叩いたら入ってくれ」
「うん!」
スティックを頭の高さまで上げ、4回叩く。
それからすぐ、俺は両手でシンバルを鳴らした。




