本番、そして終演へ
トリを任せられることって、琴実ちゃん達は私が感じたプレッシャー以上のものを抱えているのかな...。もし私が琴実ちゃんと同じ立場だったら、ちゃんとした演奏出来たのかな...。
「結羽歌も私の肩掴んでよ、ほら!」
「わっ!!」
音琶ちゃんは私よりも頭1個分背が高い。だから、持ち上げられた左手が思ったより上がってしまって声が出てしまう。
「あと1曲で最後なんだから、立ってるだけじゃ楽しくないよ?誰かのライブ見るのだって、ライブの一つなんだから!」
「そ、そうだよね!」
左手がちょっと痛いけど、とにかく今はあんまり難しいことは考えないようにしようかな。
***
音琶と結羽歌が肩を取り合って盛り上がっている。それを見た俺は巻き込まれないようにそそくさと端の方に移動する。今のところ機材トラブルはないみたいだし、俺と音琶が席を外している間もライブは問題なく進行したってことでいいのか。
「にしても、あいつら上手くなってんな」
そう独り言を呟くのは無論、琴実だけでなく泉や淳詩の実力の向上が窺えたからだ。ボーカルの奴はあまりよく知らないが、少なくとも要所は掴めていると思う。
まあこのバンドも、ベース以外は初心者に易しい系の曲をやっているみたいだし、ギタードラムに関しても覚束ない箇所はあれど、形にはなっていた。それも練習量が多かったからだろうけど、それでも初心者バンドにしてはトリに相応しいものになっていた。あとはもう少し特徴というか、変化球を混ぜれば面白くなるだろうな。
にしても、あのタイミングで音琶から告白されるとはな。俺も音琶のあんな真剣な顔見てしまったら、決心がついてしまって、引き下がれない所まで来たわけだ。
ついさっき、俺と音琶は恋人同士となった。音琶から向けられた好意に気づくのは時間が掛かったが、それを初めて知ってからが早かった。まさか今まで友人すらまともに居なかった俺が、大学に入って3ヶ月も経たないうちにあんな可愛い彼女ができるとは思ってもいなかったけどな。
「おい滝上、お前こんなとこにいたのかよ」
「日高...」
人をかぎ分けるように、俺を見つけた日高が話しかけてきた。さっきの演奏の感想でも言いに来たのだろうか。
「考え事してたみたいだな、さっきの演奏の反省会でもしてたのか?」
「そんなところかもな」
「へえ、でも何かお前、初めて見た時の演奏よりも良かったと思うぞ」
「そうなのか?」
「何か生き生きしてたって言うのかな。ほら、あそこではしゃいでいる上川みたいに」
「馬鹿言え、俺があんな風になるわけねえだろ」
まあ俺の演奏に変化があったのは確実だよな、それに関しては自分自身がよくわかっている。何より叩いている時の感覚がいつもと違ったのだから。てことは、音楽にあまり詳しくない日高ですら、前の俺が酷すぎたって思っているのだろうか。
「まあまあ、疲れてるのもわかるよ。とにかくお疲れ様」
「ああ、なんていうか、お前が来てくれたこと感謝してるからな」
「そうかい、そう思われてたみたいで良かったよ」
演奏が続く中、俺は日高に礼を言っていた。こいつも元は軽音部員だったんだし、本来ならあのステージに立っているべき奴だった。それなのにな...、でもまあ、仕方のないことなのだ。終わったことをいちいち嘆いても過去が変わるわけではない。
「この後って打ち上げだよな?」
「そうだよ、俺は飲まないけどな」
「知ってるよ、滝上が飲むなんて有り得ない話だろ」
「それで、お前はもう飲んだりとかしてんのか?」
「いや、してないな。まず飲む機会ないし」
「だよな」
そうだよ、サークルに入ってようがいまいが、飲む機会がない方が普通なのだ。少なくとも俺はそう思っている。何故あんな不味いものを好き好んで胃の中に流し込んでいるのか、理解できない。
「もしきついこととかあったらさ、力になれるかわからんけど俺に言っても良いんだからな」
「今は大丈夫だ。少なくとも今はな」
「ならよかった」
良い友人を持った物だな俺は。出来たばっかだが彼女だっているんだし。流石に日高にはさっきのこと言ってないけど、こいつのことだからすぐに気づきそうだな。
当の音琶は相も変わらず盛り上がっている。告白に成功したからって、少しばかりはしゃぎすぎじゃないかね。まあそういう所も可愛いからいいんだけどさ。
にしても、あの二人は琴実から挑まれていること忘れてるわけじゃないよな?結羽歌と琴実は同じ高校だったらしいが、何だかんだ仲は悪くなさそうだし、丸く収まればいいのだが、今の結羽歌の実力だとステージ上で演奏している琴実には到底及ばない。琴実と結羽歌では、まず取得している技の数に差があるわけだし、琴実からは焦りも感じられない。
今回の勝負は、誰が見ても琴実の勝ちなのだが、だからといって結羽歌に全く可能性が無いわけではない。初めて見たときから要所を掴めていた琴実だが、その時から今までの間に急激に成長したとは思えない。どっちかと言えば現状維持に近いのだ。別に全く変わってないわけではないけどな。
それに対して結羽歌は、最初の全体練習の時は基本である指弾きすらも怪しかった。俺自身、結羽歌は途中で辞めるのではないかと思っていた。先輩からもきついことを言われ、琴実からも勝負を挑まれ、その後琴実とは上手くやっているみたいだが、それでも掛けられた圧力は重いものであったことに違いはないだろう。
それでも、結羽歌は折れなかった。何度も諦めようと思っていたかもしれないが、どうやらそれは思い過ごしだったようだ。練習を重ねていく内に、うなぎ登りと言ってもいいくらいに技術が上がっていたのだ。だから、まだ琴実に追いついていなくても、成長した数は計り知れないのは確実だ。この状態で進んでいけば、いつ琴実を追い抜いてもおかしくなはいのだ。
...もしかしたら、俺もあまり人のこと言えないのかもしれないな。
・・・・・・・・・
3曲目をアンコールとして扱い、最高潮に盛り上がったライブは終わりを告げた。
会場は部員だけになり、機材が次々と片付けられる。俺も作業に加わり、みるみる内に見慣れた体育館に戻っていく。そこまで体育館に足を運んでいるわけじゃ無いけどな、体育系のサークルならまだしも。
「片付け終わったら打ち上げするからな、大学の会館予約してるから、すぐに来るようにな」
部長はそう言うと、先に行ってしまった。後輩に片付け任せといてあんたは先に打ち上げ会場行くのかよ...。
まあその後の打ち上げは、想像通りだ。次の日が日曜日だからといって、いくらなんでもやり過ぎだった。勿論俺は飲んでない。
因みに、結羽歌と琴実の勝負は、部員での話し合いの結果、琴実の勝利に終わった。多分、そのやり取りは俺を含めた酒を飲まなかった奴らくらいしか覚えてないと思う。




