関係、壊したくはない
1時間が経過して、キリが良いから軽く休憩に入った。夏音君は台所に行って飲み物を用意してくれるみたいで、今テーブルには私と千弦ちゃんと日高君が並んで座っている。一旦教科書を床に置き、テーブルのスペースを空けていたら、夏音君がグラスに入った冷たいお茶をお盆に乗せて戻ってきた。
「どうだ結羽歌、お前の脳みそは動いてるか?」
「動いてるよ...」
「それならもう一人でやっていけるな」
「いや、それはちょっときついかな...」
私の前にお茶を置いて、隣に座ってきた夏音君に問われた。
「そもそもお前、高校の時は成績一番良かったって聞いたけど」
「えっと...、なんでその話を...?」
私の高校の時のことは夏音君には話していないけど、音琶ちゃんあたりが話したのかな?
「琴実から聞いた。あいつなんでも話してたからな」
「琴実ちゃん...」
「別にやましいことでもねえだろ」
「そうかもしれないけど...」
やましいわけじゃない。でも、誰にも話してないことを知られているのは何か複雑な感じだな...。琴実ちゃんとは上手くやれてるけど、私の昔の話はあまり良い思い出ないし、思い過ごしているだけかもしれないけど、せめて秘密にしてほしいという気持ちはあるかな。
「とにかくだな、成績良かった奴が単位落とすかもしれないって言って泣きつくのはやめろ。別に俺らに頼らなくても、単位くらい取れるだろ」
「......」
「相変わらず滝上は厳しいね~、結羽歌ちょっと困ってんじゃん」
夏音君なりの助言だったりするのかな...?音琶ちゃんにも似たようなこと言ってるし、そうであるのなら責められてるってわけじゃないよね...?
そんな夏音君のことを千弦ちゃんが説得してるけど...。
「厳しくなんてねえよ、当たり前のこと言ってるだけだ」
「ほんとは面倒なだけなんでしょ?」
「ちげえよ馬鹿」
「へえ~」
怒らせたら絶対怖い夏音君をここまで煽っちゃうなんて相変わらず千弦ちゃんはすごいな...。怖い物知らずってこういう人のことを言うんだろうな。
「早くしねえと時間無くなるぞ、休憩終わりな」
「はいはい、時間にうるさい所も厳しいよね」
「うるさい」
それからまた1時間ほど勉強して、日高君は先に帰り、それから30分ほど経ってから千弦ちゃんもお暇していた。だからそろそろ私も帰ろうかな、なんて思って教科書を片付けようとすると...、
「結羽歌、今日の日高との会話聞いてただろ」
「えっ?」
唐突に呼び止められて困惑する私。今日の日高君との会話って、午後の授業が始める直前のことだよね?あれに関しては私だけじゃなくて千するちゃんも聞いてたけど...。
「聞いてた...、よ」
「なら仕方ねえな」
後頭部を掻きながら夏音君は言う。私なんかまずいこと聞いちゃったかな?
「えっと...」
「昨日の話だ」
私が言葉に詰まっていると、夏音君は語り出した。
・・・・・・・・・
「そんな...」
「信じたねえかもしれねえけど、全部本当のことだ」
夏音君が教えてくれたこと、それは昨日、新しくバンドを組むメンバーと遊びに行った時、偶然日高君に会ったけど、茉弓先輩が日高君のことを全く覚えてなかったということだった。
私自身、茉弓先輩にベースを教えて貰うようになってから、以前よりもずっと弾けるようになったと思うし、浩矢先輩と違って優しく教えてくれたから、ベースを弾くことの楽しさを味わうことも出来た。
でも、そんなことがあったなんて...、到底信じられない。あんな優しい人が、そんな裏の顔を持っているなんて...。
「まああいつらのことだし、俺だってそんなに信用していたわけじゃねえし、予想通りじゃなかったわけじゃねえからな」
「うん...」
「少なくとも先輩の中で鈴乃先輩以外は俺らの敵だと思った方がいい」
「......」
敵...。私にとって、あの人達は敵、なのかな?確かにここは大変な目に遭っている人が多いし、私だってその一人だったりする。でも、悪いことばっかりじゃないと思うけど、な。
ライブだって、夏音君達とバンド組んで、頑張ったし、ベースだって少しは上手くなれた。飲み会だって楽しいし、あとは単位が取れれば大丈夫なはず...。
少なくとも、今の私は夏音君や音琶ちゃん、琴実ちゃん、千弦ちゃん、日高君、それに先輩達だって支えてくれたから今の私があると思う。高校の時は、琴実ちゃん以外の人とまともに喋れなかったし、この3ヶ月間で沢山の人と関わることができた。
だから、その人達の関係を壊したくない。誰一人、敵だとは思いたくない。
「敵、ばかりじゃないと、思うよ?」
「......!?」
「確かに、今まで色々あったけど、私はみんなと上手くやっていきたいかな...。だから、夏音君もみんなと上手くやれるはずだよ...」
最後は自信がなくて声が小さくなっちゃったけど、少なくとも言いたいことは言えたと思う。だから、きっと夏音君に今の言葉は伝わったはず...、
「別にお前がどう思おうが勝手だが、鈴乃先輩の話は忘れんな、いつか痛い目見るかもしれねえぞ」
「......」
さっきよりも夏音君の表情が険しくなって、声のトーンも低くなっていた。伝わらなかったのかな...?
「夏音君...」
「まあ少なくとも、自分の考えは持っておいた方がいいかもな、お前流されやすいだろ」
「う、うん...」
警告のようなものを促されて少し困惑したけど、夏音君とも上手くやっていきたいから、ちゃんと言われたことは覚えておくことにしようかな。




