悩み事、必要の無いこと
平日であるというのにも関わらず、今日も音琶が俺の部屋に来て夕飯を食うというイベントが発生していた。週の半分くらい、またはそれ以上の頻度で俺の部屋に来ているわけだし、最早当たり前のことだと思ってしまっている自分がいる。
「......」
向かいには俺の作った夕飯を幸せそうに頬張る音琶の姿がある。何度見ても飽きない光景だが、俺の心境はさっきの琴実との会話で安心してられなかった。
「音琶はさ、俺がお前以外の奴とバンド組んでたりしたらどう思うんだよ」
特にタイミングなど考えてなかったが、早いとここいつが何て言うのか気になった。琴実が言ってたのはあくまで推測に過ぎないわけだし、俺自身のやる気の問題だから、少しばかり音琶以外の奴と組んだらどうなるのか試してみるのも悪いことだとは思わなかった。
「どうしたの突然」
「どうしたっていいだろ、この前泉にバンド誘われたからな、お前も見てただろ」
「そ、そうだよね」
俺の発言に戸惑いの表情を見せる音琶だが、それを直接言葉にはしていない。少しばかり冷静になって話でも聞いてやろうという体なのだろうか。
「最近の音琶は、あまり俺にうるさく言わなくなってきたよな」
「え...?そうかな、今までと変わらないと思うよ、ほらこの通り!」
何がこの通りなのかわからんが、音琶は両手を腰に当てて強がっていた。それだけだと何も伝わらないぞ。
「えっと、何の話だったっけ、バンドの話?」
「まあそんな所だ。新たにバンド組んだらどうなるのかと思ってな」
「へえ、鳴香と組むんだっけ?他には誰居るの?」
「まだ泉に誘われた段階だし、あいつにもまだやるとは言ってねえけど、やるつもりだ」
「どっちなのよ...」
俺がそう言うと、音琶の表情が曇ったように感じられた。やっぱり琴実の推測は外れてるんじゃねえのか?音琶から相談受けたとは言ってたけども、どこか食い違っているということもあり得るよな、馬鹿2人の会話なんてどういったものなのかも知れない。
「Wirlpoolは、大丈夫だよね?」
「あ?」
「夏音が新しくバンドやるのは、いいけど、そっちの方ばかり大事にはしないでほしいな。私達のことも、考えてくれたら、嬉しいな」
「......」
複雑な想いが交差しているのだろう。確かに、人によっては組んでいるバンドの中で優先順位を決めて練習する奴がいるだろう。高校時代もそう言う奴らばっかりだったしな。どんなバンドも平等に扱うのは組んでいる以上当たり前のことだから、それが出来ない奴はメンバーにも失礼だろうしな。
「何言ってんだ、考えないわけねえだろ。あくまで俺が少しでも感覚を取り戻そうと思ってるだけだ」
「本当?」
「何回も聞くな。あとお前、俺が練習一度抜け出したこと、今でも気にしてるのか?」
「え...?どうして夏音がそのこと...」
それは本当だったんだな、にしてもこいつは誤魔化すこともできないんだな。嘘付けない性格なのは悪いことではないのだろうけど、状況によっては痛い目見ることもあるだろうに。
「お前見てればわかる」
「ふぇ!?」
「本当は色々抱えているくせに、無理しやがって。全然あの後文句言わなくなってたから調子狂ってんだよ」
「言ってるもん...、言わないわけないもん...」
「なら今ここで言えよ。俺に対する不満を思う存分吐きやがれよ」
「か、覚悟は出来てる?」
「いくらでもかかってこい」
特に身構えているわけではないが、音琶の様子がいつもと違うのは明確だった。何か言おうとしているのに、言葉が出てこずにずっと黙っているままだ。
俺が合図を出してから音琶が立ち上がるまではよかった。それから数分、俺は待ち続けているというのに、音琶は口を開こうとしてやめるという動作を何度も繰り返している。表情も不安げになっていて、いつのまにか笑顔も消えていた。
「どうしたんだよ、今までの威勢はどうした?」
「う、うるさい!言いたいことあるはずなのに、言えないの!」
泣きそうになりながら顔を真っ赤にして強がる音琶。相も変わらず可愛らしいけども、そんなこと考えている余裕はないと判断する。
それから数秒経って、音琶は座り出す。そして口を開く。
「...あの時、夏音が逃げ出した時ね。もう二度とあんな辛くて悲しい想いしたくなくて、夏音に酷いこと言っちゃったから、あんなことされたのは仕方ないけど...、だから...」
あの時のことを思い出すように、音琶は瞳に涙を浮かべながら話し出す。にしても、相変わらず泣き虫で馬鹿な女だ。あれは俺が原因で引き起こしたことで、音琶が何も気にする必要はないのだ。なのに...。
「ライブが楽しかったのは本当。夏音と一緒に初めてライブ出来て、幸せだった。でも、あれで満足はしていない」
「だろうな」
「うん、最初の練習の時よりはずっと良くなってたけど、みんな自分たちの演奏で精一杯だった。もっと練習しようって、思った。でも、また私の言葉で誰かが傷つくようなことがあったらって思うと怖かった」
「今まで散々俺のこと振り回しといて何言ってんだよ」
「......」
こいつも少しは自分の行いを反省しているのだろう、そう考えていく内にどうしたらいいのかわからなくなっていったということか。それで無理して勝手に落ち込んでいるというわけだ、どっちみち俺には迷惑掛けてるじゃねえかよ。
「音琶は今まで通りでいいんだよ、今こうしてお前の悩み聞いている時間が無駄としか思えねえ」
「夏音から話振ってきたくせに...」
「心配だったから振ったんだよ、言われたくなかったら最初から人に心配掛けさせるようなことするな」
「もう、本当に夏音は相変わらずなんだから...」
「だったら、お前も相変わらずを貫けばいいだろ。その滅茶苦茶な性格をな」
「...本当に、相変わらず優しいな、夏音は」
小声で何かを呟く音琶に問いかけようとして、やめる。どうせまたどうしようもないことだろうと思ったし、仮に優しいなんて言われたりしたら、俺は何て顔すればいいのかわからなくなるのだからな。
「とにかく、バンドのことも、気にしなくて良いからな。心配しなくていいことで不安になられたらこっちが調子狂う」
「うん...」
話し込んでいる内に夕飯が冷めてしまっていた。仕方ないから電子レンジで温め直して食べることにした。
・・・・・・・・・
滝上夏音:バンドの話だけど、組むことにする
俺はLINEそれだけ打って、泉に送信した。




