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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第2章 crossing mind
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結羽歌、ベース頑張れ

 ベースには勿論沢山の技があるわけだが、結羽歌がやっているのは指弾きだった。

 ベースのことは詳しくないが最初にやるならこれがいいのだろうか、いきなりタッピング奏法でもやってたら面白いけど流石にないよな。


 音は初心者感しかないしお世辞にも良いとは思えない、アンプに繋げてなくても充分にわかる位だ。

 それでも頑張って練習すればいつでも開花する可能性が潜んでいるわけで、しかも弾いている時の表情は真剣そのものだった。

 必死さも伝わってきて、普段の内気な彼女はどこにいったのかと言っても過言ではなく、少なくともこいつとバンド組んでも問題ないくらいのやる気は見せられていた。


 音琶にも見せてやりたい、結羽歌のベースと普段見れないこの表情を。

 

「えっと、どうですか?」


 ある程度弾き終わった後、いつもの表情に戻った結羽歌が俺と浩矢先輩に聞いてきた。


「初心者にしてはいいんじゃないの? ベースのことはよく知らんけどさ、これ位だったら俺も叩ける」


 仮に下手と言って落ち込まれても困るし、感想はこんな感じでいいだろう。

 だけど浩矢先輩が口に出した言葉は......、


「いやこれさ、さっき言ったとこ出来てないよ、もうこれで4回目」

 

 先輩の口から初心者に向けて言うようなものではない言葉が飛び出していた。


「ベースって言うのはね、ただ弾ければいいわけじゃないんだわ、これで出来たつもりになられても俺が教えた意味ないでしょ」


 追い打ちを掛けるように浩矢先輩に言われ、結羽歌が俯いてしまった。

 そりゃそうなるわな、この人感じ悪い。


「先輩、結羽歌は真剣にやってます、そんな初心者に容赦ないこと言って結羽歌がベース弾くのが嫌になったらどうするんですか」


 流石に酷すぎるので浩矢先輩にすかさず対抗した。


「あのね、ここで音楽やるってことは初心者でもそれなりに頑張らないといけないんだよね、それなのにこの程度でできたつもりになられても困るんだわ、こいつベースの基本教えて欲しいって言ってきたけど、基本って色々あるから何からやりたいのかわからないんだよね、技とか知ってるのないか聞いても何も知らないみたいだし。本当にやる気あんのかな?」


 話にならない、結羽歌は何もわからないから先輩に聞いてベースの基本を知ろうと思ってたんだろう。

 そんな簡単なことはいちいち細かく説明受けなくても伝わるはずだろうに、なぜ理解出来ないのかこっちが聞きたいくらいだ。

 それに今まで見たことないあんな真剣な表情、バンドをやりたいって気持ちがあるに決まっている。確実に俺よりやる気はあるのだ。


 きっとこの人はバンドマンとしての技術ばかり求めているんだろうな、それよりもずっと大事なものがあるというのに。


「やる気がないわけないじゃないですか、あんたは結羽歌の表情ちゃんと見ましたか? ベースしか見てないで判断するなんて可哀相な人ですね」


 思わず言ってしまった。

 掟には先輩に失礼の無いように、と書かれていたけど、その掟を配られてから2日後にこんなこと言うなんてとんだ掟破りになるだろうな。

 でも間違ったことを言ったつもりはないし、正しいことを言ってるのに態度で掟破りになるなんて理不尽にもほどがあるな。

 人様に対する態度が悪いのはお互い様だろ。


「お前先輩に向かって何言ってんだよ!」


 浩矢先輩が俺の胸ぐらを掴んで言ってきた。

 だがその程度で俺が怯むわけがなく、


「先輩だろうと後輩だろうと、間違ったこと言ってる人間に正しいことを教えてあげただけですよ、何かおかしいとこありますか?」


 そう言った所で結羽歌に袖を掴まれた。


「夏音君、もういいよ、私もっと練習するから、もっと自分の目的はっきりさせるから、もう大丈夫だから」 


 振り返ると結羽歌が瞳に涙を溜めて訴えてきた。


「......」


 こんな顔をしているのにこれ以上結羽歌を苦しめるわけにはいかない、浩矢先輩も手を放し静かにこう言った。


「今回ばかりは上には黙ってやる、次はもうねえからな」


 低い声で俺を睨みつけて楽器を片付け、その場を去っていった。

 俺と結羽歌はその場に取り残され、どうしたらいいかわからず暫くお互い黙り込んだままでいた。話しかけようにも言葉が見つからないしな。

 数十分ほど経った頃部室の扉が開き、

 

「あれ、二人ともどうしたの? なんか暗いよ?」

 

