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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第13章 サマーフェスティバル!
193/572

せんぱい、一人の人間として

 ◈◈◈


「はい、結羽歌一気~!!」

「は、はいっ!」


 言われたとおり、私はステンレス製のボトルから紙コップ一杯に注がれたストレートのウォッカを飲み干す。これで3杯目だからそろそろ限界なんだけど、これ以上負けたらどうにもならないよ...。

 20時過ぎ、音琶ちゃんと別れて3時間近くが経過。18時の集合からずっとこの状態だ。2つのバーベキューコンロをみんなで囲んで肉や野菜を焼き、それぞれが箸を進めていたのは最初の方だけで、今はいつもの飲み会が繰り広げられていた。

 別に飲むことは嫌いじゃない。飲んで酔って、色んな話をするのは楽しい。飲めば先輩達も良くしてくれるし、私の抱えていることも聞いてくれる。それで解決できるわけではないけど話すことですっきりするし、素面の時と違って不思議と恥ずかしい気持ちも無くなっているのだ。

 何より、一瞬だけでも辛いことを忘れられる。だから止められなかった。


「ほんとに結羽歌は飲むよね~、1年の中でも一番だよ~」

「そ、そんなにですか!?」

「うんうん、思いっきりの良い飲み方が売りなんだよ~」

「ありがとう、ございます...」


 重くなった頭をフル回転して茉弓先輩に返事をする。

 何故私がここまで度数の高いお酒を飲んでいるのかというと、バーベキューも終わり、何人かはライブ会場に戻ったという段階なんだけど、まだ飲み足りない人達はテントに残っていた。

 と言っても、そこにいるのは私を含めて茉弓先輩と兼斗先輩と聖奈先輩だけなんだけどね...。あとの人達はみんなライブに戻っちゃったし、私も戻りたかったんだけど茉弓先輩に引き留められてこうなっていた。

 引き留められたのは、茉弓先輩が私と深い話がしたいからという理由だった。特にこの後どうしても見たいバンドがあったわけじゃなかったから良かったけど、深い話って何なんだろう...。さっきまで飲んでばっかりでちゃんとした話をしているわけでもないし...。

 やっぱり私も責任取って音琶ちゃんと夏音君に着いていった方が良かったかな...。飲まなくてもあの二人と居ると楽しいし...。


「にしても結羽歌大富豪弱すぎない?これで3連敗だよね?」

「あうぅ...、次こそは勝ちます...!」


 そして残された4人はお酒も交えて大富豪をしていた。負けた人はウォッカ一気という罰ゲーム付きで。

 こういうの夏音君だったら絶対に参加しないだろうし、音琶ちゃんも乗り気にはならないはず。その分私が頑張って飲まないと...!

 その前にゲームに勝つことが一番なんだけど、既に3杯飲んだ私の頭の中はちゃんと機能していなく、4戦目も私の負けで終わった。


「おお~、結羽歌やるね~」

「お、美味しいです、もう1戦やりましょう!」

「その意気だよ~」


 怖いと思っていた先輩達も飲んでいれば優しく接してくれる。人見知りの私はこの人達と上手くやっていけるか不安だったけど、今なら大丈夫だと思っている。

 勿論、音琶ちゃんの前では今みたいな飲み方はしないように気をつけるし、折角出来た友達も大事にしないといけない。

 不器用なりに人間関係を作っていって、関わった人とは誰とでも仲良くやっていきたい。それが私の目標でもある。

 それからもう一戦、もう一戦していく内に、私の頭の中はどんどん深みに嵌まっていった。


 ・・・・・・・・・


「結羽歌~」

「ん...」

「あ、結羽歌起きたね。そしたら一緒に行こっか」

「え...、どこにですか...?」


 何時間経ったかわからない。次に目を覚ました時には辺りは真っ暗で虫の鳴き声が聞こえていた。

 いつの間にか眠ってしまった私を鈴乃先輩が起こしたみたいだった。寝ぼけ眼で立ち上がり、そのまま茉弓先輩についていく。


「温泉行くよ」

「そういえば、まだお風呂入ってなかった...」

「他の人はもうみんな入っちゃったからね。酔って寝ちゃった結羽歌見てなきゃだから私もずっと入れなかったんだよ」

「す、すみません...」

「びっくりしたんだからー、ライブから戻ってきたら結羽歌が顔真っ赤にして芝生に寝っ転がっててさ」

「え...、私、そんなこと...」

「茉弓達も薄情だよね、普通そこは椅子に座らせるくらいするじゃん?散々飲ませておいて酔ったら放置って有り得ない!」

「......」


 鈴乃先輩が茉弓先輩達に何を言ったのかはわからないけど、私が潰れている間は複雑な状況だったことが窺えた。申し訳ないことしちゃったな...。また人に迷惑掛けちゃった...。

 鳴フェス会場から20分ほど歩くと24時間空いている銭湯がある。ライブに泊まり込みで参戦する人には必然の施設で、終わった直後に行くと混んでいるみたいだけど、この時間なら周りを気にせず疲れを癒やすことができるかな。

