誕生日、相手のことを考えて
二日連続でモールに来ているわけだが、今回ばかりは楽器屋には足を運んでいない。
「こういうのは、どうかな?」
「......」
結羽歌が俺を連れた場所は、明らかに女子が入るようなスイーツの店だった。見るだけで甘ったるそうだったから思わず顔をしかめる。
因みに俺はあまり甘い物は好まない。作る料理だって砂糖はレシピの半分以下しか入れないし、卵焼きに関しては塩しか入れてない。一度そのことに関して音琶に文句言われたことがあったが、改善しようと思ったことは全くない。コーラは飲めるのにな、不思議なものだ。
「どうしたの?」
「いや、こういうのはあんまりだな...」
「夏音君が食べるわけじゃないから、気にすることないと思うよ?」
「あのなあ...、音琶のことだから、一緒に食べよう、みたいなこと言ってくるとしか思えねえんだよ。俺甘い物ダメだから」
「あれ、そうだったんだ。知らなかった」
「言ってないから知らなくても仕方ねえよ」
「そしたらさ...」
それから色々な店に入ることになったが、どうも俺には女子が好む物の理解が出来なかった。男だから理解できないのは仕方ないとは思うけど、そういうのがわかってる奴って一体何なんだろう。とても同じ男とは思いたくない。
「食べ物じゃなかったら、こういうのとか音琶ちゃんに似合うと思うよ!」
既に5、6店ほど廻っただろうか。結羽歌は既にお菓子を買っていて、後は俺が買えば目的を遂行できるのだが、そろそろ時間が無くなってきそうなのでこの店で終わらせたい。
結羽歌は俺に何種類かの髪飾りを見せてきた。相変わらず男が入るような店ではないが、周りを見れば3組ほどの男女が商品を眺めていた。一応男もいるけど、一人で入ってたらということを考えたら色々まずい気がするのは俺だけだろうか。
「音琶ちゃん、紙結んでるけどゴムバンドだから、こういうの付けたら可愛いと思うんだ。夏音君もそう思わない?」
「...まあ、な」
あいつのことだから、どんなの付けても似合うと思うけどな。でも結羽歌の言うとおり、ギターの弦よりはこっちの方が喜んでくれるかもしれない。あいつだって、一応女なんだし。
結羽歌が手に取っているのも目を通したが、並べられているまた種類の違うものも見ておくことにし、いつだったかピックを買ってやったときの様に、目に留まったものを取り、念のため結羽歌に見せる。
「こういうのとか、いいんじゃねえの」
「えっと...」
俺が取ったのはゴムバンド付きの水色と白の市松文様で描かれた小さめのリボンだ。あいつの髪型のこと考えたら二つ買った方が良さそうだが。
「音琶ちゃん、きっと喜ぶと思うよ!」
何とか同意は得られたらしい。俺自身、あいつに似合うと思ってたから選んだわけだが、これでやっと音琶に渡す物ができたというわけだ。
「あ、それと...」
「今度は何だよ」
「ちゃんと店員さんにラッピングしてもらうように言わないとダメだよ?」
「はあ...」
そう言えば誕生日の贈り物用の袋があるとか聞いたことあるよな、楽器屋では普通のビニール袋に入れて貰ってたから、これもまた良くなかったのだろう。取りあえず俺は結羽歌に言われたとおりのことをして、店を後にした。
・・・・・・・・・
『もしもし?夏音?』
「ああ、俺だけど」
『どうしたの?』
「今から会えるか?」
『うん、会えるけど、部屋には入れれない。だからどっかで集合でいい?』
「別にいい、あと結羽歌いるから」
『え?うん、わかった。夏音は今家?』
「今帰ってるところだ。何なら音琶から来てくれてもいいんだからな」
『わかった...!そうする!』
モールから部屋に帰る途中、音琶に電話を掛け、結局俺の部屋の前で集合することになった。相変わらず音琶は自分の部屋を紹介してくれないようで。
「なあ結羽歌、特に何も意見聞かなかったけどそれでいいよな?」
「うん、大丈夫」
スマホを仕舞い、家路に向かう。結局音琶には何て言いながら渡そうかなんて考えていなかったから、この短時間でどうにかしないといけない。
「何て言って渡せばいいと思う?」
「え?」
「言葉が思いつかねえんだよ」
