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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第12章 19才の夏休み
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栄養、取り過ぎはよくない

「今日は泊まらせてもらうよ!」

「は?」


 祭りからの帰り、電車の中で音琶は俺にそう言った。突然すぎて思考が追いつかない。


「何でだよ」

「だって、夏音と少しでも長く一緒に居ないと明日上手くできないかもしれないでしょ?」

「練習したんじゃねえのかよ...」

「勿論したけど、折角屋台一緒に廻ったんだからさ...」

「話が繋がらなすぎて訳分からん...」


 隣で上目遣いになりながら訴えかける音琶に俺はどうしたらいいか考え込んだが、こいつのこんな顔みたらこれくらいの小さな願い、叶えさせてやってもいいかと思い、無言で頷くことにした。


「まあいい、何なら夏休み中は俺の部屋に住み込んでもいいからな」

「え、本当!?」

「折角の休みだしな。学校あるときよりも会う機会増えるだろうし...、時間の短縮として最適の手段だと思っただけだ」

「そこはせめて『音琶と少しでも長く居たいから』って言ってくれてもいいんだよ?」

「自分のことは自分でどうにかしろよ。全部が全部付きっきりでできるわけじゃねえからな」

「あー!またそうやってはぐらかす!!」


 電車の中だといのに、音琶は大声で俺を責め立てた。他のお客様の迷惑になるからやめろっての。まあ、音琶と長く居たいってのは紛れもない本心だし、これまでにないチャンスだ。もっと音琶と時間を共有できるなら、これ以上の幸せはないだろう。

 電車を降りたらそのまま部屋に向かうが、音琶は最低限の荷物を用意するために一旦自分の部屋に向かっていた。それから5分もしないうちに、服やら日用品を一杯に詰めた旅行バッグを肩に掛けた音琶が現れた。本当に部屋近いんだろうな...。


「短い間だけどよろしくね!」

「全く、世話焼かしてくれるな」

「でしょ~」


 こんな嬉しそうな顔されると今更断れるわけがない。元々断る気もなかったがな。鍵を開け、部屋に入るといつもの見慣れた光景が広がるが、この狭い部屋にもう一人住み込むとなれば触れる空気も大分変わっていくだろうな。


「それにしても...」

「?」


 スティックの入った鞄を床に置き、適当にベッドに腰掛けると、リビングのドアの前に立つ音琶に視線の移した。


「お前どれだけ食ったんだよ」

「えっとね...」


 俺の質問を聞いて考え込むような表情をする音琶の腹は、上着の上からでも充分に分かるくらいに膨らんでいた。もう明日の朝食もいらないのではないかと思ってしまうくらいだ。

 前からこいつが大食いだってことはわかっていたけども、まさか祭りの屋台を制覇したと言っても過言では無いくらい食うとは思ってもいなかった。


「ほとんど、かな?」

「いや、食い過ぎ」

「美味しかったから仕方ないよ~、それに甘い物は別腹だしね」

「いや、その腹で言われても説得力ねえよ」

「そう?」


 そう言って自分の腹を右手でさする音琶。何をどうしたらこうなるのだか。充分に栄養を採っているから胸が大きいのも納得行くが、もう少し女としてのプライドというものを感じて欲しい。


「夏音が作ってくれてたらもっと食べてたかも」

「頼むからそれはやめてくれ...」

「大丈夫、このお腹は明日になれば元通りだから!」

「別にそういう意味で言ってるんじゃねえんだけども」


 自慢げに話す音琶だったが、その直後に奴の腹の虫が鳴るというとんでもないことが起こった。


「お前正気か...?」

「うん、お腹空いた!」

「お前の胃袋はどうなってんだよ...」


 仕方ないから台所に行き、何か適当に作れるものがないか探してみる。すると冷蔵庫に卵が3個、スライスされた豚肉、そして申し訳程度の麦茶が入っていた。

 隣で音琶も冷蔵庫を覗き込んでいるが、暫くして、


「砂糖たっぷりの卵焼きが食べたい!どうせ夏音は食べないんでしょ?」

「どうせって何だよ、食わねえけどな」

「そしたら私が独占しても良いんだね?」

「ダメなわけねえだろ、ある分好きなだけ食いな」

「やったー!!」


 あれだけ食ってまだ食うのかと言っても音琶には無駄な質問だ。今回ばかりはちょっとした嫌がらせとして、頭ではなく膨らんだ腹を撫でてやった。強く掴んだら崩れてしまいそうなほど柔らかな感触が手に広がった。


「な、夏音!?」

「すげえなお前、本当にこれで明日には戻ってるのか?」

「も、戻ってるもん!いつものスリムな身体になってるもん!」

「言うほどスリムじゃねえだろお前」

「なっ!」


 腹を撫でられた恥ずかしさからか、からかわれたからなのかはわからないが、音琶は顔を紅くして俯いてしまった。相も変わらず可愛い奴め。


「腹が出すぎてまともにギター弾けなかったりしてな」

「だから!私太ってないもん!夏音の意地悪!」

「そりゃどうも、あと調理の邪魔になるから静かにな」

「むう~~!!」


 その後、音琶はフライパンを動かす俺を後ろからずっと見つめていて、卵焼きが出来上がる頃にはすっかり機嫌が直っていた。

 明日のライブ、久しぶりに音琶とするんだよな、そう思うと気を引き締めていかないとな...。

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