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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第8章 UNFORGETTABLE
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本気、相手に伝える

 何はともあれ、このまま音琶を放っておいて本番に臨むのは間違っている。

 授業が終わったら電話かけてやってもいいよな。


「授業終わったぞ、ほら行ってこい」


 今日分の授業が終わった瞬間、日高に背中を押され俺はやむなく音琶に電話を掛けることになった。

 別に今すぐじゃなくてもいいってのに。


「夏音君、頑張って!」


 結羽歌に言われた言葉の意味がわからんけど、とりあえずLINEで音琶のトークを開き、電話をかけようとした。

 それにしても頑張るって一体何のことやら。


 日高達と別れ校舎を出て、右手の親指は画面に映る電話のマークに触れようとしていたが...


「あれ?」


 俺が画面に触れるより先に、結羽歌のスマホが振動していた。

 左ポケットからスマホを取り出した結羽歌は画面を見るなり固まってしまい、数秒置いた後俺にトークの内容を見せてきた。


「ねえ、これどうしたらいいかな......」

「は?」


 突然のことに若干戸惑ったが、されるがままに画面を拝見した。

 送り主は琴実で、今から正門前の学食の玄関に来いとのことだった。

 また宣戦布告でもするのだろうか、あいつのことだから無視してもいい気がしなくもないが、どうするか決めるのは俺でなく結羽歌だから勝手に判断はしない。


「どうするかはお前が決めろ」

「あ......うん、そうだよね」

「俺は音琶に電話するからな」

「あ、待って」

「何だよ」

「私、行くから、夏音君にも来て貰えたらいいんだけど......」 

「......それもお前の判断ってことか。別に付き合ってやってもいいけどな」

「うん、ありがと」


 結局スマホの電源を切り、結羽歌の頼みを聞く羽目になっていた。

 電話は、この用が済んだら絶対にしよう。


 ・・・・・・・・・


「やっと来たわね」


 言われた場所に辿り着いた俺と結羽歌は、学食の玄関前というよりもその近くにある掲示板の前で足を止めた。

 若干苛立ったような表情で腕を組んでいる琴実に第一声を浴びせられた。

 やっと来たとか言ってるけど、突然呼び出された身からしたらまだ早いほうだと思うけどな。


「それで、要件は何だよ」

「あんたには言ってない」

 

 まあそうだよな、琴実からしたらまさか俺までついてくるなんて思ってもいないだろうし。


「ねえ結羽歌、このポスターどう思う?」


 そして琴実は、掲示板に貼られている先日完成したポスターを指さしながら結羽歌に言った。

 まさかとは思うが、貼られているポスターの感想を聞くためだけに呼び出したとかじゃないよな。


「どうって......、色とか綺麗だと思うよ」

「私がこれを完成させるまで何時間掛けたと思う?」

「え?」


 俺は、琴実の口調がいつもと少し違っていることに気づいていた。

 ポスターを完成させるまで何時間かかったか、計測でもしない限りわかるわけないし、本人だってわかってるか危うい。

 ならどうしてそんなことを聞いているのか、答えは一つしかないだろう。


「......私自身何時間、いや、何日かけたかすら覚えていないわ。でも、あなたがベースを練習していた時間よりずっと長いはずよ!」


 琴実の声がどんどん荒くなってきている。興奮するのも無理ないよな。


「私がポスター作っている間、きっと結羽歌は私よりもずっと練習していたと思う。私だって本当はもっと練習する時間が欲しかった。でも、作らなきゃいけないものがあるから出来なかった」

「琴実ちゃん......」

「この前の練習の時、私がなかなか練習出来ていない間にあなたの実力がどんどん上がっていて、凄い焦ったわ。自分から勝負しかけておきながら負けるんじゃないかって弱気にもなった」

「そう......、だったんだね」

「......でも、この前の見極めでそれが過信だったって思ったのよ」


 最後の言葉、琴実の口調がどんどん暗くなっていき、興奮というよりも怒りが伝わってきた。


「あれは何? 緊張していたのか何なのかわからないけど、あんなんじゃ勝負にならないじゃない! 練習の時より全然リズムについていけてないし、聞いてられなかった!」

「それは......」

「言い訳なんていらない! 私はあなたと本気でぶつかり合いたいの! あんな演奏で勝ったって嬉しくないし、勝負にもなってない!」


 まあ、そりゃそうなるわな、実際に見極めの時に琴実は安定した演奏をしていたし。

 本来の結羽歌の実力と比べればいい勝負ができるものだと俺自身も思っていたが、結羽歌本人はどうだ。その場の空気に押されて緊張していたのは本当だろうし、それが原因で上手く弾けないことだってある。

 琴実はそれが許せなかったのだ、これはもう性格の問題を言い訳にしていい次元の話ではない、勝負するからには互いに本気でぶつからないと意味が無いからな。


「......」

「本番、あの状態で私と張り合おうなんて思わないで」


 琴実はそう言い残して学食の中に入っていった。


 いやそこは部屋に帰る所だろ。 




「随分と言われたな」


 それから俺は、掲示板の前で立ち尽くしている結羽歌に話しかけた。

 音琶みたいにからかってやろうかと思ったが、この前みたいに泣かれても困るからやめておくことにした。


「うん」

「どうするんだよ」

「そんなの、琴実ちゃんに認められる演奏をするんだよ」

「それだけか?」

「それだけじゃ......ないけど、とにかく、見極めの時みたいなことはしたくない。だって、私だって嫌だもん」

「......何かお前、強くなったな」

「え!? そう、かな......」

「前にも似たようなことあったけど、その時は折れてただろお前」

「あー......、あんまりあの時のことは言わないでほしいかな......恥ずかしいから......」

「わかったよ」


 結羽歌と話してると、音琶とはまた違った意味で調子狂うな。


「でもちょっと、目が覚めたかな」

「それならいいか」

「部長から貰った反省用紙、書くこといっぱいで1枚じゃ納まんないかも。上手く要約しないとね」

「書いたこと全部、本番に活かせる自信はあるのか?」

「大丈夫だよ、多分」

「多分じゃダメだろ」

「うん!」


 きつい言葉を掛けられた人とは思えない表情で結羽歌は大きく頷いた。

 後は、反省材料がしっかり活かせればの話だがな。


「言い忘れてたけどな、リハーサルの時に関係ないフレーズは弾くなよ」

「え?」

「俺らがやる曲にスラップ奏法なんて必要ないだろ」

「!!」


 ああ、こいつ本当にリハーサルの意味理解してなかったんだな。

 演奏よりまずはそっちを改善すべきなのではないだろうか。


「このことも、反省用紙に書いとけよ」


 拍子抜けした結羽歌を追い抜いて、俺は一人部屋に戻った。

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