髪型、髪飾りと共に
音琶に誕生日プレゼントを渡した後、そのまま解散するのは何となく物足りなかったから、2人を部屋に入れてレポートの続きをすることになった。2日遅れの勉強会と言った所だろうか。何だかんだ2人は仲直りできたみたいだし。
「てか夏音、もう自分の反省以外全部書いちゃったの?」
「まあな」
あれからたった2日という短い間に7人分の感想を書き終えていた。元々面倒なことは早めに終わらせるようにしていたし、内容自体も思いついたことを書けば良いだけだからそこまで時間は掛からなかった。面倒なことには変わらないけど。
「えぇ...、私まだ音琶ちゃんと琴実ちゃんの分しか書けてないよ...」
「それは遅すぎだろ」
「でも、まだあと4日あるし...」
「テスト勉強先延ばしにしてどうするんだよ」
結羽歌のレポートはほとんどのページが真っ白だったから、俺なりの警告を促すがあまり効果は無いようだった。同じクラスだから、テストに関してはいざという時に勉強教える位のことはできるけどな。
「俺の書いた奴、参考にしてもいいからな。丸写しはダメだけど」
「うん...、部長にバレたら...」
そう言って結羽歌に俺のレポートを見せた。丁寧に目で追ってシャーペンを進めているあたり、サークルの居場所を必死で求めているのがよく伝わる。こいつは俺や音琶とは正反対の道を歩んでいるんだよな...。
「ねえ夏音、私の夏音に対する感想見る?」
「見ねえよ、見たところでどうにもならねえだろ」
「何言ってんの!?私夏音のことは誰よりも良く見てるんだから、何一つ取りこぼさずに真剣に書いたんだけど!」
「...今見なくたって、出した後個人別で配られるんじゃねえのか」
「......」
「とにかく音琶は書いてない奴らの分早くしとけよ」
「夏音、照れてる?」
「...なわけねえだろ」
音琶が俺に対してどんなことを書いたのかは気になるけども、今すぐに見なきゃいけないわけじゃないし、何より俺があげた髪飾りを付けている音琶を見ることができないでいたのだ。
今までのヘアゴムが色の付いたリボンに変わっていて、可愛らしく二つに結ばれた髪に付いているのを見るだけで、身体が熱くなって目を合わせることも難しい。
「夏音君、髪飾り付けた音琶ちゃんのことが可愛すぎて見ていられないんだよきっと」
「おい結羽歌、余計なこと言うな」
「ふーん、じゃあ図星だったんだね」
「......」
嵌められた。結羽歌の奴、たまにこういう所あるから困る。
「夏音ぇ~、そうなら正直に言いなさいよ~。何回でも言って欲しいんだけどな~」
何かを欲しがるように嫌らしい表情で誘惑してくる音琶。こいつのことをいくら可愛いと言っても喜ばれる以外のものはないけども、何かムカつくから本当に思っているけど言わないことにしよう。
「いいから早くレポートやれよ。2人ともさっきから手よりも口ばかり動いてるからな」
「はーい、夏音がいつまで経っても素直にならないみたいだから仕方ないな」
「夏音君、音琶ちゃんちょっと機嫌悪くなってるよ?音琶ちゃんの愛情くらいちゃんと受け止めないとダメだよ?」
「わかったようるせえな、ちゃんと書いたら思う存分言ってやるから早くしな」
「あれ?何かやる気出てきた!」
「あのなあ...」
あまりにも単純すぎる音琶に呆れつつ、俺も右手のペンを進めることにした。実を言うと、俺自身が何について反省すべきなのかがよくわからなくて、少しばかり行き詰まっているのだ。
***
夏音が買ってくれた髪飾り...。3ヶ月程前もらったピックよりも嬉しいものがこみ上げていた。もらった瞬間今まで使っていたヘアゴムを外して、新しく付けてしまった。本当は家に帰ってから付けようと思ったんだけどな。
元々この髪型だって、私にとっての転機があってからのものなんだよな...。ペンを走らせながら、ふと昔のことを思い出していた。
・・・・・・・・・
<3年前>
11月25日
「音琶、髪長いんだから結んじゃいなよ!その方がもっと可愛く見えるよ!」
「えっと...」
