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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第10章 Re:Start
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進展、新たなバンド

 7月9日


「なあ、俺あんまり金ねえんだけど」

「なら他に場所でも探す?その時間が勿体ない気がするけど」

「別にいい」


 昼休み、大学の近くに位置する喫茶店で俺は泉と向かい合っていた。本当は昼食を部屋で作る予定だったというのに、大学生というのはその日その日の予定が上手く進まなすぎである。多分俺はまだ序の口レベルで、もっと活動的な奴は当日に家に押しかけられたり、カラオケに連れて行かれたりするのだろう。

 訂正、序の口でもなんでもなく、典型的な大学生の例としても過言ではないだろう。


「そう、それなら早くそのサンドイッチ、食べてしまいなさい。いつまで経っても食後のコーヒーが来ないでしょ?」

「......」


 それでも一番安い奴にしてんだからな、昨日LINE送ったら『昼休み大学前の喫茶店に来て』なんて返ってきたからその通りにしてやったというのに。貧乏人の俺からしたら昼飯を作る予定を変更するということがどれほど大変なことなのかこいつにはわからないのだろう。


「俺が食ってる間本題に入ってくれ。話くらい聞けるからな」

「わかってる。でもまさか夏音君がバンドを組んでくれるとは思ってもなかった」

「そりゃどうも」


 こいつもよく分からない奴である。音琶や結羽歌、琴実とはまた違った、言葉に表しにくいタイプの変人だと思う。俺の周りにはまともな人間はいないものなのか、と思ったが、音琶みたいな変人と付き合っている時点で俺も立派な変人かもしれない。


「それで、メンバーの方はどうなんだよ、考えてるとは言ってたけど」

「まだ夏音君しか決まってない」

「......」

「一応ベースは茉弓先輩当たりがいいと思っている。結羽歌も考えたけど、やっぱり実力が足りてないし、ライブの緊張感に耐えられる人がいいかなって思ったから」

「俺茉弓先輩にも声かけられてるんだけど」

「え?」


 俺の発言に目を丸くする泉。自分が声を掛けようと思っていた人物が、目の前にいる奴に声を掛けられているという事実をこいつはどう受け止めているのだろう。

 それからすぐに、


「だったら好都合ね、茉弓先輩に声かけてみるから」

「ちょっと待て、俺はまだ茉弓先輩にはお前とのことも言ってねえし、第一組むとも一言も言ってねえんだよ」

「それで何か問題ある?今こうしている間にも、他のドラマーに声を掛けているかもしれないでしょ?善は急げって言うんだから、モタモタしてたら取り返し付かなくなると思うんだけど」

 

 泉の言ってることはあながち間違ってはいない。だがそのやり方はあまり好きでない、と思っている間に泉は茉弓先輩にLINEしてしまったらしい。


「さてと、どんな返信が来るかしらね」

「......」


 淡々と喋るせいでこいつのペースについて行けない。


「ボーカルはどうするんだよ」

「それはまだ決めてない」

「何の曲やりたいとかは」

「それも決めてない」

「男が歌うのか女が歌うのか」

「それは今考え中、だからボーカル以外は集めておきたいの」

「......」


 バンドを決めるのに、先に曲を決めるパターンと、先にメンバーを決めるパターンがあるが、流石にこれは無計画過ぎかと。こいつもサークルを続けていく以上ギターを極めたいのかもしれないが、後先しっかり考えてから行動を起こした方がいいのではないかと思われる。

 別に俺は今後のこと考えると、他の奴らとも組んだ方がいいと判断したから、ここで引き下がろうとは思わないけどな。


「とにかく、バンドが解散した以上、新しく組まないとダメだと思う。沢山辞めたから、メンバー集めるのは大変かもしれないけど、私上手くなりたいし、ライブは反省要素が沢山あった」


