責任、何をやってるんだろう
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話は4月19日の昼過ぎに遡る。
日付的に今日の夜まで結羽歌を介護していた私は、そのまま結羽歌の家で昼ご飯を食べていた。
「結羽歌って料理上手なんだね! おいしいよ」
「そうかな? でもうれしいな」
結羽歌の作った焼きそばは絶品で、野菜の甘みとソースの味がしっかりと引き立てられていた。
「本当にいいの? 御馳走しちゃって」
「うん、昨日迷惑かけちゃったから......」
「もう、気にしなくて良いのに」
結羽歌がテーブルの真向かいに座って恥ずかしそうにしている。
どうもこのこは自分が何かしてもらったらそれ相応の事を誰かにしてあげないと気が済まないタイプみたい、そういう所も可愛いんだけどね。
それにしてもこの焼きそばは美味しいな、私にはお母さんがいないから同性が作った本格的な料理を食べれるのは貴重だった。
私も料理上手になりたいな......。
「結羽歌はさ、ベースってどうするの?」
「えと、どうするって......」
「ああ、ごめんね、買うの? ってこと。多分最初は先輩達が貸してくれるとは思うけど、流石にいつまでもは無理だと思うし」
楽器は高いけど、バンドやるなら先輩の物を借りるより自分に合った物を買った方が良いとは思う。
結羽歌がどこまでやる気あるのかにもよるけど。
「こんな早い段階から買っても、大丈夫なのかな?」
「大丈夫だよ、私は早く結羽歌とバンドしたいし、それに先輩のより自分で買ったのでやったほうが絶対上手くなるよ! 私も......」
そう言おうとして私は黙り込む。
勢いであの人のことを言いそうになってしまった。
「音琶......、ちゃん?」
結羽歌はキョトンとして首を傾げながら私の名前を呼んだ。
「ううん、なんでもない、とにかく自分のでやったほうがいいってこと! 結羽歌がそれでいいならだけど」
適当に誤魔化したけど、明らかに結羽歌は何かを感じたと思う。
気を緩めてはいけない、隠していることは誰かにばれた時点で隠し事じゃなくなるんだから。
別に騙しているわけではない、私はただ誰かとバンドをしたいだけなのだ。
だからこのままではいけないのは分かっている。
真実を言ったら誤解されそうだしばれたときの対処法も考えてないし。
このままではいけないってことは分かってるけど、正直これから上手くいくか自信がない。
「音琶ちゃん? ねえ、大丈夫?」
結羽歌の言葉に我に返った。
いけない、昨日のこともあってか自分のことでいっぱいになっていた。
「あ、ごめんね、大丈夫だから。それで、何だったっけ?」
逆に私が聞いてどうする、今は結羽歌の意見を聞く側なのに。
「うん、ベースっていくらぐらいするのかな?」
「えっと、安くても数万はするよ。でもそこは見てみないとわかんないかな、中古だったらもっと安く買えるけどオススメ出来ないし、やっぱり誰かが使ったものより新しいの買った方がいいと思う」
「そっか、うん。お金はここ来るときにお母さんから割ともらったから、数万くらいなら、買えるかな?」
数万くらいなら買えるなんて、今結羽歌はいくら持ってるんだろう? このこ結構持ってるんだろうな、羨ましい。
私なんて数ヶ月前のギター代のせいで食費以外のお金はあんまりつかえないのに。
バイトするか、お父さんにお願いすればある程度は手に入るかもしれないけど。
「それじゃあさ、今から買いに行く?」
焼きそばを平らげ、結羽歌に尋ねた。
「うん、行きたいな」
「じゃあ行こっか!」
こうして、私はまたあの店に足を運ぶことになった。
・・・・・・・・・
このような事があって、結羽歌はベースを手に入れたのであった。
そして4月20日夕方、私の前で初めてベースを披露し、これから頑張ると宣言した後、結羽歌は見事にアンプを破壊したのであった。
先輩達から後で「破壊神」なんてあだ名付けられたらちょっと可哀相かな、これに関してはちゃんとアンプを見てなかった私にも責任はあるけど、さてどうしようか。
こういうときにだけ妙に冷静になれるのって何でなんだろうね。
「なあ、これどうすんの?」
夏音が聞いてきた。結羽歌が壊したアンプは恐らく部内の物だから最悪弁償になるだろうけど、これいくらする?
