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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第13章 サマーフェスティバル!
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手掴、前を歩く少女

 ***


 これで4曲目だろうか。さっきから俺の隣で音琶が右腕を真っ直ぐに伸ばしてライブを楽しんでいる。その姿を見ているだけで俺としては満たされている感じがするし、音琶も非常に可愛いから満足している。こんな彼女を持っていることを改めて幸せと思った方がいいかもしれないとさえ感じさせられた。

 てかそんなこと思っている時点で、''ライブを楽しんでいる音琶を見ていること''の方に集中している自分が情けなくなった。本来は隣の人間ではなく正面のステージに立っているバンドマン達に集中すべきだろう。俺だってこのバンドは知っている。割かし有名な方だし、音琶がよく聴いていると言っているのも覚えている。それならきちんとライブに集中すべきだ。

 さっきから掛け声と共に腕を動かす音琶。だが俺はそのまま立ち尽くすことしか出来ないでいた。その時ふと考えた。もし、万が一、有り得ないと思いたいけど、音琶が俺の前から居なくなってしまったら、俺は今のように生きていけるのだろうか。

 音琶が居てくれるから、今の俺が居る。それはとっくの昔から認識している。もしそうでなかったら、どうなっていたのか。

 恐らく、俺は今ここに居ない。そもそも、高校を卒業してからドラムを辞めた人間がこの場にいること自体おかしい。あの時音琶と出会っていたからこその現実だ。ならば、今ここに居る俺は音琶によって創られた俺だ。俺自身が創り上げた存在ではない。


「もう、何突っ立てるのさ!夏音も腕上げてよー!」

「あ、ああ」


 音琶が無理矢理俺の左腕を持ち上げてきた。まだ俺らの列は平和な方だが、前の方に行くと怪我しそうだ。後ろの方にいればまだ腕を上げなくてもいいと思っていたが、そうでもなかった。別に音琶のテンションが高いからとかいう問題では無く、既に酒の入ったプラカップを持っている連中がいらっしゃったこともあって、まだ午前中であるにも関わらず会場は最高潮に盛り上がっていたのである。

 こういったライブは、前であろうが後ろであろうが関係なく盛り上がれる場なのである。音琶にとっては最適な場であろう。ここまで元気な女が俺までも巻き込んで幸せそうな顔しているのなら、俺としても不満はない。

 俺はともかく、今日くらいなら思いっきり舞い上がってもいいだろう、音琶よ。


 ・・・・・・・・・


「いやー、最初からすっごい楽しかったねー!」

「まあな」

「むむ、私が腕掴まないと上げなかった夏音君!本当に楽しかったのかな?」

「音琶が楽しいなら俺も楽しいんじゃないのか」

「確かに、私と夏音は一心同体かもしれないけど!でも、本心で楽しまないとダメだよ!まだまだこれからも見たいバンドあるんだから、ちゃんと盛り上がらないと!」

「はいはい」


 そんなこと言ってる音琶だが、次から見たいバンドがそれぞれ違うからしばし別行動になるのだが。それについては言及しないのだろうか。


「とにかく!折角のライブ楽しまないと、私が誘った意味無いんだからね!」

「仕方ねえな、わかったよ」

「わかったならよし!」


 軽い説教というものだろうか。音琶としても俺と共に行動できることが何よりも嬉しいのだろう。それくらいは分かっている。だからその期待に応えないといけないのだ。まだ音琶の全てを分かり切れてない馬鹿な俺はそんなことを考えていた。

 次の目当てが始まるまで40分ほどある。それまでに再び音琶と共に行動することになった。午後にもなるとさっきよりも人の数が多くなっていた。寝坊した奴らか、それともただ単に面倒くさくてこの時間から参加したのかはわからないが、人数か増えていることは数えなくても見れば分かるものだった。


「はあ、どうも人混みは慣れん」

「そうなの?」

「言ったろ、人間は苦手だって」

「何それ、夏音も私も人間じゃん」

「俺とお前以外の話だ」

「何それ~、夏音が私の事大好きなのは知ってたけど、他の人は嫌いなのかな?」

「それはお前の考察に任せる」

「えぇ~!」


 我ながら何てレベルの低い会話をしているのかと思ったが、人混みが苦手なのはずっと前からのことだった。別に先輩達が紛れている可能性があるからとかいう問題では無く、人間という生き物に苦手意識を持っているから自然とそうなってしまうのであった。


「夏音、疲れてるんでしょ?だったら苺削り向こうにあるから一緒に食べようよ!」

「あのな、俺が甘い物...、おいちょっと待て!」


 俺が言い終わる前に音琶に手を掴まれ、奴の思うがままにされる結果となってしまった。俺が音琶の要求を拒否する権利は与えられてないのだろうか。これだと苦手なことを強要される羽目になってしまう。これはどうにかしないと。てかどれだけ並ぶつもりなんだよおい。


「夏音!甘い物が苦手なのも、今ここで克服するんだよ!」

「聞いてたのかよ俺の話」

「もちろんだよ!夏音の話を聞き逃した事なんて1回も無いんだから!」

「ったく、仕方ねえな」


 俺は今まで、こんなに幸せな顔をしている人を見たことがない。しかもその原因が俺なのだ。誰かを幸福にさせることなんて考えもつかなかった俺が、誰かの為になっていることをしているのだろうか。

 俺の目の前に映る満面の笑みの少女。愛らしくて、そのまま抱きしめてしまいたくもなる。無意識に、前を走ろうとする少女の手を掴んでいた。


「走ってると危ねえぞ」

「えっ...!あ、そうだね!」


 咄嗟に手を掴まれて驚いたのだろう、音琶は拍子抜けたような表情をしていたが、すぐに今まで通りの調子に戻っていた。

 こんな何気ない瞬間ですら、音琶とずっと一緒に居たいという想いが強くなっていたのである。こんな所、他の誰かには見られたくないな。

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