調子、互いに良いわけではない
部屋に戻ってようやく、音琶に電話をする決心がついた。
いや、もともと決心はついていたけどさっきの結羽歌と琴実のやりとりのせいで用事が遅れただけだ。
画面に触れ、スマホを左耳に当てる、数十秒ほど待ってから話すべき相手が声を発した。
***
数時間前
「音琶、何かあったでしょ」
「え?」
授業中、悠来が私の顔を覗き込むように話しかけてきた。
「何ボーッとしてんのよ、そんなんじゃ単位落としちゃうぞ?」
「あ......」
「好きな男の子でもできたのかな?」
「いや......! そういうわけじゃないんだけど......」
「むむ、それじゃどういうわけなのでしょうか」
「うん、あのね......」
好きな男の子がいるのは事実だけど、私が今考えているのはそれだけじゃない。どちらかというとこの前の見極めだ。
多分私達のバンドの中で一番出来ていたのは夏音だ、誰が見てもそう思うだろう。それとは反対に私が一番出来ていなかったと言ってもいいだろう。
私は悠来に、部長から配られた反省用紙を見せた。全体の出来が良くなかったからと言う理由で演者全員に配られた反省用紙、半分くらい書き終わってて残りの半分を書こうと思ってやめている。
なぜなら、このまま書き続けたら行数が足りなくなりそうだからだ。
そうならないためにもう少し文章を考えないといけないんだけど、書く内容があまりにも多すぎて行き詰まっている。
「何これ......」
「本番までにできなかったとこ直す為の目標、みたいなのかな」
「なるほど......」
反省用紙を見るなり悠来の表情が難しくなって、暫くそれを見つめていた。
それから数秒後、私に視線を移してこう言った。
「何でわざわざそんなこと書く必要があるの? そんなの自分でどうにかすればいいのに」
「うん、そうなんだけど......」
「変なの」
そう言いながら再び紙を見つめだした悠来は、私の文章を読み返してた。
「ねえ、悠来は練習順調なの?」
悠来の所属しているジャズ研は、軽音部の1週間後に体育館で新入生ライブをすることになっている。
勿論それに行く予定だし、悠来も私達のライブを見に来てくれることになっている。
私自身、この前の見極めで沢山やらかして不安な気持ちになっているから、悠来が組んでいるジャズバンドの進み具合が気になった。
「うーん、あんまり良くないかな。課題が盛りだくさんなのは私も一緒」
「そうなの?」
「うん、私ドラムだからみんなを引っ張らなきゃいけないんだけど、なかなかそれが難しいんだよね。一人で練習するときは大丈夫なんだけど、いざみんなで合わせるってなると原曲とは全然違って聞こえちゃうから」
「......」
悩んでいるのは私だけじゃなかった。悠来の話し方からしてジャズ研は反省用紙みたいなのは配られてないんだろうけど、壁にぶつかっているのはサークルは違えど同じなんだな......。
「でも、下手でもみんなで頑張ろうって話してるから、本番まで少しでも良くなるように頑張ってるよ」
「悠来、大変なんだね......」
「音琶も、こんなの書かされたりで大変だと思うけど、私ライブ楽しみにしてるよ。だから頑張って!」
「うん......」
一人でも多く、楽しみにしてくれてる人の期待に応えないと。
ずっとそんなことを考えていたけど、私に出来るだろうか。いや、出来ないとダメなんだ。
「音琶さ、少し誰かの目気にしすぎじゃない? 音楽っていうのはさ、もっと気持ちを楽にしないと楽しくないと思うよ?」
「悠来......」
「ま、私も人のこと言えないんだけどね」
悠来は苦笑しながらそういって、反省用紙を私に返してきた。
・・・・・・・・・
授業が終わったら一旦部屋に戻ってギターを取り出し、部室に向かう。
反省すべき部分は把握仕切っているから、それを言葉で表すだけじゃなくて、ちゃんと演奏で表してやろうと思う。
ライブでやる曲は全部で2曲だけだけど、曲数が少ないからこそ細部まで聞き入れて、どのように工夫して弾いていこうかを考える余裕ならあるはず。
だからこそ尚更弾けていないといけないのだ、悠来の言葉が私の救いになったかどうかはわからないけど、緊張して弾けなかったってことは、気持ちを楽にすることができなかったってことだから、決して意味が無かったわけじゃない。
そういった感覚を掴むのも大事だし、どうすればちゃんとした演奏ができるのかをもっともっと探していかないと。
今までバンドを組んだことがなくて、ずっと一人でギターを練習していたなんてことを言い訳になんてしたくない。
本番まであと5日しかないけど、この短い時間でどうするべきか、そんなの充分にわかりきっているんだ。
ギターを抱え、部室に辿り着くとそこにはまだ誰もいなかった。
電気を付け、ギターをケースから取り出してアンプに繋げる。
イヤホンをつけながらスマホで曲を再生しようとしたその時、画面にあいつの名前が映し出された。
「夏音......」
思わず声が出ていた。昨日から何度かLINEが来ていたけど、何となく気まずさを感じて既読を付けていなかったのだ。
というか夏音がどんな文を送っていたのかすら覚えてないけど。
私がなかなか既読を付けないから痺れを切らして電話してきたのだろう、本当はあまり電話に出られるほどの精神が持たれていないけど、どうしよう。
数十秒ほど迷っている間も電話は切れることはなく鳴り続けている。また私の鼓動は早くなり、スマホを持つ左手には汗が浮き出ている。
「......もうどうにでもなっちゃえ!!」
誰もいない部室で一人叫びながら、私はとうとう電話に出たのだった。




