回復、元気を出すことから
「そんなことがあったんだ......」
夏音の作ってくれたご飯を口に入れつつ、私は夏音の話を聞いた。
「お前だけじゃないってことだよ。それでフォローできてるかはわからねえけど、結羽歌は結羽歌なりに努力するみたいで」
「何かみんな同じだね」
「何がだよ」
「抱えてることっていうのかな? 色々言われて、沢山悩んで、それでも折れないで頑張ってる所が」
「お前......、折れかけてた奴がよく言うよな」
「でもさっき、私がそんなすぐに折れるような奴じゃないって言ってくれたじゃん」
「そうだけどよ......、全く調子狂うな」
夏音はそう言って、止まっていた箸を動かす。どうやら私だけでなく、結羽歌も琴実に似たようなことを言われたらしい。
それもついさっきの出来事で、琴実はなかなかきついことを言ったみたいだけど、結羽歌の表情は明るかっただとか。
「明日の19時に練習入ってたよな、もうあまり時間無いからのんびりしてられないからな」
「わかってるよ」
「わかってるなら、食い終わったら今すぐ帰って練習するんだな」
「えー、もうちょっと夏音と居たいよ?」
「あのなあ......、お前本当に危機感あんのか?」
「まずは元気を出すことから始めるんだよ、まだ私のHPは半分くらいしか回復してないんだから!」
私が口を開く度に夏音の顔がどんどん険しくなっているけど、言ってることに嘘はない。
夏音ともう少し一緒に居るだけで、私は元気になれる。落ち込んだときはいつだってそうだったんだから。
「......音琶がそれでいいならいい。でも時間が無いのは紛れもない事実なんだからよ、背負ってる物を忘れたら承知しないからな」
「うん、わかってる。絶対に忘れないよ!」
「......まあ、隠し事はしてても、音琶が今まで俺に嘘ついたことなんてなかったはずだから大丈夫だと思うけどな」
「......ちゃんと私の事信じてくれてるんだね。ありがと」
何気ない夏音の優しさに私はまた救われた気分になる。
私の隠していること、いつ話そうかな。いつかは絶対話すって言っちゃったけど、丁度いいタイミングとかがないとなかなか話せるようなことじゃないし、それを聞いて夏音がどう思うかも読めない。
「信じてるんじゃなくて、信じたいと思ってるだけだからな。そこ勘違いすんな」
素直じゃない夏音の返答はいつもこんな感じだ。それでも、私は嬉しい。
だって、私と同じで夏音は過去に何かを抱えているはずだし、それが原因で誰のことも、きっと家族すらも信じられなくなってるんだと思う。
私が考えすぎているだけなのかもしれないけど、もしそれが本当だったら、私は夏音にとって大切な人に成れているのかもしれないのだ。
「ちょっとくらい、勘違いさせてほしいな」
「音琶、お前な......」
呆れつつも、退屈を感じさせない表情で私の言葉を一つずつ返す夏音は、いつか私の事を本当に大切な人として見てくれるだろうか。
いや、いつかじゃなくて、絶対に見て欲しい。
「まあいい、食い終わったんなら下げてくれ。いつまでも食器洗えないだろ」
「うん!」
お互いにご飯を食べ終えたから、私も片付けを手伝うことにした。
・・・・・・・・・
「そういえば音琶、あの服はどこで買ったんだ?」
「え?」
「見極めの時に着てたやつだ」
「ああ、あれね」
食器を洗い終え、夏音とテレビを見ているときのことだった。
度々私の服装によく視線を送っていたからちゃんと見てくれてるんだな、とは思ってたけど、また夏音からそんなことを聞いてくるとは思わなかったから思わず聞き返してしまった。
......服装見ているとは言ってたけど、8割方おっぱいを見ていることくらい、気づいてるんだけどね。
「金曜日に結羽歌と駅前のモールで一緒に買いに行ったんだ。結構時間掛かったんだよ」
「そうか......」
「本当は服だけにするつもりだったんだけど、帽子も買っちゃったんだよね、何か雰囲気出るかな~って。あの時似合ってるって言ってくれたよね」
「......似合ってたぞ」
凄い小さい声だったけど、私から視線を逸らして放った言葉はちゃんと耳に届いていた。
「んー? 声が小さいよ?」
「だから......、似合ってたって言ったんだよ。何回も言わせんな」
次はちゃんと、今まで通りの声の大きさで夏音は言った。
見極めの時ずっと見ていたし、あの時も似合ってるって言ってくれたけど、何回でも言われたい。
「でも、私のおっぱいばっかり見てたのはどういうことなのかな?」
「なっ!?」
これを言うのは正直迷ったけど、でも本当のことなんだしちょっとくらい背伸びしたっていいよね。
別に見られたっていいんだし、ちょっとくらい意地悪したっていいよね。いつも夏音が私にしているみたいに。
「あれ? どうして返事しないの?」
「いや、だから......」
「まさか気づかれてないとでも思ったの?」
「いや、そんなの見てねえし」
「嘘つかなくたっていいんだよ?」
「ついてねえ!」
頑なに否定する夏音。こいつがそういう性格だってことはわかってるけど、何か面白い。
ムキになる所からして、『俺は音琶の胸を凝視してました』って言ってるようなものなのに......。
「もしかして、夏音は私が怒ってるとでも思ってるの?」
「は?」
「女の子のおっぱいを見る事って、別に相手次第で悪いことじゃなかったりするんじゃないの?」
「何だそれ......」
「私は夏音になら見られてもいいと思ってるよ。むしろもっと見て欲しいかも」
「お前本当変態だよな。自分が何言ってるかわかってんのか?」
「わかってるよ。でも変態は酷いかも、私のおっぱいずっと見ていたえっちな人にそんなこと言われたくないな~」
「......」
いつもなら反論しそうなのに、黙り込んでしまった。
ちょっとやり過ぎたかな、でもこれは本音なんだから受け入れてほしいんだよな......。
「......ああそうだよ、見てたよ。悪かったな」
そしてとうとう、夏音は認めてしまった。
てか顔真っ赤、どこまでむっつりなんだか。
「ふーん」
「......こっち見んな」
「触ってみる?」
「は!?」
「触ってみる? って言ったんだけど」
「いや、いい......」
「へえ~」
座っている夏音の前で屈んで、わざとおっぱいが強調されるような体勢を取ってみると、夏音は今度は目を逸らさなかった。
相変わらず顔は紅潮したままだけど。
「どうしたの? 触んなくていいの?」
我ながら何言ってるんだろうと思うけど、夏音がこんな表情をしているんだし仕方ない......、はず。
本当は私だって恥ずかしいんだし、夏音ももう少し思い切って欲しいな。
「まだいい、それはもうちょっと関係が進んでからするもんだろ。だから、まだ無理だ」
夏音の返答はこうだった。告白した時と同じような感じで、心の準備が出来ていないとか変な言い訳をしていた。
ちょっと残念だけど、同時に安心感もあった。寂しさもあったけど。
「そっか、なんかごめん」
「いや、元はと言えば俺がお前のこと見てたのが原因なんだし」
「そういうとこは素直なんだね」
「うるさい」
それから1時間ほど話して、私は自分の部屋に帰ることにした。
夏音と長時間話したからもう元気は充分に取り戻せたし、後は本番に向けてギターとボーカル頑張らないと。
「また明日ね!」
「ああ」
玄関まで送ってもらって、そのまま私は部屋までの道を歩いて行った。