 時計は午前の1時を過ぎていて辺りはほとんど真っ暗、出入りしている人も私と鈴乃先輩と会場の見回りスタッフくらいしか居ない。


「あの、鈴乃先輩...」

「ん?もしかして気にしてる?」

「はい...」

「私の言い方悪かったかな、潰れたのは結羽歌だけじゃないよ。琴実と淳詩も結羽歌の後だったけど潰されてたから」

「でも、みんなお風呂入ったって...」

「割と酔い醒めるの早かったから1時間くらい前に茉弓や榴次と同じタイミングで行かせたんだよ」

「そうだったんですね...」


 出遅れた結果がこれ...。どこまでも私はダメなこだ...。直そうと思っても直せないのが辛いよ...、そもそも直したいって思ってるのかが問題なんだけどね。


「ほら、着いたよ」


 暫く歩いてたら、薄暗い灯りを放つ古びた建物が見えた。ここが銭湯...。鈴乃先輩の後ろを着いていって建物の中に入ると、温泉特有の不思議な匂いが鼻を突いた。券売機で入浴券を買い、中へと進んでいった。


「ここの銭湯、タオルも石鹸も用意されてるんだよ」

「はい...」

「ライブで盛り上がって疲れたでしょ?私の事は気にしなくて良いからゆっくり入ろうね」

「はい...」

「......」


 一つ返事で服を脱ぐ私に違和感を覚えたのか、鈴乃先輩は心配そうな表情になっていた。身体を洗い、湯船に浸かると一日の疲れが抜けていくような感覚になり、思わず寝てしまいそうになった。隣に座る鈴乃先輩も気の抜けたようになっていて、相当疲れていたことが黙っててもわかった。


「ね、結羽歌。元気ないけど何かあった?」


 湯船に浸かること十数分、鈴乃先輩が優しく問いかけてきた。


「......」


 すぐには言えなかった。まず何から話せばいいのか...。

 音琶ちゃんと夏音君のこと、琴実ちゃんと鳴香ちゃんの触れてはいけないことを掘り返したこと、その琴実ちゃんを共犯者にしたこと、そして鈴乃先輩に迷惑を掛けたこと...。

 お酒を飲んで全部綺麗に忘れたいという気持ちもあった。それでも、良い結果には繋がらなかった。だとしたら、私は一体どうしたらいいんだろう...。


「結羽歌って本当に可愛いよね」

「えっ...!?」

「ちょっと思ったこと言っただけだよ。小さくて可愛いなって」

「小さい...、ですか...。実は結構気にしてるんですよ...」

「あ、そうだったか。ごめんごめん」


 突然こんなこと言うなんて、どうしたんだろう。今までそんな会話したことなかったのに...。小さいってやっぱり胸のことかな...。鈴乃先輩だって、琴実ちゃんと同じくらいあるし、背も高めだからスタイル良くて羨ましいな...。

 私なんて高校生の時、『制服着てなかったら小学生と区別がつかない』ってからかわれたことあったくらいだし...。今は髪染めてるから大丈夫だと思うけど...。


「ね、結羽歌」

「はい...」

「辛かったら、私に何でも言ってよ。元気のない結羽歌はらしくないぞ」

「......」

「話して欲しいな」

「わかりました...」


 勇気を出して鈴乃先輩に全部話そうとした。話そうとしたのに、言葉よりも涙が先に溢れていた。


「え?ちょっと大丈夫!?」

「いや...、大丈夫...、じゃないです」

「だ、だよね。私なんか気に障ること言っちゃったかな...?」

「言って、ないです...。全部、私が悪いんです...」


 溢れる涙を手で拭いながら出る限りの言葉を出す私。もう、本当に何やってるのかな...。


「取りあえずさ、顔洗おう。別に話したくなかったら話さなくてもいいからさ、ね?」


 鈴乃先輩にシャワーの場所まで誘導され、全身が暖かい感触に包まれた。


「辛かったんだね」

「はい...」

「解決できるかはわからないけど、どうする?話す?」

「いえ...、これ以上、誰かに迷惑は掛けたくない、です」

「そっか、でもこれだけはわかってほしいな」

「これ...?」

「結羽歌が思ってるほど、私は迷惑だと思って無いよ。むしろこうして結羽歌と話せるだけで楽しいから。気にすることないよ、気にしてたらずっと辛いままだよ」

「......」


 気にしてたら辛いまま...。自分が思っているよりみんなはそこまで思って無いのかな...?いや、そんなのわかってる。わかってても、辛いことは変わらない。だとしたら私はどうしたらいいんだろう。

 みんなも辛いのかな?私だけじゃなくて、鈴乃先輩も、他のみんなも。


「まだ最終日あるんだから、楽しく行こうよ。結羽歌のそんな悲しそうな顔、私は見たくないかな」

「あの、私、ここに居てもいいんですよね?」


 改めて、自分に居場所が与えれているのか不安になっていた。こんな私でも、必要とされていると信じていたい。ただの便利な道具とかじゃなくて、一人の人間として。


「少なくとも、私は結羽歌が居ないと嫌かな。最終日、良かったら一緒に廻ろうよ」

「いいんですか...?」

「いいに決まってるよ、音琶も夏音も居ないしね」

「そしたら...、喜んで」

「よし、決まり!」


 少しは楽しそうな顔、出来てたかな?すぐには切り替えられないかもしれないけど、こうして話していると少しは気が楽になっていた。

 結局、二人のことは言えなかったな...。

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