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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第9章 LOVE in the ME
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本番、変わりゆく感覚

 たかが数秒の部分だが、されど数秒だ。一瞬のミスが命取りになることだってある。実際に見極めの時にそうなった。

 ベースにとっては最もプレッシャーになる場面でも、それを乗り越えないと次のフレーズに辿り着けない。練習の時も結羽歌が最も苦戦していた部分なわけだし、本番までに仕上げられたとは思えなかった。今まで上手く出来てなかった所が本番ではできる、という可能性はゼロではないが、結局は結羽歌の努力次第なのだ。

 

 俺はとにかく右腕と右足を動かし、音琶のボーカルも調子を落としていない。普段とはまた違った力強い声を会場に響かせ、前の方に居る観客は音琶に釘付けになっていた。歌声というよりも、音琶の見た目の方に魅了されているだけなんだろうけども。

 ...性格はともかく、ルックスは誰の目をも惹くもんだと思うし、そんな奴がギター持って歌っているってこと考えると、一部のバカは...、いややめておこう。何かそういうこと考えてしまう自分が嫌だ。

 とにかくベースの音が合っていないといけない場面なわけで、単純なフレーズを叩いている俺も少しばかり緊張感が増していた。ここからじゃ結羽歌の表情は見えないが、視線を送ってみると気配に気づいたのか、彼女の身体の動きに変化が生じた。

 それから俺はリズムを取りつつ結羽歌の動きを見ていき、指のペースが上がってきたのがわかると俺はズレてしまわないようその動きに上手く合わせる。そうすれば多少曲の速さに変化が生じても、ドラムとベースのズレはなくなる。

 曲が少し速くなってしまったのは他の奴らに申し訳ないが、見極めの時と比べればだいぶマシになっただろう。こうして上手く合わせることで、曲の難関部分を終わらせることができた。その後はさっきと特に変わらないリズムの繰り返しになる。

 2回目のサビも難なくこなし、この後はリードギターのパートに移るのだが、これもまた課題の一つだった。俺としては見極めで一番の問題はそのリードギターだと思ったね。目立ちたいのか何なのかはわからんけど、練習以上に走り出すギターの音、原曲よりも遥かに早くなっていた。経験者だったら余裕で捌けるほど簡単なはずなのに。てか練習の時より酷かったんだよな。

 さっき音琶が湯川と話していたのはこれについてだろう。この場面はリードだけでなく音琶のパートも入っている。だからこそリードとバッキングで合わせるのに最も重要な場所なのである。そんな大事な所をあんなやり方で演奏されてはドラムの俺からしても頭を抱えてしまうものだ。

 音琶があの後どう説得したのかはわからないが、湯川のことだからちゃんと話聞いてるとは思えないんだよな。もしこのパートを日高がやっていたら、と考えることもあったが、いくら願っても叶わない願いだ。今は現実を受け入れるとしか...。


 リードに入るのは2回目のサビが終わって少ししてからだ。その間はイントロと同じフレーズを演奏し、sれが終わったら問題のリードなわけで、もう俺はサビが終わった時点で覚悟を決めていた。

 因みにこの曲、結羽歌が好きなガールズバンドのコピーなわけが、リードギターが走るようなロックなナンバーではなく、比較的落ち着いた曲調なのだ。湯川は上がりたいのかもしれないが、少なくとも原曲に合わせようという心構えはなかったものなのか、と思ってしまっている。

 俺だってギターの音に全く合わせていないわけではない。ベースが聞こえづらい場面ではギターの音を聴いているから、上手いこと形にしていけるとは思ってるんだよな。

 そしてついにリードに差し掛かるのだが...、もうそんなこと気にしてたら自分の演奏にも影響が出る。今更迷ったところでどうしようもない、もうここは俺の正しいと思った演奏するしかねえよ。

 ...と思っていたら、既にリードのパートは終わっていて、ラスサビになっていた。


 ...一体何が起こったんだ?


 俺は何を見ていたのだろう、身体の動きはさっきまでと何も変わらず、考え事をしていてもしっかりと演奏が続けられている。だとしたら...、


 俺にもよくわからないが、リードパートの記憶がほとんどない。リードギターが走っていたのか、それとも正しい速さで演奏できていたのかもよくわからず、そのまま終わっていたのだ。その間俺がどのような演奏をしていたのかもはっきりしないわけで、取りあえずラスサビに集中することにする。

 その間、身体の重みは消え、今まで感じたことのない感覚に襲われた。いや、一度だけ感じたことはある。それは、3ヶ月前の卒業ライブだ。あの時は、わだかまりのあった奴らと分かり合えたと思い込んでいたから、自然と演奏を楽しめていたのかもしれなかった。

 その時のことを良く覚えていないのは、自分にとって都合の悪いことだったから、というわけではなくて、ただ無心に演奏をしていたからだと思っている。少なくとも、あの時は楽しめていたのだから。

 その後は、今までで最大の絶望が2回も降りかかってきて、音楽というものでさえ俺を見放すのだろうと考えるようになって、本来の演奏が出来なくなっていた。きっと他の奴らは理解してくれないだろう、なぜなら人間という生き物は他人のことを考えれるほどの余裕はないからな。誰かが何かを抱えていて、それを打ち明けたところで、「なんだ、その程度のことか」位で済まされる。

 俺はそんな奴にはなりたくなかったから、少なくとも相手のことを考えようと思って行動した結果があのザマだ。どうせ誰も理解してくれない、それなら全ての人間との関わりを断てば楽になれる。そう思っていた1ヶ月間は実に楽なものだった。

 音楽を辞め、誰とも関わらず、一人で好きなように生きる。俺は生まれて初めて自由を手に入れたと思った。それなのに...、


 ラスサビで最高に盛り上がるギャラリーに圧倒されている自分がいる。大して上手くもない演奏に圧倒され、ただ必死に腕を振り、合の手までする奴らが視界に移る。

 今俺は、どんな表情をしているのだろう。鏡がないとわからない位自分のことがわからなくなっていた。 

 リードの途中から自分の演奏に集中しよう、周りのことを考えていても仕方が無い、そう思ってから今までずっとこんな調子だ。練習の時ですらそんなこと考えてなかった。ということは、俺は今、この演奏を楽しんでいる、ということなのだろうか。

 もうすぐサビが終わり、アウトロになる。正直ラスサビも良く覚えてない、一つだけ思えたのは音琶の歌声が魅力的だったことくらいだ。さっきまでベースとリードが心配だった俺が、そんなことを気にしなくなるほど演奏に夢中になれていたのか...。


 なんでこうなったのかは俺にも未だわからない。とにかく、今は自分の出番を成し遂げてしまおうか。

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