気力、力になれたら
どこかに出かけにいく、というイベントは普通の人なら『帰りたくない』という気分にさせるはずだ。だが、俺はルームに入ってすぐに、というよりも始まる前から『帰りたい』という気持ちにさせられていた。鳴香も少しばかり違和感を感じていたらしいが、何とか茉弓先輩のペースに合わせていて、俺はスマホを使いたい衝動を抑え、それなりにその場の空気に合わせた。
飯を外食で済ませるほど金銭的に余裕がないから、という理由で二人よりも先に帰らせてもらい、自分の部屋に辿り着く。上手く誤魔化せただろうか、にしても2時間のカラオケが想像以上に長く感じた。
中に入ってようやくスマホの電源を付けると、案の定音琶から連絡が入っていた。
上川音琶:鈴乃先輩から聞いたよ
上川音琶:私にも色々教えて欲しいよ
上川音琶:電源切れてる?
通知を全て見てしまったから音琶側からは既読のマークが付いている。ここで返信しなかったら面倒だから送っておくか。
滝上夏音:とてもスマホ見れる状況じゃなかった、すまんな
電源は切っていなかったから、通知が来ていたのは知っている。だが、画面は2人と合流してから一度も見ていない。音琶にはそれだけ送ると数分後、部屋のインターホンが鳴った。いやまさかだと思うけども...。
玄関を開けるとそこには水色のリボンを付けた音琶が立っていた。本当にこいつ行動早いよな、てかLINE送って大して時間経ってないのに俺の部屋まで辿り着いてるってことは、こいつの部屋は本当に近くにあるんだろうな。
「特に何もなかったみたいだね、よかった」
「何もないわけではねえよ」
そう言って音琶を部屋に入れ、夜勤の時間まで話すことになった。通知が来ていた時点で何となく音琶のものだろうと察していたから、飯の方も敢えて多く用意している。
本題の方は飯を食べてから入ろうと思っていたが、作っている最中も音琶は俺の隣で話しかけているから結局このタイミングで話すことになってしまった。
「実は昼に鈴乃先輩から電話掛かってきてさ、夏音が鳴香と茉弓先輩と出かけるって聞いたから、何するのかな?って思ったんだけど...」
「そんなに俺が他の女と出かけるのが嫌か?」
「別にそんなこと...、嫌じゃないってわけじゃないけど、なんか色々大変なことになってるみたいじゃん?」
「まあな」
「私も力になりたいよ!」
「...は?」
唐突に俺の腕を掴み、音琶はそう言った。まあ俺も鈴乃先輩に警告を出されてから1人でどうしようか考えていたわけだし、これは俺自身の問題だから他の誰かに頼ろうなんて思っていなかったがな。
「夏音の話を聞くだけでもいい、取りあえず今日のこと、教えて欲しいな」
「...安心しろ、お前に言われなくともそうするつもりだったから」
「そっか、よかった」
飯ができたから2人でテーブルに移動し、そこで茉弓先輩のことを音琶に話した。鈴乃先輩とは建前上は仲良くしているということ、浩矢先輩と付き合っていること、この前鈴乃先輩の部屋に行った所を見られていること、裏でしていることが勘付かれつつあること、日高のことを完全に忘れていたということ、大体こんな所だろうか。
「......」
音琶は暫く黙り込み、考え込むようにしてようやく口を開く。
「夏音、本当に大丈夫だよね?」
「......」
音琶は不安げな表情で俺を見つめ、飯を食べる手は止まっている。今の話、全て本当のことだから音琶がどう解釈したのかはわからないが、少なくとも俺の話は信じてくれているだろう。茉弓先輩の発言や行動は信じたくないものばかりだが。
「確かに、私は夏音にはあの時の音を取り戻して欲しいって思ってる。私以外の人とバンド組むのはちょっと寂しいけど、色んな人と組むのも大事だと思ってはいる」
「まあそうだよな」
「でも、やっぱり組む人も選んだ方がいいかな。たまたま誘ってきた人がそういう人だった、ってのもあるけど、もし私達のしてることバレたらどうなるかもわからないもん」
「......」
「私だってどうしたらいいかわからないけど、でも、あの状態だとまた誰か辞めちゃうんじゃないかな、って思ってる。だから、少しでも良い方向にサークル変えたい。点数も稼がないといけないし」
「お前はどうしたいんだよ」
「私は...、この先も夏音とバンド組んでいきたい。だから、夏音がちょっと危なくなっているのが怖い。私達がしてることが先輩達の誰かにばれて、退部させられるなんて夢にも思いたくない」
「...辞めさせられたら終いには存在すら忘れられるんだからな」
「......」
最後の俺の発言でとうとう音琶は黙り込んでしまった。流石にこれに関しては全員が同じ事しているとは思えないし、思いたくないからまた後日他の先輩にも聞いてみる予定だ。少なくとも部長は名前くらいは覚えているだろう。
それに俺だって、入部して間もなく先輩と揉めたわけだし、嫌でも俺の存在は記憶の片隅に残っているはずだ。仮に辞めたときの話だけどな。勿論今はその気はない。
「私は絶対に忘れたりしないよ、大丈夫だよ」
「まるで俺が辞める前提で言ってるように聞こえるな」
「そんなことないもん...」
すっかり手が止まってしまった音琶の飯を無言で取り上げ、電子レンジに入れる。それを見た音琶は、どうしたことか表情が少し晴れていた。
夜勤で思い出したが、響先輩も忘れられたりしているのだろうか。あの人は今でもギターを触っているし、ライブだってしているみたいだから、覚えている人くらいいるよな...?