結羽歌なら何かを貰うとき、何て言われたら嬉しいのだろうか。同じ女子なら、少しは参考になるかもしれないと思ったのだが...。
「そんなの、私は音琶ちゃんじゃないからわかんないよ。でも、夏音君なら音琶ちゃんを喜ばせること、絶対に出来ると思うよ!」
「どこからそんな自身が湧いてくるんだよ」
「どこからでもだよ」
使えねえな...、もうぶっつけ本番でいいか。どうしようもないしな。それから数分、部屋に戻ると玄関前に音琶が立っていた。割と早い気がするのだが、こいつの部屋は割と近い所にあるのかもしれないな。未だにこいつの部屋がどこにあるのかも分からないのは少しばかり異常な気がしなくもない。
「あ、えっと、遅かったね2人共。こんな時間に呼び出すなんて何かあったのかな?」
明らかに口元が緩んでいるから、これから何をされるのかが分かっていてそういうこと言ってるのバレバレなのだが。いかにも音琶らしい。
「あのなあ...」
「えっと、音琶ちゃんっ!!」
「!?」
俺が本題に入ろうとした瞬間、先に結羽歌が音琶に話しかけ出した。
「ゆ、結羽歌、何かな...?」
気まずそうに返事に答える音琶。何かこの2人のやり取り面白い。
「その、一昨日は、ごめんね。時間守れなくて...」
「...別に、遅刻したことはそこまで怒ってないんだけどな」
「えっ?」
「結羽歌は入部したときからずっと飲んで潰れてるよね?この前は先輩達に気に入られたいから飲んでるとか言ってたけど、本当にそんなんでいいの?って思っちゃう。それに、全然来ないから心配だったんだから...」
音琶の言いたいことはわからないでもないが、別にこれは音琶自身の問題とは言えない気がしなくもない。潰れるかどうかは結羽歌が自分でどうにかするべき話で、それについて結羽歌が困っていないのなら好きに飲んでればいいと思う。俺に悪絡みさえしてこなければの話だけどな。
それともまた別に、音琶にも事情というものがあるからこのような発言が生まれるのだろうか。どっちみち俺には関係ない話だけど。
「音琶ちゃん...」
「だからさ、今すぐやめてとか、そんなこと言うつもりは無いけど...、せめて自分は大切にしてよ...」
「うん...」
「それで、私にはそれだけ?」
「ううん!違うよ、これ、良かったら...、プレゼントだから!」
仲直りできたのかは微妙な所だが、結羽歌は音琶にモールで買ったお菓子を渡した。それを見た音琶は、一気に顔を輝かせて...、
「え?いいの?これ凄い食べたかったやつだ!」
「ほ、本当?」
「うん!凄い嬉しい!」
さっきまでのものとは思えない表情で音琶は喜びだした。感情の起伏が激しい奴って本当によくわからない。今の結羽歌を例に、俺も渡すとするか。
「音琶、俺からも何だけどな」
「え、何なに?夏音も何かあるの?」
「ああ、あるよ」
そう言って俺は、さっき買った髪飾りとギターの弦を渡した。合計でいくらかかったかは言わないのが約束らしいからそれは言わないつもりだ。
「......!」
袋を開けた音琶の瞳と口が大きく見開き、暫く言葉を失っていた。まるで珍しいものでも発見したような表情と言ったらいいのだろうか、とにかくそんな感じの表情をしている。
「何黙ってんだよ、いらなかったか?」
「ううん...、そんなわけないよ...」
「だったら...」
「ねえ、この髪飾り、毎日付けていい?」
「...好きにしろ」
俺がそう言うと、音琶は長い髪を解いて続けた。
「ねえ、夏音が付けてよ」
「何でだよ」
「一番最初は私がじゃなくて、夏音が付けてほしいんだ」
「全く...、しょうがねえ奴だな」
言われたとおり、俺は音琶から髪飾りを受け取ると、長い髪をそれぞれまとめて結びつけた。今までの髪型に戻ったが、付けているものが違う分魅力的になっていて、何より可愛らしい。
「どう?似合ってる...、かな?」
恥ずかしそうに音琶が言うと、まず結羽歌が先に答えた。
「似合ってるよ!音琶ちゃん可愛い!」
「やったー!ありがとうね、夏音!」
今まで何度も見てきたこの笑顔。何度見ても飽きないくらい、音琶は輝いて見えていた。