 さっきよりも感情のこもった声で話し出す泉。上手くなりたいのはどうやら本音らしい。


「それに、ドラムに夏音君を選んだのは、このサークルで一番上手いから。私が聴いた中では兼斗先輩よりも上手いと思う、それに夏音君12年もやっていたって言ってたから、私のギターで足りないところとか分かると思ったから」

「真面目すぎだろ」

「悪い?」

「悪いとは言ってねえよ」


 サークルで一番上手い、ね。実力を誰かと比較する気はさらさら無かったから、そんなこと言われると違和感しかない。そこまで上手いというわけでもねえのに。


「叩けることが上手いってわけじゃねえからな、そこ勘違いすんな」

「本当に上手い人って、自分が上手いことに気づけてないのよ。音琶だって上手いのに、自分のこと上手いなんて一言も言ってないもの」

「お前が下手なだけだろ」


 本当のことを言ったが、真実は時に人を傷つけるらしく、泉は肩を振るわせてこう言った。


「夏音君、私そう言われると傷つくってこと知ってるよね?1回音琶にダメ出し食らったときも凄い傷ついたってのに...。初心者だから下手なのは当たり前なんて思われたくないのよ」

「突然キャラ変わるのやめろ」


 泉は普段は冷静を装っているが、メンタルが弱いせいか琴線に触れることを言われると感情的になってしまうのだ。それが原因で音琶とは未だに気まずい関係になっている。


「音琶だって反省してんだから、いい加減許してやれよ」

「もう許してる、でも、私が音琶を超えないとずっと音琶に下手だと思われたままでしょ?それは絶対に嫌、音琶より上手くならないと私自身が許せないから」

「......」


 内心面倒くさいと思いつつ、こいつもこいつで高い目標を持っていると捉えたら、少しばかりは納得するかもしれない。面倒くさいことに変わりは無いが。


「音琶とバンド組んでいる夏音だからこそ、組みたいとも思った。だから、面倒くさいと思うかもしれないけど、付いてきて欲しい!」

「面倒くさいって自覚はあったんだな。てか組まないって誰が言ったんだよ。勝手に話変えんな」

「いや、それは...」

「お前面白えな、いつもの冷静さはどこに行ったんだよ」

「う、うるさいな...。真剣なんだから仕方ないでしょ...」

「はいはい」

 

 話しているから、食事を平らげるのが遅くなった。それから間もない内に店員がコーヒーを持ってきたから一口啜る。その時、泉のスマホが振動した。


「おい泉、スマホ鳴ってるぞ」

「あ、うん。...てか何で夏音君は私を苗字で呼んでるの?」

 

 迂闊だった。こいつとはあまり話したことがなかったから無意識に苗字で呼んでいたのだ。今先輩がいたら確実に減点だっただろうな。もう入部して3ヶ月経つというのに。


「すまん。で、下の名前鳴香で良かったか?」

「何今更そんなこと聞いてるの?それともわざと?」

「ああ、わざとだ、鳴香さんよ」

「なんか腹立つ...」

 

 鳴香はそう呟きながらスマホを確認しだした。画面を見るなり少し表情が晴れたように見えたが、何か都合の良い通知でも来ていたのだろうか。


「茉弓先輩、やってくれるみたい」

「はあ...」


 俺に声かけた時点で絶対無いと思っていたが、これは予想外だった。まあいいか、あとはボーカルと曲さえ決まれば練習に取りかかれるわけだし。


「バンドのグループ作るから、入ってね」

「はいはい」


 まだどんなバンドになるかも知れないが、今はまだ上手くいくことを願うしかできない。少なくとも、俺のやれることをやればいいとは思っている。

 そして、音琶がもう一度見たいと言っていた演奏の仕方も、徐々に取り戻して行ければと、前よりも強く思えるようになっていた。


 少しは、事が上手く進めば、楽になれるかもしれない。その考えが、吉と出るか凶と出るか、それを考えることが出来てなかった俺は馬鹿だったと思う。

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