XYLOでバイトを始めてから数日、仕事が終わって帰ろうとしたとき、洋美さんにそう言われた。バイトを始める前はまともに髪を梳いてなかったから、結ぶなんて考えても無かった。
「例えばさ、こうして上の方を二つに結んで...、出来た!」
どこから出したのか、黒いヘアバンドを手に洋美さんは私の髪を結び始めた。
「流石にこの年齢になってツインテールって...」
「髪型に年齢なんて関係ないんだよ?うん、よく似合ってる」
そう言って再び、どこから出したのか手鏡を私に差し出してきた。ツインテールなんて、まるで私じゃないみたい...。髪型に年齢が関係ないなら、今までの髪型でもいい気がするけど...。
「......!」
「どう?自分の新しい髪型は」
どう?って言われても、ただ長い髪を二つに結んだ自分の姿が映っているだけとしか...。別に自分のことを可愛いだなんて思ってないけど、誰かからそう言われると嬉しかったのは本当だ。他のスタッフさん達も親切な人達ばかりで、可愛がってくれた。たまに私の髪で遊ばれたりもしたけど...。
「これでXYLOのアイドルが爆誕したわけだよ。実はね、常連さんが音琶のこと気に入ってるみたいだよ。あんな可愛い子どこから連れてきたんだって言われたんだから!」
「本当、ですか?」
「うん、その人音琶からドリンク作って貰うの楽しみにしてるんだよ」
「......」
誰かから感謝されたり、求められたことなんてほとんどなくて、内気だった私は友達もまともに作れず、和兄無しでは生きていけないくらい孤独だった。
でも、こうしてライブハウスでバイトすることで、今までに無い景色が私には広がっていて、これまでに無いくらい色々な人と関わっていた。
「ねえ音琶、約束しよっか」
「何をですか...?」
突然よく分からない方向に話が進んでいって混乱するけど、それでもしっかり話は聞くことにする。洋美さんの考えていることは理解できないことの方が多いけど、決して悪い人じゃ無い。約束って言ったけど、何をされるんだろう...。
「このヘアバンドは私からのプレゼントだから、音琶は他の物買っちゃダメ」
「え...」
髪型自体は子供っぽいけど、悪い物だとは思ってないから、ちょっと可愛い髪飾りとかでも買おうかなって思ったんだけどな...。
「ただし、誰かから貰うのなら他の物を付けても良しとする!」
「何ですかそれ...」
「だって、それは音琶にとって大切だと思える人ができた証になるんだから!それまではこの地味な黒いヘアバンド以外は付けちゃダメ。わかった?」
「わかりましたって言うまで帰らせないつもりですよね...?」
「勿論!」
相変わらず無茶苦茶な人である。本当にこんな人がオーナーでライブハウスが成り立つのだろうか、と心配になってしまう。まだ数回しか出てない私からしたら尚更だ。
「...わかりました」
「なら帰って良し!今日も一日お疲れ様!」
「お疲れ様です」
訳のわからない約束をさせられてしまったけど、どうせ私の事を大切に思ってくれる人なんて和兄しか居ないだろうから、別にヘアバンドはこのままでもいいかな...。洋美さんとは毎週会うんだから、自分で買ったら約束破ることになっちゃうし...。
家に帰ると、和兄は私を見るなり驚いた表情をしていたが、特に何も言わずそのまま寝てしまった。また飲み会遅くまでやってたのかな...。
・・・・・・・・・
まさか本当に私にとっての大切な人から髪飾りを貰えるとは思ってなかったけど、夏音の手からそれが出てきたときは時間が止まったような感覚がしたのだ。三年越しに、私は洋美さんから貰ったヘアバンドを外し、新しいのを付けることになった。この髪型だって、洋美さんのおかげで今でも続けている。最初は子供っぽいと思ったけど、慣れてしまえば何てことない。
レポートも半分以上書き終え、そろそろ帰ろうかと思い、隣で寝ている結羽歌を起こそうとしたとき...、
「ん、音琶ちゃんのツインテール、はむはむ...」
どうやら、結羽歌は夢の中で私の髪に齧り付いているみたいだった。




