巻込、踏まれて泥だらけ
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結羽歌、琴実と別れ、私は夏音が戻ってくるのを待っていた。18時過ぎには戻ってくると思うから、適当にそこらへんの野次馬に紛れて遠くから見えるステージのライブを眺めることにした。
ステージの右端と左端には大きなモニターがあるから遠くからでも演奏の様子が充分に分かる。今見てるバンドは私の知らないバンドだったから特に気に留めてなかったけど、演奏技術が凄い高いことが窺えた。五人組みたいだけど、サポートメンバーも居るから色んな音が混ざり合って綺麗に仕上がっていた。帰ったらどんなバンドなのか調べてみようかな。
にしても、1日目の段階で部員に遭遇しちゃうとは思わなかったな...。結羽歌と琴実だったから良かったけど、他の人だったらどうなっていたか予想もできない。少なくとも逃れられる可能性は低いだろうけど。
琴実もチクるとか言っておきながら黙ってくれるみたいだし、嫌いな人じゃ無い限り秘密は守るって言ってくれた。琴実に嫌われてたわけじゃなくて、よかった。
このこと、夏音には教えた方がいいかな?何かあったら報告しなきゃいけない感じだし、言った方がいいか。大丈夫、夏音なら二人のこと信じてくれるよ、きっと。
「音琶、戻ったぞ」
それから数分経って、夏音が戻ってきて...、
「おつか...、って!どうしたの!?泥だらけだけど...」
「ああ、これか」
戻ってきた夏音は派手に転んだのか所々土で汚れていて、顔も少しだけやつれていた。
「客共がぶつかるだの胴上げするだのでこうなったんだよ、全く死ぬかと思ったし」
「えぇ...」
夏音がさっきまで見ていたのはLoMほどではないけど10年以上前から活動しているバンドで、国民的に大人気を誇る超有名なものだった。確かにそんな人気バンドのステージともなると観客が集まるのは必然で、もみくちゃにされて怪我しても不思議ではない。
「フェスってこういうもんなのかよ、想像以上に危険な場なんじゃねえのか」
「うーん、でもみんな楽しいからそうなっちゃうんだよ。私だっていつそうなるかわかんないし...」
「マジかよ」
拍子抜けした顔で返す夏音。
「そしたら、明日のLoMのステージはどうなるんだよ、死人が出てもおかしくないだろ」
「あー...、でもほら、柵立ってるとこにいると安全だと思うよ、LoMの時は頑張って一番前狙えば命の危険は無いと思う!多分...」
「まあそうだよな、真ん中の方に居たら捕まるとこないし。因みに俺は足場崩して転んだから何人に踏まれたかわからん。靴の中にも砂入ってるしな」
「踏まれたって...、大丈夫だった?」
「生きてるから問題ない。取りあえずLoMに備える必要はありそうだがな」
「うん、夏音もLoMはどうしても見たいでしょ?」
「まあな、あればかりは逃せない」
「よかった」
そうだよ、LoMは絶対に逃しちゃダメ。一番前に居ないと私の存在が認められない。5ヶ月前出来なかったことを明日果たさないといけないんだ。
「あと、脱水症状にだけはなるなよ。さっきだけで10人以上運ばれた奴がいたからな」
「そうなの?」
「バンドの人気が高ければ高いほどスタッフの仕事が増えるんだろうな、さて明日はどうなるか」
「大丈夫だよ、LoMだったら意地でも倒れないよ」
「ならいい、あと貴重品には気をつけろ。終わった後壊れた時計やら眼鏡が散乱していた。靴とか財布無くしてた奴もいた」
「......」
今の夏音の言葉を聞いて私はどんどん不安になっていた。でも向こうで見えるステージで起こっていることを考えれば、人混みに巻き込まれて苦しい想いする可能性はありふれていた。
「そう言えばさ、結羽歌と琴実に会ったよ」
「......!」
唐突な私の言葉に夏音は驚いているように見えた。結羽歌はともかく琴実に会ったとなると警戒してもおかしく...、ないか。
「琴実の奴、何か言ってたか?」
「ううん、特に。事情話したら黙ってくれるって」
「流石に結羽歌は巻き込めないと見たか」
安心したように夏音は呟いた。同級生だった二人の関係のことだ、夏音だって分かってくれている。
「見つかったのが、あの二人で本当に良かったな」
「うん、先輩だったらって思うと背筋凍るよ~」
「お前も少しは気をつけろよ。今回は運が良かったんだよ」
「そうだね、でも部員は今頃テントの方集まってるみたいだから、今の間は安全かな?」
「いつどこで遭遇するかわからないから気抜くなよ」
「うん!」
この後は二人で今日のトリを見て、そのまま部屋に帰る。今日の所は、他の部員に見つかること無く切り抜けることができた。明日はどうなるかわからないけど、折角のライブは自分の最大を振り切って楽しみたい。
まだ時間はあるけど、私の秘密の一つは明日の終わりに告げるつもりだ。私がどうしてあの日、緑宴市に居たのか...。
こんな最適なタイミング、他にはなかったんだもん。