Marshallだから多分、というか絶対高いけど。
「えと、......とりあえず部長に連絡......、かな......」
結羽歌が今にも消え入りそうな声で返した。
隠すのは無理だし、まずは部長に連絡を......。
「部長の連絡先って誰か持ってる?」
少なくとも私はまだLINEのグループに招待されてないからわからない。
というか先輩全員の連絡先を知らない、もしかしたら部会の時にもらった掟に書いてるかもしれないけど家に置いてきた。
「持ってねえよ」
「ごめん、持ってない......」
詰んだ、どうしよう。
夏音が掟見てるけど書いてないみたいだった。
「誰か来るまで待つしかないな」
夏音が呟いた。これから誰かがバンド練とかでも入れてればいいけど、そういうのってどこで確認するんだろう。
「ねえ、バンド練って予約するんだよね? どこかに書いてたりとか......」
「お前もしかして掟読んでないの?」
言い終わる前に夏音に聞かれた。
あれってそんなに大事なやつ?
「読んでないけど......」
「お前なぁ......、玄関前のカレンダーに書いてるよ。あと掟は読んどけや」
怒られた、やっぱり夏音は私に対して冷たい、もう少し優しくしてくれてもいいのに。
その時、部室の扉が開き、4人組のバンドが入ってきた。新歓の時に一番最初にやっていたバンドだった。
「あれ、3人ともどうした?」
ボーカルをやっていた先輩が話しかけてきた。優しそうな人だけどこの人一昨日の飲み会で結構酔ってたし、案外怖いかも。
「えと、実は......」
十数分後部長が現れ、私と夏音と結羽歌は部室の床で正座させられていた。
部長は背が高く、多分180cmは超えてる。
威厳のある見た目だから部会の時でもちょっと怖いイメージあったけど、今はちょっとで済まされない状態である。
「なんでこうなった? これどうすんだよ」
部長が壊れたスピーカーを指さして怒鳴った。
まあこうなりますよね......、それにしてもすごい剣幕です。
「あの......、すみません......」
結羽歌が今にも泣きそうな声で謝る。
「いやすみませんじゃないよ、謝れば直るわけじゃないんだし。それにこれいくらすると思ってる? 7万だよ」
あ......、想像以上の値段だった。
7万なんて大金私にはそんなすぐに出せるもんじゃない。
こういうとき、私はどうすればいいんだろう。
これは結羽歌だけの責任じゃないし、黙ってるままじゃ駄目なのはわかってる。
その時......、
「俺らの不注意で壊してしまったので、3人で責任とって弁償します。できるだけ早くしますので、お願いします」
夏音が真っ先に言い出した。
少し助かったけど何も言えない自分が情けない、謝るくらいは出来ただろうに。
すると部長が口を開いた。
「......こういうときの為に予備のスピーカーあるけど、古いやつだから壊れたら練習できなくなるからな。それまで早くしろよ、あいつらにも迷惑掛けたんだからな」
そう言い残し、部長は出て行った。
扉の閉め方して相当抑えてたんだろうなと思った。
さっき入ってきた先輩達は部長の命令で帰されていたから、部室にはまた同じ3人しかいない。
「ねえ、夏音......」
「どうした? 何も言えなかった音琶さん」
いちいち私の癇に障るようなことを言ってくるけど今回ばかりは言い返す気力なんてなかった。
だから率直な疑問を投げかけた。
「お金、どうしよう......」
「すまんな、俺色々あって全然金無いんだわ、だからこれからバイトしようと思う。さっきのはああでもしないと治まんないと思ったからな」
それを聞いた結羽歌が夏音の正面に立ってこう言った。
「あの、私のせいでこうなってしまって、ごめんなさい......。ベース買ったばかりでお金ないから、頑張ってバイトします、その......、本当にすみませんでした!」
泣きながら夏音に謝っていた。
謝るのは私の方だ、結羽歌にベースを買うように言ってしまい、そのせいで嫌な思いをさせてしまった。
「えっと、結羽歌、ごめんね。私がベース買うように言わなかったら、こんなことにならなかったかもしれないのに......」
結羽歌が涙に溢れた瞳をこっちに向けてきた。
「ううん、音琶ちゃんは悪くないよぅ、私がちゃんとみてなかったから......」
結羽歌も私とはまた違うけど、似たような責任を抱えているのだろう。
でも私が早く気づけば避けれた事態だし、それよりも前から......。
「ああもうお前らめんどくせえ! とにかく誰が何したとかよりも先にやることあるだろ」
私と結羽歌でいざこざしてる内に夏音が入り込んできた。
「まずは金稼がねえとどうにもならねえし、責任の押し付け合いなら全部終わってからにしろ」
そう言って、夏音は部室から出て行った。扉の閉め方、部長と同じじゃん......。
***
「はあ......」
部屋に帰り、大きくため息をついた。
「あんなこと言ったけど、人のこと言えないな」
過ぎたことを嘆いているのは俺も同じなのだ。
その場しのぎでも言うもんじゃないな......、しかも勢いで部長にあんなこと言うなんて。
それにしても、これから本当にバイトしないとどうにもならない、早いとこ決めないといけない。
7万円か......、どれくらい時間かかるのかと考えたら楽なとこは無理そうだな......。
あとあのバカ女、掟くらい読んどけよ本当に。




