相談、それぞれの思い
4月22日
日高の提案も兼ねてもう一度求人票を見に行くことにした。
相も変わらず大量の紙がびっしり貼られていて、流石大都市ともなればバイトできる環境も設けられていることが充分に窺える。
駅前のコンビニともなれば何度かは目にしたことがあるが、場所が場所だけに忙しいとこだったりしないよな......。
タクシー乗り場がすぐ近くにあるわけだし、酔っ払いのクソじじいが入ってきて絡まれるなんてことがあったらと思うとぞっとする。
と、例のコンビニの求人票を発見した。
確かに日高の言うとおり条件は悪くなさそうだ、それに最低週2なら確実に入れれる日は決まっている。
時間帯は22時から朝5時までだから時給1400円とすると1回で1万近くは稼げる。
週2ペースでやればだいたい8万、これだけ稼げれば弁償代だけでなく、食事代含め毎日の生活もだいぶ楽になるだろう。
そう考えると気持ちが軽くなる、あとは面接を乗り越えればいいだけだ。
早速スマホに記載されている電話番号を打ち込み、電話を掛けた。
・・・・・・・・・
4月23日
面接を受けた。
まあ聞かれたことは大体想像していた通りだったわけで、表向きとは言えそれなりに社会的なことを言えた自信はある。
バイトをするのは今回が初めてという訳でもないし、面接に関しては高校受験の時にも経験がある。
別に人と話すことが出来ないわけではない、面倒なことに巻き込まれたくないから最低限に収めているだけだ。
出来ていたとしても無意識にストレスは溜るものだがな。
働くとは言え所詮はバイト、正直言うと人のためよりも自分のためにやるものである。
今までずっとそうしてたしこれからもそうするつもりだ、例えあいつらが来てくれたとしても。
......またあいつらのことを考えていた。
無自覚だけどあいつらと話しているときは不思議とストレスを感じてないのは紛れもない事実である。
そんなことよりも俺は日高の心情が気になってたんだけどな。
流石に明後日の部会には来るよな? もしものことを考えると、授業の時はサークルの話題は出せるわけがない。
あいつにとって打ち明けなきゃいけない相手が俺だけだったらやりやすいかもしれんけど、音琶と結羽歌もいるとなると大きな試練に成りかねない。
あの二人、あの一件があってからでもやる気あるわけだし、そんなやつらに辞めると言えるか自分の立場になって考えてみると、出来るわけがない。
日高が結羽歌とどういう経緯で知り合ったかは分からないけど仲は良さそうだし、音琶とも悪い関係ではなさそうだし......。
「どうしたもんかね」
夕飯を作る準備をしながら気怠げに呟いたときスマホが振動した。
上川音琶:今日食べたかったやつ売り切れだったから夏音のご飯食べたいーー! 今から行くー!
「はあ!?」
いきなり訳のわからんLINEが送られてきて困惑する俺。
どこの何が売り切れだったんだよ、そしてなんで俺の飯になるんだよ。
意味分からん、てか今からあいつ来んのかよ、この前日高にも飯作ってやったばっかなのにめんどくせえ。
数分後
「お邪魔しまーす!」
「帰れ」
満面の笑みで勝手に他人の部屋に入ってきたバカ女を一瞥し、言葉の棘を放った。
わざわざ鍵開けたのは俺だけどな。
「夏音の家久しぶりだなー」
当たり前だけどその棘は全く効いてなかった、仕方ないから本題に入る。
久しぶりとか言ってるけどお前が勝手に入ってきたんだからな、そこ忘れるなよ。
「それで? お前は夕飯食いにきたのか?」
「うん!」
そう言うと同時に音琶の腹の虫が鳴いた、本当に何も食べてないんだな。
「学食の限定メニュー売り切れだったから夏音のご飯食べたくなっちゃった、今思えば夏音のご飯は限定メニューより貴重だよね」
「お前まだ俺の飯食ったことないだろ」
「食べてなくてもわかるよ、だって初めて来たとき美味しそうな匂いしたし」
「......」
音琶が初めて俺の部屋に入ったときは朝食を食い終わった直後だったな。
だとしてもこいつの嗅覚どうなってんだよ、そんなことでわかるもんなのだろうか。
「まあいいや、バイトも決まったようなもんだしお前に飯を食わせてあげる位の余裕はある方だな」
「バイト決まったんだ、よかったね。私も早く探さないと」
本当は余裕なんてない、それでもこいつと話す時間をとるのも悪くない気がした。
2枚の皿にそれぞれハンバーグをのせ、簡単な盛り付けを添えて音琶の前に差し出した。
米はまた別に用意してある。
「おいしそー!」
音琶が目を輝かせながら言った。
すまんな、料理くらいは学食の限定メニューよりも上手くできてる自信はある。
「あ、またお腹鳴った。いただきまーす!」
元気だなこいつ、とても弁償代を抱えてるような人とは思えない。
「いただきます」
俺も音琶に続く。
音琶のことは冷たく当たってるかもしれないけど、長い間一人で食べてた俺にとって言葉に出来ない温かさがあった。
「そういえばさ......」
本当は俺が言うべきことでは無いんだろうけど、こいつの意見というか考えというか、思っていることを知りたいというのもあり、意を決して聞くことにした。
「お前サークル辞めたいとか思ってないよな?」
「え!? 何言ってんの!?」
さっきまでの満面の笑顔から一転、本気で驚いているような表情をされた。
「そんなわけないじゃん、確かにこの前はやらかしたけどさ。ちょっと夏音......、まさか辞めたいって思ってる?」
「いや俺じゃなくてだな」
「じゃあ誰!?」
「日高だよ」
すまん日高、別に言うなとは言われてないけど思わず言ってしまった。
「へえ......、日高君そんなこと思ってるんだ、自分からギターやるって言ってたのに」
一気に音琶の表情が暗くなり、手が止まった。
音琶からすれば日高はギタボを薦めた張本人でもあるし、何しろギターをやると言ってくれた救世主みたいなもんだったのかもしれない。
救世主は大袈裟か。
「あいつなりにも色々考えってあるからさ、責めるわけにもいかねえんだよ」
「そうだけど......」
「別に辞めるって決まったわけじゃないからさ、もしかしたら気が変わるかもしれんし」
「そうだといいけど......」
たまにこいつ凄い消極的になるときあるよな、いつもとギャップが激しすぎて少し怖いんだが。
俺みたいに過去に何かあったりして。
「夏音、日高君には説得してよ、辞めないでって」
無理言うなよ、と思ったけど......、
「わかったよ」
音琶の顔を見てると言えなかった。
これで本当にあいつが辞めたらと考えると冗談抜きで恐ろしい、すると音琶はハッとしたような表情をし、
「あ、ごめん。私自分のことばっかで......」
どうやら我に返ったようだ。その言葉、日高に対してだけじゃなくて俺に対しても言って欲しい。
「ご飯美味しかったよ、ありがとね」
満足したのか音琶の表情は元に戻っていた。
「金が貯まったらまた食いに来ていいからな」
最初は帰れなんて言ったけど俺も俺でお人好しが過ぎるな。
「やっぱり夏音は優しいよ......」
「は? 今なんか言ったか?」
あまりにも小さい声だったから聞き取れなかった。
気のせいだったか?
「ううん、何でもない!」
やや慌て気味に言い、やがて音琶は自分の家の方向へと帰っていった。




