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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第12章 19才の夏休み
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雑音、発生源の心理

 私達の出番は丁度真ん中の2番目だから、リハも2番目にやることになっている。今日のトリを務めるのは聖奈先輩達上級生が務めるバンドだ。1回だけライブハウスで見たことがあったけど、このサークルで飛び抜けた技術を兼ね揃えていた。もう私達は足下にも及ばないくらいにだ。

 聖奈先輩に一度ギタボの相談をしたとき、あの人はすぐに出来るようになったと言っていた。私は夏音や光が手伝ってくれてようやく慣れてきたという段階だから、あの人はもしかしたら覚えが早いのかもしれない。今こうしてリハでそれぞれの音を探求し合っている姿はあの4人ならではの工夫をこなしているように見えたし、多分あの人達がサークルから居なくなったらここまでスムーズに事は進まないだろうな...。

 これまでに納得のいかないことが沢山あったし、まだまだ私は知らなければいけないことがあるっていうのに、こういう所だけ私より優れているから、何か嫌な感じだな。

 そして肝心の結羽歌だけど、浩矢先輩の方を真剣な表情で見ていた。ベーシストとして先輩のしている些細なことでも参考にしようと思っているのかな。ベースを弾き始めたばかりの頃は嫌味を沢山言われていて、そう長くは続かないと思っていたけど、何だかんだ色々あって4ヶ月続けている。

 結羽歌を標的にしていた人のことでもこれからの自分の為にしていこうという姿勢から、本当に結羽歌らしさが出ていてちょっと可笑しい。いやでも、弾いてる時いつも真剣だし、きっと大丈夫だよね?日高君見てるからいつも以上に緊張してそうだけど。


「ねえ音琶」

「は、はい」


 リハの雰囲気に慣れようと思っていた矢先、背後から囁かれ思わず背筋が凍り付く。この声の正体は聞いた瞬間わかってしまう位緊迫感が与えられるからどうも落ち着かない。


「今日のPA、どう思う?」

「どう...、って言われましても...」

「音琶って確かXYLOでバイトしているよね~、こういうのって詳しいんじゃないの?」

「まあ、簡単な操作くらいなら」


 私の左隣に移って笑顔で話しかけてくる茉弓先輩の口調は、優しく話しかけているように聞こえてどことなく違和感がある。何か裏の顔が隠されているかのような、そんな感じだ。

 以前夏音から警告を受けて、この人は要注意人物として認識している。鈴乃先輩の話を聞く限り、浩矢先輩と付き合っているだとか...。同じベーシストとして関わる機会が多かったからそうなったのかな、でもどっちみちそれが本当なら私の味方はしてくれないだろうな。


「そしたらさ、今のPAで足りてない所くらい言えるよね?」

「確かに、上級生のバンドだから緊張してるのかもしれませんけど、判断が遅いというか、特にボーカルのマイクにノイズが入りまくってますね」

「そうよね、それに上手側と下手側のスピーカーのバランスも悪い。本当にこれでいいと思ったのかな?ってなるよね」

「どうしてそれを私に言うんですか?」

「これね、淳詩のヘルプ入った夏音がやったんだよ。あのこ、作業は早いけど結果に繋がってないのよね。昨日もそうだった。12年間も音楽やってたって言ってたけど本当にそうなのかな?って疑っちゃうよ」

「......」

「あなた達は遊んでたから見てなかったのかもしれないけど、ちゃんと確認してないと先輩になっても後輩を不安な気持ちにさせるだけよ」

「...はい」

「とにかく、もっと危機感持たないとこの先やっていけないから気をつけなさいね」


 茉弓先輩が去った後、後ろを振り返って夏音の方を見る。確かに操作は手慣れているし、長い間PAをやっている人のものではあった。でも、表情の方はどこか考え事をしているように見えて、まるで4月に私と再会した時のような、どこか寂しそうな目をしていた。何か辛いことでも思い出しているのかな...?

 そう考えている内に時間になり、リハは私達のターンになった。それにしても、茉弓先輩は夏音の言う通りの人なのかもしれない。あまり変なことに顔を突っ込むわけにはいかないな...。


 ***


 結局は過去が全てを変えてしまっているとしか思えない。別に淳詩のPAの出来が悪いことに苛立っているわけではない。当たり前のことに集中できない自分自身に苛立っているのだ。

 卓を操作している間、ふと昔のことを思い出されて、聖奈先輩達のリハの後半部分がどんな内容だったのかがいまいち思い出せない。いつかのライブの時も似たようなことあったし、これもあの時と同じ現象なのだろう。

 やりたくてもやれなかったこと、無理矢理押しつけられたこと、部員からは口も聞いて貰えなかったこと、その全てが俺にとって思い出したくもない出来事だ。だというのに、卓に触れただけで無意識に脳内で再生され、何も考えられなくなるのだ。

 音琶を大切に思うようになってからこのようなことはもう起こらないと思っていたのだが、どうやら自分のことを過信しすぎていたようだ。結局俺は何も変われてなく、少なくとも音楽に関係することには過去から逃れられていないのだった。

 いや、そもそも俺は音琶以外の人を本当に大切に思えているのかと問われると厳しい。どうしてこうも、新たな課題が俺の前に降りかかってくるのかね。これ以上面倒なことになりたくないのだが。

 最低でも、ステージに立っている時間は今この瞬間のことだけを考えるようにするしか手段はなさそうだ。

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