心配、大袈裟なんかじゃない
私なりの気遣いと言ったら語弊があるかもしれないけど、結羽歌の部屋の鍵はポストの中に入れておいた。
私の授業は午後からだったから一旦自分の部屋に戻って、シャワーを浴びたら学校に行くことにした。
結羽歌のクラスは今日は午前だけらしいから、午後になれば特に用事が無い限り外出することはないはず。
あれだけ飲んで二日酔いになっていたら、流石に外に出れるとは思えないし、夕方くらいまで寝ていても不思議には思わない。
上川音琶:鍵ポストに入れといたからね! 今日の夕方また来るから!
LINEではそう送ったけど、未だに既読が付いてないから寝てるんだろうな......。トイレで。
「悠来って二日酔いとかになったことある?」
「いきなりどうしたの?」
授業中、ノートを取りながら悠来に問いかけた。
「いや、私の友達が二日酔いになってさ......」
「音琶、あんたヤバい奴と友達になってたりしてない!? 大丈夫!?」
「え!? 別に大丈夫だけど......」
「あ、音琶が大丈夫なら別にいいんだけどね」
二日酔いという言葉が出てきただけで焦り出す悠来だったけど、もしかしたら禁句だったかな。
「まず私は二日酔いになる以前にお酒は飲んだことないよ、飲んでもいい歳ではあるけどあんまり良さがわからないからね」
「うん、普通はそうだよね......」
「でも音琶は飲んでるんでしょ? その友達と一緒に」
「まあね、割と飲んでる」
「私がとやかく言う権利あるわけじゃないけど、気をつけなよ。噂で聞いた話なんだけど、酔っ払って事故に遭った人うちの大学に居たらしいからね」
「......」
事故......、か。
私もそうならないように気をつけなきゃいけない、勿論結羽歌もだ。
鍵をポストに入れたのは部屋を開けっ放しにするわけにはいかない思ったからだ。勿論私の都合もあるけどね。
明日には本番前最後の練習があるから、それまでには起きてもらわないと困る。流石に大丈夫だろうけど、心配だな。
それに......、
「どうしたの?」
「あっ!」
最近誰かの前で考え事することがなかったから、私の表情に変化があったのを見て悠来が顔を覗き込む。
「ごめん」
「悩んでることあったら何でも相談してね」
「そうするね」
嘘を付いた。
相談したところで、解決するわけがないから。
結羽歌のことは今相談したばかりだし、別に解決できないような問題ではない。
あくまで友達付き合いの一環であって、そこまで大きく悩む必要だって無い。
でも、私の抱えている絶対に消せない過去、そればかりは願った所で、誰かに話したところで、どうにかなるような話じゃない。
だから他の誰かが、もう二度とあんなことにならないように、私が何とかするしかないんだ。
「音琶のノート進んでないね、先生もう板書消しちゃったからあとで見せてあげるね」
「あ、うん。ありがと」
悠来の言っていた事故がいつのを指していたのかはわからないけど、もしあのことだったとしたら、余計に話すわけにはいかないな......。
・・・・・・・・・
全ての授業が終わって、急いで結羽歌の部屋に向かう。
日が長くなったから18時でも全然明るくて気温もまだ高い、ここ数年ずっと異常気象続きだから大雨が降ることもあったし、5月なのに気温が30℃を超えることもよくあった。
今日の最高気温は33℃だったみたいで、そんな日なのに走ってしまったから汗が止まらなくて、背中が大きく濡れている感触がする。
あれからまだ既読が付かないから流石に心配になって、部屋の前に付く頃には息が切れていた。
ポストの中に鍵があることを確認し、取り出して恐る恐る扉を開けると、その瞬間とてつもない熱気に襲われた。
「うっ......!」
こんな暑い日に冷房もつけずにいると、こうはなる。
取りあえずトイレに入ったけど......、いない。でも鍵はかかってたから外に出たとは考えられないし、リビングに向かえばいるかな?
すると床に寝間着のまま、おへそ丸出しで大の字に寝転がる結羽歌の姿があった。
あの後一応移動はしたんだね......、それにしてもこの時間までずっと寝ていたなんてある意味凄い。
今後結羽歌と飲む時は時間にも気をつけた方がよさそう、特に平日は飲まない方がいいかも。
「......」
幸い床は汚れていない、吐くものは全部トイレに流したってことでいいのかな。
結羽歌は幸せそうな顔でお腹を上下に動かしながら眠っているけど、起きた瞬間時間を見て絶望するんだろうな、と思うとどうしたらいいのやら......。
「またおへそ出して寝てる......。風邪引いちゃうよ、布団くらいかけないと......」
そう独り言を呟きながら、この前の仕返しと称して露出している可愛らしいおへそ周りを人差し指でなぞって何とか起こそうとする。
風邪を引いちゃう、というのは言い過ぎだった、だって今日こんなに暑かったんだから、おへそを出して寝た所で大して問題ないと思うし。むしろ服を着ている方が辛いと思うし。
「んん......」
それからすぐに結羽歌は目を覚まし、慌てて両手でおへそを隠してこういった。
「えっと......、今何時?」
「6時半だよ」
「それって朝のだよね......?」
寝ぼけたことを言い出してるけど、あんたこれだけ寝たんだから、少なくとも時間の感覚はあるでしょ。
「何言ってんのよもう夕方の6時だよ」
「え......!」
本気で驚いている結羽歌に呆れつつ、私は結羽歌がちゃんと起きてくれたことに安心する。
あんなことがあってからだと、私もこういった類いの出来事には敏感になっているのだ。
お酒が飲めないわけじゃないけど、誰かが誘ってこなかったり、よっぽどのことが無い限り飲まないつもりでいるのだから。
「既読全然つかないから、死んでるのかと思ったんだよ」
「そんな、大袈裟だよ......」
「大袈裟なんかじゃないよ!!」
「えっ?」
「あ......、ごめんつい...」
思わず大きな声が出てしまった。結羽歌が酔っている場面には何度も遭遇したことがあったけど、今回は今まで以上のものだったから、いくら何でも放っておけなかった。
だから、大袈裟なんて言われると反射的にこうなってしまうのだ。
「......気をつけるね。ごめんね」
いくら何でもまずいと思ったのか、結羽歌の顔が曇る。
「いいよ、でも、自分の身体は大切にしないとダメだよ」
「うん......」
本番まであと2日、こんな大事な時期なんだし、これからのことを考えると、居ても立ってもいられない。
でも、この時には既に、結羽歌には異変が起きていたのだった。




