焦り、良いことはない
新たにバンドを組むことになった俺は、今までのやり方を貫いてはいけないということを感じたものの、これから何をすればいいのかとか、未だに見つけられない時点で俺は何も変われていないということを肌で感じていた。
ただ俺にとって、何をすれば正解になるのかを探すには、良い策になるのではないかと考えた結果でもある。だから間違いたくはない。
7月11日
「夏音君、茉弓先輩が呼んでるんだけど」
部会後の飲み会で、淳詩とPAについて歓談していたときだった。梅酒の入ったグラスを片手に鳴香が割り込んできて、この前のバンドの話を振り出す。
当の茉弓先輩は俺と鳴香に視線を送っている。さっきまで鈴乃先輩と話していたみたいだったが、俺らが入ってくると察したのか一旦話を止めていた。
「仕方ねえな」
「いいから」
鳴香に促され、淳詩には合図を送ってそっちに向かった。そう言えば淳詩はバンド解散してから特に進展はないようだったが、あいつに今回のバンドのドラムの座を譲ったらどうなるのだろう。あいつの方が俺よりもやる気あるのは明確だし、今からでも遅くないよな...。
と思ったが、自分自身の改善のためでもあるから、そんなこと許されるわけないよな。てかそう思ってしまう時点で先が思いやられる。
「やっと来てくれたね~。でもまさか鳴香とも組むって話してたなんてね」
「茉弓先輩に誘われた後の話ですけどね」
ほろ酔い状態の茉弓先輩はいつもより口調が緩やかになっていたが、バンドに関しては真剣に考えているそうだ。以前結羽歌にベースを教えた時、教え方が上手かったのか結羽歌の実力が一気に上がったことがあった。
それも踏まえて、仮にメンバーになったとしてもそこまでと言って悪いことは無いのではと考えた。鈴乃先輩とも仲良いだろうし、もしかしたら少しでもサークルの現状を良くしようって考えてるかもしれないしな。
「鳴香との個人LINEでも聞いたけど、ボーカルとか曲は未定なんだってね~」
「まあそうですね」
「もし行き詰まっているようなら、私がメンバー適当に集めておくけど、それでもいい?」
「せめてそこは話し合った方がいいですよ」
酔っているからなのか、それとも本心なのか、よくわからないが、そのやり方はやめるべきだろう。適当にメンバーを決めて集まったところで、気の合う合わないで揉める可能性は極めて高い。俺としても今回のバンドの不安要素でもある。
それにだ、まだ曲決めていないのもそれに入る。部員それぞれ好きなバンドの種類はバラバラだし、方向性の違いで本番を迎えること無く解散だって充分あり得る。俺だってそこまで好きでない曲をやろうなんて言われても、乗り気にならない。最初から乗り気になってないのは確かだが。
「そうそう、ボーカルの候補ならいくらでもあるんじゃない?ギターはともかく、ピンボーカルならどの楽器の人でもできることだと思うな~」
「茉弓先輩、私一応リードギターやりたいので、その方針で行くにしてもギターはもう一人欲しいですよ?」
茉弓先輩の言ってることが間違いだとは思わない。だが、鳴香にも一応目標のようなものがあるわけだから、勝手に決めるのもよくないか。今のところ次のライブの告知はされてないし、今ここで決めるような話でもない。逆に焦りすぎてメンバーだの曲だのを決めてしまい、メンバーの実力もそこまでわからない状態で進めても負担がかかるだけだ。それならば...。
「こんな酔った状態で話しても進むと思いませんけど」
「え~?」
「今一度3人で集まりませんか?その方が余裕あると思いますし」
「......」
俺の発言を聞いて一瞬鳴香は黙り込んだが、納得はしてくれたそうだ。
「ごめんなさい、バンド解散したばかりで少し焦ってました。後日また話し合いたいです」
飲んでいるにもかかわらず、鳴香は普段と変わらない口調で話していた。こいつの本気度を舐めない方が良さそうだな、音琶とはまた違った部類に入るけども。
・・・・・・・・・
「それじゃ、明後日、いやもう明日だね~、14時に駅の改札前に集合ね!」
「お疲れ様です、気をつけて帰って下さいね」
結局あの後、鳴香と茉弓先輩はバンド以外の話でも意気投合したらしく、2人共それなりに酔い、日が変わる頃にはいつの間にかこんな話になっていた。
いつの間にそんな話してたんだよと思ったが、時間的にもそこまで問題があるわけでもないし、付き合ってやっても悪くないかと思い、結局は行くことにした。
「あ~そうそう」
鳴香は鈴乃先輩に送られ、俺と茉弓先輩二人だけがその場に残された。音琶は潰れてはいないものの、それなりに飲んだ結羽歌を連れて行ったし、他の部員も二次会でそれぞれ分かれていた。
そして今の状況、今までそこまで話したことのなかった先輩に呼び止められ、何の話題を振られるのか見当もつかない。だが...、
「鈴乃と何を企んでるの?」
「......!!」
さっきまで酔っていた人とは思えない冷静かつ低い声で、茉弓先輩は問いかけてきた。
「企んでるって何のことですか?」
「この前、結羽歌と音琶と夏音君で鈴乃の部屋入ってるとこ、見ちゃったんだよね」
「......」
鈴乃先輩の部屋に行ったのは十日前の話だ。あの時は俺が今後一度でも先輩と揉め事起こしたら強制退部になるという警告を受けた時だったな。一応あれから気をつけているつもりではある。
「私鈴乃と同じクラスだからさ~、レポート見せてもらおうと思って鈴乃の部屋向かってたら、仲良く夏音君達が入ってるから何事かと思ったんだよ?あの後レポート完成するまで凄い時間掛かったんだからね~」
いつものどこか抜けたような口調で話している茉弓先輩だが、今は雰囲気が違う。少しばかり圧力を感じる。まさかこの人も...、
「一応鈴乃にも聞いてみたんだけど、何か隠してる感じなんだよね~。付き合い長いからわかっちゃうんだよね~」
こういう時、俺は何て返答すればいいのだろう。上手く逃げ出す方法はないのだろうか。今俺が鈴乃先輩から聞いている話を他の部員に口外するのは禁じられている。バレてしまっては、それこそ強制退部に成りかねない。だとしたら...、
「バンドの話ですよ、別にやましいことなんて話してません、ただ新たにバンド組めたらみたいな話してただけです」
「......」
「そもそも、俺らが鈴乃先輩の部屋に入ったってだけで企んでいるとか言うのは、少しばかりオーバーな話だと思いませんか?」
「...そうかもしれないね」
俺の言ってることは完全には信用していないようだ。この人が何を考えているのかはわからないが、あまり鈴乃先輩に関わる話はしない方が良いだろう。怪しまれていると言うことに変わりはないのだし。
''何か気になった事あったらすぐに教えて''
鈴乃先輩のいつかの言葉を思い出す。今の茉弓先輩との会話も教えた方がいいのだろうか。鈴乃先輩も上手いことフォローしてくれたら有難いのだが...。
もしかしたら、俺はとんでもない人とバンドを組むことになるのかもしれないな。




