本番、始まる物語
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2バンド目から3バンド目の転換の時間、私は前ではなく後ろの方に行っていた。
「音琶!わざわざここまで来るなんてね!」
洋美さんからLINEをもらって、転換の時間を使って会いに来たのだ。バイトでいつも会ってるようなものだけど、今日はまた少し特別なわけだ。
「お疲れ様です!来てくれて本当にありがとうございます!!」
「ううん、教え子の晴れ舞台に来るのは当たり前のことでしょ?」
「そんなことないですよ!」
「もうもう、本当にこの子は...。私に気を遣う必要なんかないんだからね」
「はい!!」
教え子の晴れ舞台、か...。今まで一度もライブをしたことのなかった私からしたら、今日のライブは私にとっての第一歩になる。だからこそ、母親同然の洋美さんが来てくれたことが嬉しくて仕方がない。
「えっと、今準備してるバンドの次でいいのかな?」
「はい、実はトリ前なんです」
「そっか~、きっと和琶も喜んでるよ」
「そ、そうですよね!和兄はずっと私のこと気に掛けてくれてましたからね!恩返し出来なかったのは残念ですけど...」
「何言ってんのよ、こうしてこの大学でライブするってこと自体最高の恩返しじゃない。それに、夏音君だっているんだしね」
「もう...、あんまりからかわないで下さいよ...」
「ごめんごめん、やっぱ重ねちゃうんだよね」
その夏音は転換の手伝いはしていない。さっきと同じ場所でステージを眺めているのだろうか。
「......」
「音琶?」
「あ!すみません!」
考え事をしていたら、洋美さんに心配される。
「緊張しているのかもしれないけど、私の言ったこと忘れてなければ大丈夫だよ!」
「いくら上手くても楽しんでないと何も感じない、ですよね」
「そうそう!もう心配ないね!」
そうこう話している内に、3バンド目の演奏が始まる。このバンド、ドラムは湯川である。見極めの時に見たけど、普通にバンドを楽しんでいたように見えた。私達のバンドでは走りまくったギター弾くのに、何故かこのバンドではみんなと音を合わせているのだ。
もしかしたらあいつは、バンドによって自分の演奏のスタイルを変えているのかもしれない。今やってるバンドは本気で楽しいと思っているけど、私達のはそんなに楽しくないから適当にやってる、みたいな感じかな。
「...あのドラムのこ、凄い楽しそうにやってるね」
「え?」
演奏を聴いていた洋美さんが呟いた。
「1回会ったことあるんだけど、夏音君と一緒に居た。何か軽い感じだったの覚えてる」
「あー...」
「音琶とも一緒にしているんだっけ?ちょっと楽しみかも」
「そう、思いますか?」
「そりゃ音琶のバンドだし、メンバー全員が気になるよね」
またハードルが上がってしまった。不安な気持ちになりかけたけど、ついさっきの会話を思い出して頑張って平静を保つ。
「やっぱさ、新入生ってまだまだなとこあるけど、若くて良いよね。みんな全力で頑張ってるみたいな、中には辛そうなのもいるけど」
「和兄も、最後の方は辛そうでしたよね」
「うん...、あのこは自分で抱え込むタイプだったからね。何でもいいからせめて一言声かけとけばよかったって、今でも思ってる。音琶は大丈夫?辛かったらいくらでも相談してね」
「今はまだ、夏音がいるから頑張っていけます!」
「そっか、それならいいんだ」
手遅れになる前に、手は打たないといけない。私だって、いつまでここに居れるかもわからない。支えとなるものが居ても、限界があるってことくらいわかってる。その時は、夏音に全て打ち明けて...。
ステージ上では相変わらずのライブが繰り広げられている。あれが終わったら私が立つ番なんだな...、今更だけどそんな当たり前のことを考えてしまう。どこに居るかわからないけど、多分悠来も来ているはずだ。
「そういえば音琶、鳴フェスは行く?私チケット持ってるんだけど」
そう言いながら洋美さんは鞄からチケットを見せてきた。
「私行きます、夏音と。まだ誘ってないですけど、強引にでも連れてきます」
「おおー、頑張って。もしダメだったら私も協力するから」
「その時はお願いします」
それにしても、洋美さんは何でチケットを私に渡そうとしたのだろう。誰かと行こうと思ってたのかな?
***
音琶のやつどこ行きやがった、もうすぐで俺らの出番だろうが。少なくとも楽器の準備はしとかないと、転換に時間掛かるだろ。
「ありがとうございました!あと2バンドです、最後まで見ていってください!!」
3バンド目の演奏終わったぞ、あいつは本当に...、
「ごめん遅れた!」
すると、後ろから息を切らした音琶が戻ってきた。
「遅えぞ、何やってたんだよ」
「ごめん、ちょっと人と話してて」
「...全く、時間には気をつけろ」
「うん!」
説教されてるのに満面の笑みで返すとか、大した度胸だよな。もう少し自覚というのを持った方がいいのでは。
「早くするぞ」
適当にメンバーを促して、セットを揃える。音琶はステージの真ん中で、マイクの高さを自分の身長よりも20cmほど低い位置に設置し、次にギターアンプで音の調整をしている。
結羽歌はマイクを使わないから、新しくなったベースアンプにベースを繋げ、ひたすらネジを回して何度も音の大きさを変えている。最初にアンプを壊した張本人も、今となってはすっかり操作に慣れていた。あれから暫くは何度も掟を見ながら使ってたからな。
湯川はアンプを少し調整しただけでエフェクターの調整に移っていた。手際がいいのか、それとも適当にやっているのか...、いまいちよくわからん。
そして俺は、シンバルとタムの高さの指示を淳詩に出し、理想的な配置に近づけていた。
「夏音、これでいい?」
「ああ、これで大丈夫。すまんな」
指示を出した分、最低限の礼を淳詩に返す。なんだかんだでこいつ、今日一番頑張ってるんじゃないかね。演奏はまだこれからだが、それまでの準備や手伝いを積極的にしている。PAだから当たり前、みたいに思われるかもしれないが、それ以上の仕事をしているのは明白だった。
「それじゃ、準備できたらOK出してね」
淳詩は最後にそう言って、元の場所に戻っていった。
・・・・・・・・・
本番前のちょっとした打ち合わせで、今回は見極めの時と違ってすぐに曲に入ることにしていた。音琶が先に合図を出し、照明が消えたらまず俺がスティックを4回叩く。その後、イントロが始まるという算段だ。
まだ音琶は合図を出していない。何度かギターの音を出したり、マイクを通して声を出している。緊張しているのだろうか。何度もギターを弾き続けていたと言っていた少女は、俺の目の前に立っていて、ひたすら右手を動かしている。その後ろ姿は、いつもよりもずっと逞しく見え、これから始まる演奏へのやる気が十分に感じられた。
そしてついに、音琶が合図を出す。
暗くなる会場内。僅かに聞こえる観客のささやき声。高鳴る心臓。
その全てを俺は受け入れ、先陣を切る。スティックが4回鳴り、体育館に大きな音が鳴り響き始めた。




