早起き、フェスの始まり
8月23日
「あ、夏音起きたね!おそーい!」
目覚まし通りに起きたはずなのだが。時間は7時だし、寝坊だってしてないし時計も壊れていない。それなのに音琶は既に準備万端のようで、今すぐにでも外に出れる体勢になっていた。
寝ぼけ眼で起き上がり、アラームを止める。適当に顔洗って歯磨いて、着替えたら荷物纏めて目的地に向かうことにしよう。
「遅いとか言ってるけど、俺は間に合う時間にしっかり起きたのだが」
「そんな心構えじゃダメだよ!折角のイベントなんだからもっと早く起きなきゃ!」
「無茶言うなよ。そう言うお前は何時に起きたんだよ」
「それが、楽しみすぎて全然寝れなくってさ」
「寝とけよ...」
それくらい心待ちにしていたのは分からなくもないけど、お前この前倒れたばっかだろ。今日だって猛暑日になるわけだし、身体に負担掛かるようなことして何になるってんだよ...。人の心配ばかりする癖に、自分のことは適当にしてんじゃねえよ。
「夏音が居るから大丈夫だよ、それに出来るだけ涼しい格好になるようにしたからね!」
「まあ、それはいいのだが、虫刺されだけは気をつけろ。こんなに肌晒しといて後で騒いでも知らねえからな」
「スプレー持ってるし、それも大丈夫。これでもフェス対策はしてるんだから!」
「はいはい」
そう言って二人で外に出て、駅前にあるバス停まで足を運ぶ。まだ朝だというのに蒸し暑く、今日のフェスにとっては絶好の日になることが窺えた。何も対策しなかった奴は即効ぶっ倒れる気しかしない。
隣を歩く音琶の服装は紺色のオーバーオールの中に白い半袖Tシャツといったものだ。まあ夜になれば若干気温は下がるから短パンにしなかっただけ問題ないだろう。生地も薄めのものだろうし、最低限の対策はできているという所だな。
「にしても、さっきから何ジロジロ見てんの?そんなに私が魅力的?」
「いや、普段見えないとこ見えてると、妙に気になるというか」
「へえー、やっぱり夏音はえっちだね~」
「うるせえな」
胸がよく目立つのはいつものこととして、中のTシャツはウエストラインが露出していて、横又は後ろからだとその柔らかな素肌が見えてしまう。しかもこいつ、肉付きがいいからズボンの部分に腹の肉が僅かに乗っているのだ。それがまた嫌らしいというか、無意識に視線が移ってしまうのだ。
「大体、そんな格好して襲われたりしたらどうする。あんなに人がいる場所だと何されるかもわかんねえのに」
「その時は夏音が守ってくれるって信じてるもん。それに、たまにはこんな格好もいいでしょ?」
「まあ、悪くはないかもな...」
目のやり場には困るけども、来週には海に行くことになってるし、これ位の控えめな露出で困惑するわけにもいかないか。あまり気にしないように心がけよう、気になるけどもな。
「あ、サークルの人達もう会場向かってるみたい!」
「ああ、LINE来てるな」
「てことは、外に出て早々に見つかる心配はなさそうだな」
「うん、ここからだと1時間もしないで着くはずだから、バス降りてから鉢合わせする危険性も低いかな」
バスは一般車用の駐車場のすぐ近くに止まるみたいだから、時間も上手く調整しないといけない。最悪結羽歌にヘルプを頼む可能性もあるとのことだったが、逆に結羽歌のスマホ画面を部員の誰かに見られる可能性もあるから、なるべく二人で何とかしようという話になった。
コンビニで簡単な朝食とペットボトルの水を数本買い、駅に向かう。こんな大都市のバスターミナルともなると目的地がいくつもあって、高速バスも充実している。今回乗るのはあくまで鳴フェス限定に用意されたものだから、本来のターミナルとは少し離れた場所で待つことになる。
そして当のバス停だが、既に行列ができていた。まあそうだよな。
「うわあ...、あの人達私達より早く起きたのかな...?」
「だろうな、一番前の奴は昨日の夜から並んでそうだけど」
「最初のバンド十時半からだからそこまで焦らなくてもいいと思うけどね~」
「ライブというよりも物販目当てだろ、明日ほどではないけど今日もなかなかいいラインナップだし」
「確かに...」
とは言ったものの、一番最初のバンドが目当ての時は最前を狙うために朝一のバスを前日から待つ人も居るだろうな。俺の目当ては明日の一番最後だけどな、音琶は誰が目当てなのだろうか。結局そういった話にはならなかった。
会場までの循環型バスで10分毎に来るやつだから、いくら行列があれど乗れるまでそこまで時間が掛からなかった。
乗り始めて数分もしないうちに音琶は俺の隣で寝始め、しかも俺の肩を枕代わりにして寝ているから身体の色々な部位が当たっていて、逆に俺は目が醒めたよ。音琶のやつ、本当に夜も眠れないくらい今日という日を楽しみにしていたんだな...。
...この鳴フェスというイベントで音琶の正体を知ることになるとは、この時の俺は夢にも思っていなかった。




