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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第9章 LOVE in the ME
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準備、そして遂に本番へ

 演者としてステージに上がり、スローンに座って当たり全体を見渡す。体育館には入学式以来足を踏み入れることになったが、この広い会場でライブをするということを考えただけで身体が重くなる。

 これといった派手な装飾はされていないが、照明のセットも兼ねて周りにはカーテンが掛けられている。今体育館はステージと客席に設置された照明の光だけが照らされている状態で、それ以外の電気は付いていない。ライブハウスと似た雰囲気を出そうとしているのかもしれないが、俺からしたら小学校の学芸会の方が近いと思ってしまう。

 まあそんなことは今はどうでも良く、本番の演奏をいかに良くする為に音を調整しないといけないのだが...。

 最初にパート毎に音を確認していき、俺自身も適当に叩いていく。さっきも同じようなことをしていたから時間はあまりかからなさそうだが、果たしてどうだろうか。

 今は淳詩がほぼ一人でPAの仕事をしている状態だ。俺はさっきの淳詩と同じ立場なわけだが、合図を出しているのが先輩と1年生じゃ格の違いが見受けられた。

 手慣れた印象のある先輩のPAと、まだ始めて間もない淳詩のPAでは当たり前だが誤差があって、音の調整も遅れている。きっと先輩は、淳詩が演者の立場である内にPAの動きを把握させようとしたのだろうが、それはあまり伝わってなかったようだ。

 ただでさえ細かい操作が必要なPAだ、俺も初めて例の機械を使ったときはかなり焦ったし、部費で買った高いものであるということを考えると、貧乏人には頭が上がらなかった。

 まともに使えるようになったのも、顧問が付きっきりで教えてくれたり、簡単なマニュアルを作ってくれたからであって、それがなければ俺はあんな物とは無縁の存在だっただろう。

 ...その顧問も、俺が直面していた問題には一切気づいていなかったんだけどな。


「えっと...、それでは全体でお願いします!」


 やや上ずった声で淳詩は指示を出し、俺らはそれに従う。全体の音で俺が感じたのは、あれからの少ない練習時間でそれぞれの音を少しだけでも拾っていけているということだ。バンドは短時間で一気に伸びることもあるから、今回はそれが発生したのだと勝手に解釈してみるが、少なくとも俺が原因ではないだろう。なぜなら、あれほど音琶が説得しても技術面の成長がほとんど現れてないからだ。

 ライブが終わったら音琶から説教受けることになりそうだが、別にいいか。今回で終わりというわけではないのだから、またスタート切って練習すればもしかしたら過去の演奏を取り戻せる可能性も秘めてるわけだしな。音琶がいれば。


「すいません!ドラムの音もっと下さい!」


 考え事をしていたら音琶がPAに要望を出していた。3人が弾き終えてるというのに、気づくのが遅れてほんの数秒だけ一人でドラムを叩いていた。


「ちょっと夏音!何ボーッとしてるのよ、私の話聞いてた!?」

「ああ、すまんな」

 

 始まる前から説教を受けることになったが、これは正真正銘俺が原因なのだから反撃の余地もなかった。

 普通演奏中は演奏のことを考えなくてはいけないはずなのに、こうやって別のことを考えている。だから演奏を楽しめていないのだ。自分でもわかっているはずなのに一向に改善されていない当たり、相当重症だってことを認めざるを得なくなっている。

 

「それじゃ次こそいくよ、夏音もちゃんと聴いててね!」

「ああ」


 スティック両手に、軽く返事をする。こういった返事も、今までの俺にとっては本当に理解したものなのかしていないものなのかも定かでは無くなっていた。今は違うと思いたいけどな。

 気を取り直してもう一度同じ部分から始める。一応前日、LINEでリハの時は1曲目のサビを合わせるという話はした。だからその通りのことをしているが、俺が聴いた感じでは今までの演奏と何も変わっていないように思えた。

 琴実達のバンドでは音の調整前と後で変化に気づけたが、俺らのバンドになると気づけてなかった。それは別に、今のPAが淳詩だからだとか、演者側の立ち位置だからとか、そういうわけではない。ただ単に俺の音に対する感性がおかしくなっているだけなのだ。

 

「...ねえ、ちゃんと聴いてる?」


 するとまた、俺のドラムは一人で走っていた。今度は音琶がマイク越しで問いかけてきた。


「聴いてるつもりだ」

「つもりじゃダメでしょ!?もう本当に大丈夫?」

「大丈夫だったらいいんだけどな」

「もう、あと10分切ってるんだからしっかりしてよね!」


 もうそんな時間かよ、まずいな。数日前見た音琶の涙を思い出すと、流石の俺も投げ出すことがいかに最低なことなのかを思い知らされてしまう。

 演奏を楽しむことが出来なくても、それを探していこうとは思っているわけだし、音の探求がまだ出来ていなくても、少しずつ取り戻していきたいという願望もある。

 これ以上音琶を悲しませてはいけないよな、今は自分の欠点を振り返るより目の前のことに集中しなくては。

 3度目の正直、スティックを鳴らしていきなりサビに入る。とにかくギターとベースを聴きつつ正しく音を合わせていき、適度なタイミングとBPMでリードしていく。

 まださっきまでとの変化が分からなかったが、音琶と結羽歌が立ち位置から前に出て外音を確認している。そして音琶が演奏を止め、右手を挙げる。


「私はこれで大丈夫です!」

「あ、私も大丈夫です!」


 音琶に続いて結羽歌も了解の合図を取る。二人にとっては全体の音のきこえ方理想的なものになったそうだ。


「あとの二人は大丈夫ですか?」


 淳詩が俺と湯川にも聞いてきたが、特に俺も聴いてて違和感はないから今の音で本番を迎えることにする。湯川も問題無しとのことだった。


「それでは、本番よろしくお願いします」


 さて、これで本番で出す音が決まってしまったわけだ、もう後戻りはできない。ステージを降り、次のバンドがリハの準備をしているのを眺める。ライブの時間が着々と迫っているという事実に、俺は何故か今までに感じたことの無い感情に揺さぶられていた。


「夏音!」


 名前を呼ばれた方向を見ると、音琶がギターを抱えてこっちを見ていた。


「どうしたんだよ」

「緊張してる?」

「さあな」

 

 正直それは俺でもよく分からない。余裕があるわけではないけどな。


「そっか。私はね、すっごい緊張してるよ!」

「だろうな、だからと言ってミスすんなよ」

「もう、そんなこと言われなくても分かってるよー!」

「まあ、一番不安なのは俺自身なんだけどな」

 

 俺がそう言うと、音琶は急に穏やかな表情になって、 


「大丈夫だよ、夏音なら」


 そう言った。そして...、


「やっと、私の願いが一つ叶うんだね...」


 どこか寂しげに、遠くを見つめながら、少女は呟いていた。


「...たかがこんな新入生ライブで願いが叶ったとか言ってんじゃねえよ、まだまだこれからだろ」


 無意識にそう言っていた。自分の感情について行けてなくても、これは紛れもない本心だってことはわかっていた。


「うん!だからまずは思いっきり楽しもうね!」


 何度も見た少女の笑顔。それは、これから歩む道の、第一歩に過ぎなかった。

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