不安定、これが終わりになるのだろうか
バンドのまとまりがない。
それの最大の原因が俺自身だった。
音琶からそう告げられたわけだし、もう認めるしかないだろう。
実際に、俺はバンドをすることの楽しさが何なのかわからないのだから。
「ねえ、試しになんだけど......」
俺の前に立っている音琶が今度は結羽歌に視線を向けて言った。
「1回ドラム抜きでやったらどうなるのかやってみようと思う。悪いけど結羽歌、ドラムの代わりできないかな?」
「えっ? 私がドラム叩くの?」
「いやそうじゃなくて、ベース主体で音合わせようってこと。申し訳ないんだけど、お願い」
「あ......、うん。大丈夫」
ボケかました結羽歌だったが、今の俺には全く笑えなかった。それ以前に今まで笑った事なんてなかったわけだけど。
とは言え、いくら何でもドラム無しで合わせた所で曲の体裁を保てるとは思えないけどな、アコギじゃあるまいし。
それよりもまず、一人取り残された気分になって苛々が止まらない。
「それじゃ、いくよ」
結羽歌の合図とともに後の2人がギターを弾き出す。
正直ドラム無しで入るイントロは違和感しかないが、取りあえずここは大人しく聴いてやるとしよう。
ベースの音は初めて聴いた時よりもずっと音がしっかりしていて、音程にズレは見あたらない。
きっとギター組はその音に合わせることに苦を感じないだろう。
音琶のボーカルも、何度も練習を積み重ねてきたから格段に良くなっている。
最初は不安しかなかったが、今の歌声なら心配することはあまりないだろう。
湯川もリードギターとしての役割をこなしていると言っていいだろう、今まで1人で暴走していたが、このような少人数で合わせるとなれば弾き方にも変化が現れるのかもしれないな。
......いや待て、確かにこいつらの演奏には変化があった。
だが俺にはあっただろうか、そもそも俺がしてきた練習なんて、良くないところを洗い出してそれを改善していく、というものだっただろうか。
ボーカルは初めてで、音程をずらしまくって苦戦してた音琶だったが、問題点を自分だけでなくて部員に聞き出したりして少しずつ形にしていた。
完全な初心者で、最初に組むバンドが自分以外全員経験者という環境の元、散々演奏を否定されたりもした結羽歌だが、試行錯誤を繰り返して今のような音を創り上げることができた。
まだまだ簡単な部分しかできていないが、今後のことを考えるとどうなるかもわからない。
そんなやつらと比べると、俺は今まで何をしていたのだろうか。
反省材料がほとんど無いなんて思っていたけど、俺が一番反省すべきものを抱えているじゃねえかよ。
そして今、俺抜きで繰り広げられている演奏は、ギターとベースの音が調合されていて、それぞれの役割がしっかりこなされていた。
まるで俺を必要としていないかのように。
「どう、かな」
一通り弾き終えた3人は、俺に意見を求めるかのように視線を向けている。
どう、と言われても、思ったままのことを言えばいいのか? だとしたら俺はもう必要ないんじゃないのか?
正直言うが、ここまで来たら俺が居なくてもこいつらはやっていけるだろう。
今回のライブは仕方ないから出てやるとして、それ以降はもっと別の奴がやった方がいい、今後のためにもな。
「そうだな、俺がいない方がいい演奏ができるんだなお前らは」
「......」
俺がそう言うと、結羽歌は僅かに肩を落とし、音琶に助けを求めるように合図を送り出した。
「お前らにとって俺は邪魔なだけだよな、だとしたら何で俺はこのバンドのメンバーになってるんだろうな、誰が無理矢理声かけてきたんだっけ? 笑わせてくれるよな本当に。誘って来といてそれはねえよな、大体最初から音楽自体を楽しめてない俺がこうして誰かとバンド組むってことが最初から間違いだったんだよ」
自分でも何を言ってるのかわからなかった。
ただ咄嗟に、思いついた言葉が次々と出ていて、完全に周りを凍り付かせていた。
「ちょっと、夏音君。何言ってるの?」
驚いた様な口調で泉が俺に問いかける。
その表情は疑問に満ちていて、珍しく焦っているようにも見える。
「夏音君......」
ああ、そんなの最初から俺が悪いのはわかってんだよ。
でもな、過去はそう簡単に消すことができないし、人は簡単に変われない。
バンドというものを楽しむことが出来なくなって、失った音楽に対する熱意をまた一から取り戻すということは、俺にとってどんな試験よりも難しいことだった。
それを理解して貰えないことが許せなかった、情けなかった。
ましてやさっきみたいに俺抜きで一度合わせるとかいうあいつらの行動や発言が、過去の出来事を思い出させていたのだ。
「すまんな、でも今日はもう練習なんかしている気分じゃねえ。後はお前らが好きにやりやがれ」
何やってるんだろうな俺。本当は、音琶が居てくれたから、もしかしたら昔の自分を取り戻せるのではないか、なんてこと考えてはみたものの、やっぱり無理だったんだな。
技術とか実力とか、そういうのはそこまで重要ではなくて、音楽をするに当たってのやる気が無い奴が、バンドなんかを組む権利なんて与えられているはずがない。
荷物をまとめて部室を出て、部屋への道を歩いて行く。
歩いている間、俺は初めて音琶に出会った時のことを思い出していた。
全くの初対面で、どこの誰なのかもわからない奴がいきなり話しかけてきて、バンドを組むよう言ってきた。
出会ってから入学までの間にあった出来事のせいで、上川音琶という少女と交わした約束(一方的だったが)を果たそうという気持ちは完全に消えたというのに、奴はまた俺の前に現れた。
勝手に俺の部屋に入ってきたり、バンドを辞めた決意をしたというのになかなか諦めてくれなかったりで、俺の日常は完全に狂わされ、終いには告白までされた。
はっきり言って迷惑で、退屈しない日々だった。
でも、その日々は今日で終わりを告げようとしている。俺が発した言葉によって、もう修復なんてできるとは思えない。
だから......、
鍵を開けて部屋に入る。扉から左側にキッチンが、右側はトイレとセットになっている浴室が見える。
仕切りの扉を開けると左側にはベッド、右側にはテレビと本棚がある。
窓は西側を向いているから夕陽がよく見え、比較的日当たりがいいから寒さにあまり影響がない。
とは言ったが、俺は今、部屋の状態とは関係の無い問題に直面していた。
「何でお前がここにいる」
扉の前で、さっきまで部室に居た上川音琶が立っていた。
彼女は俯いたままこっちに足を進めてきて......、
「夏音のバカ!!」
そう言って、俺の右頬に平手を張ったのであった。
音琶の瞳からは、涙が幾度となく溢れていた。




