頭痛、覚えてないこと
7月19日
割れるような頭痛で目が覚めた。時計は午前9時を指していて、飲み会があった次の日とは思えないほど早く起きれたということか。
「......?」
いつもの自分の部屋のはずなのだが、何かがおかしい。いつも起きた時に触れる空気の重さが違う、といった所だろうか。というか、この部屋に誰かがいる。違和感の正体はこれだろう。
起き上がって一応スマホの確認をし、再度当たりを見回す。リビングに誰かが隠れているというわけではないから、居るとしたら浴室かキッチンだろう。というわけだから、リビングとキッチンを繫ぐ仕切りのドアを開けた。だがそこにも誰も居なく、残された選択肢は浴室しかなくなった。
「......」
浴室の扉に手を掛けようとして止める。いつだったか、音琶の入浴中に扉を開けてしまい、お互い恥ずかしい想いをする羽目になったから、流石に学習くらいはしている。だから中に居る「誰か」が出てくるまで待つことにするか。
~1時間後~
「おかしいだろ...」
明らかに浴室には人の気配がするというのに、1時間経っても動きがない。
「まさか...、だよな」
これだけの時間長風呂する人も居ることは居るだろうが、少なくとも俺はそこまではしない。いや、大抵の人は長くても40分くらいで全て済ませるんじゃないのか?温泉じゃあるまいし。
頭をよぎったのは中で誰かが倒れているということだ。それに俺は昨日の夜人を入れた覚えなんてないし、ましてや知らないうちに風呂まで貸しているわけだ。それで最悪のことが起こっていたら何て説明すればいいのか見当がつかない。
「まあ、これは仕方ないとしてだな...」
仕方ないから思い切って浴室の扉を開けることにした。だが...、
「は...?」
そこには誰も居なかった。いつもと違うことと言えば、電気は付いていて、シャワーも流しっぱなしだったという所だ。
暫くそこに立ち尽くし、どうにかして昨日の飲み会のあと、自分が何をしたのかを思い出そうとしたが、結局思い出せなかった。シャワーを浴びたのは恐らくだが俺自身で、その後すぐに寝たのは間違いないだろう。その証拠として鏡には疲れ切って寝癖を付けた俺の姿が映し出されている。そして何より頭が痛い。今日夜勤あるのに、どうしたものか。それ以前に飲み会で何があったのかが一番の気がかりだ。
再びリビングに戻り、スマホを手に取ると案の定通知が来ている。その全てがサークル関連の人間のもので、自分の人脈が他にほとんどないことを改めて知らされた。別にそれはそれで不自由していないのだがな。無論、関わる人の数が少なければ少ないほど自分の時間が確保できるのは言うまでもないけども。
そして相も変わらず、音琶からの通知が来ていることが確認できて、迷わずトークを開いている俺がいた。
上川音琶:起きたら連絡してほしいな!
「...は?」
起きたら連絡とは何のことやら。やっぱり昨日何かあったのだろう、俺が原因で音琶に心配掛けているのは確実だろうし、何か言われるのではないかと思うと恐ろしい。
一応こういうときは電話したほうが良さそうだし、あまり乗り気ではないが言われたとおり連絡することにするか。
通知の画面に切り替わり、すぐに音琶が出てきた。
『あ、夏音!起きたんだね!』
電話越しから聞こえる音琶の声はいつも通りのものだった。それはそれで少し安心する。
「ついさっき起きた」
『良かった...』
「どうしたんだよ」
『......』
俺が問うと音琶は黙り込み、その状態が数十秒続いた。そしてようやく...、
『覚えてないんだね...、そりゃそうだよね...』
「だからどうしたんだよ」
『昨日さ...』
音琶の話曰く、俺は昨日飲んでいたらしい。と言っても、自分からは勿論飲んでいないとのこと。音琶自身はどういった経緯でそうなったのかは分からないらしいが、どうも先輩達が俺と鳴香をもて囃してそうなったらしい。勿論茉弓先輩もいたとのことだ。
まあなんだ、その時点で何が原因なのかがわかってきたのだが。直前まで覚えていることといったら、鳴香とバンドについて話し合って、正式に結成した所までだ。ボーカルの先輩達に声を掛けたものの、やりたい曲の方向性が違うだとか、忙しいだとかで断られ、最終的には音琶にも声掛けたけど、次バンド組むならボーカルじゃなくてギター1本でやりたいと言われたし、メンバーが居なくてどうしようもないから鳴香がボーカルも兼任するとか言い出したのだった。
俺としては本当にこれでいいのかと思わなくもないが、元々は鳴香が俺を誘ってきたわけだし、鳴香がそれでいいなら反対する必要もないと判断した。ギターソロやりたいとか言ってたし、この構成ならギタボでもできないことないしな。
そして問題はここからだろう。それ以降のことは全く思い出せない。考えられる事と言ったら、茉弓先輩にバンドのことを報告したら先輩達の耳に留まって...、という流れとしか思えない。
普段絶対に飲まないと決めている俺が無理矢理飲まされて、早々に意識を無くしたとしたら記憶が無いのも納得がいく。
『夏音...、無理してたよ...』
「......」
『すごい、具合悪そうだったよ...』
「覚えてねえんだよ」
『私、部屋まで送ったんだよ...。飲み屋抜け出して、その後先輩達に怒られちゃった...』
電話越しに聞こえる音琶の声が震え出す。泣いているのは明らかだった。
俺は何てことをしてしまったのだろう、第一音琶は悪酔いする人を見たらどうしたわけか過剰に心配するし、何かがあってそうなったとしか思えなく、その何かが俺も予想できないようなことかもしれないわけなのだ。
これだけ心配してくれる人がすぐ近くに居るというのに、それをないがしろにするわけにはいかない。理由はわからないが、俺だって酒は飲めない体質だし、鈴乃先輩の警告があって逆らえなかったとしても自分の身体のことは自分で管理すべきだ。
自分にとって何が大切なのかを改めて考えたら、そんなの自分自身と、自分の隣に居てくれる人しかないだろう。
「すまん、音琶」
『夏音...?』
「俺が悪かった。音琶のこと、大事なはずなのにな」
そしてまた静かになる音琶だが、今のは決して悪い意味じゃないだろう。だから...、
「なあ、今日お前バイトあるか?」
『うん、あるよ』
「夜勤の時間まで、お前のとこ行ってやるよ」
『うん...、うん!』
土日になれば何かしらのライブはやっている。だから、音琶に心配を掛けた代償と言うべきではないと思うが、会いたいという気持ちは強くなっていた。
『18時スタートだから、絶対来てね!』
これ以上、音琶を悲しませないようにしようと思ってたのに、早くも俺は大切な人を裏切ることをしたんだよな。