 聞き覚えのある声が室内に響いた。

 まあ、なんていうか、こんな時にお前が居ると少し気が楽になりそうだな、音琶。


 ・・・・・・・・・ 


「えー、それはひどい! 夏音の私に対する態度よりもひどい!」


 最後の一言は余計だが音琶もわかってくれているそうだ。

 安心したのか結羽歌が音琶に抱きついて泣き出した。


「なんていうかだな、あの人はやる気よりも技術しか求めてないみたいなんだよ」

「それってさ、やる気なくても上手かったらなんでもいいってことだよね? それは駄目だよ、夏音にも言えることだし」

「そうかもな、でもお前らとは本気でやるつもりだから覚悟しておけ」


 今まで本気でやってなくて、尚且つさっきまでサークル辞めようか迷ってた人が言う言葉じゃないけど、その場に流されて言ってしまった。

 また音琶のおかげで後に引けなくなったな、あとお前一言多い。


「私結羽歌のベース見てみたいな、バンドメンバーなんだしさ、ちょっとでいいから!」


 俺も少ししか見れてないからもう少し見てみたいのはある。

 でもあんなことがあった直後に弾けるだろうか、トラウマになってないといいけど。


「うん......、音琶ちゃんにも、みてもらいたいな......」


 結羽歌がまだやる気あって良かった。

 見た目に寄らず意外としぶといのかもしれない、やっぱりこいつは本気なのだ。


「準備するから、ちょっと待っててね」


 ケースからベースを取り出し、ケースを壁に立てかけたあと掟に書いてある機材の取り扱い方を見ながら結羽歌はベースをスピーカーに繋げた。

 それにしてもこのベース......。


 薄ピンクのPhotoGenicで、ケースもシールドも一通り揃っている。

 表面が艶がかっていてどう見ても新品だよな?


「なあ、そのベース......」


 俺が聞くと、結羽歌が想定外のことを言ってきた。


「これ、買ったんだよ」


 マジか、いくらなんでも早くないか? それほどやる気があるということのか、人は見た目によらないな。


「昨日一緒にStrings行ってきたもんね」


 二人であの楽器屋に行ったのか、確かにあそこはベースの種類も豊富だったな。


「高かったけど、これから頑張れるよ、先輩は怖いけど......」

「そうか、これからバンド組むんだから、せいぜい頑張りな」


 これが結羽歌への励ましになったかはわからない、でもこいつに頑張って欲しいのは俺の本心だ。


「うん、だから、ちゃんと見ててね」


 そして今度こそ、結羽歌はベースを弾き始めた。 




 20分後......


「よし、これから頑張れ」

「うう......」


 いくら励まされたからといってこんな短時間でベースが一気に上達するわけがなく、結羽歌は結羽歌なりの精一杯を出し尽くしてその場にへたり込んでいた。


 音や弾き方はさっきとたいして変わっていなかった。

 持ち方もまだまだだし、指の動きもぎこちなかった。

 さっきと変わったことといえば、表情が明るくなった位だろうか。

 俺はともかく音琶が見ているから気が楽になったんだろう。


「私も頑張んないとね、ギタボなんて初めてだから上手くできるかなー」


 音琶が呟いた。こいつは経験者らしいけどギタボは初心者なんだよな、それもそうだけど音琶のギターを一度見てみたいという気持ちにはなっている。


 と、その時、アンプから耳をつんざくような大きな音がした。

 当のアンプに視線を向けると結羽歌のシールドがアンプから外れていて、涙目になった結羽歌がうろたえていた。

 どうやらベースを肩にかけたまま、壁に立てかけておいていたケースを取りに行ったようだ。

 その反動でアンプからシールドが外れたのだ。そして運の悪いことにアンプの電源は切られてかった。


「「「......」」」


 3人とも沈黙、取りあえずアンプが壊れてないか確かめることにした。

 一旦ツマミをゼロに戻して電源を切り、シールドを繋げ直す。

 電源を入れてもう一度ツマミを12時の方向まで回す。


 これで音が出れば大丈夫なのだが......。


「.........」


 スピーカーからは何も聞こえてこない。

 聞こえてくるのは結羽歌の精一杯が詰まったベースの生音だけだった。


「念のため聞くけど、このアンプ結羽歌のだったりするか?」


 一縷の望みを掛けて結羽歌に聞いたが、彼女は首を縦には振らなかった。

 つまりこのアンプは......。


 こうして俺、音琶、結羽歌3人の新入生による不注意から、サークルが部費をかけて購入したであろうアンプが一つ、天に召されたのである。


 どうしよう、さっきから冷や汗が止まらない。

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