二人、デートではない
「それでね、この前改めて結羽歌誘ったんだけど、考えてくれるみたい!」
1階に位置するフードコートの席に座り、俺と音琶は向かい合って話していた。
「この前のベース希望の奴か。どうだろうな、お前とは性格が真逆だから断られたりして」
「またすぐそういうこと言うんだから......」
「俺はそういうこと言う人間だからな」
思ったままのことを音琶に返す。
実際に池田さんは積極的なタイプではない、音琶と釣り合うには時間がかかるだろう、とな。
「そうやって人を見たまんまで分析するのは良くないよ!」
「......」
説教された。
何と言うか、こいつといると退屈しないな、いつの間にかそう思っている自分が恐ろしい。
「それよりも、席取ったんだから何食べるか決めないと」
こいつが口を開くと何時間も経ってしまいそうなので話題を変える。
昼を食べるためにフードコートに来たのだから、話しているだけでいる訳にはいかない。
そこは客としての最低限のマナーは守るべきだ。
「そうだね、ここ色んなのあるけど何にしよっか」
音琶が切り替えの早い奴で助かった。なんだかんだでこいつとはまともなやり取りができているのかもしれない。
いや、そうでもないな。
フードコートにはマックやミスドのようなお馴染みの店は勿論、普段あまり目にしないようなラーメン屋やうどん、蕎麦の店、丼ものの店が並んでいた。
「んー、どれにしようか迷っちゃうね」
「俺カツ丼」
「早っ!」
飯を選ぶのに基本俺は迷わない。迷う時間がもったいないし、迷ってても腹が減るだけだ。
それに比べこいつときたら......。
音琶は既にフードコートを3周しているのにも関わらず、何を食べるのか未だに決められないでいた。
「早くしろよ、あと30秒以内」
「待って! もうすぐ決まるから!」
さっきから同じような会話繰り返してるんですけども。
「もう私夏音と同じのでいい!」
ヤケクソ気味になって結局俺と同じカツ丼を選んだ音琶は、少しむくれていた。
相変わらず表情豊かなやつだ、喜怒哀楽という言葉は音琶の為にあるのかもしれない。
金は先払い制だったから、店員にカツ丼分のお代を差し出し番号札をもらい、呼ばれるまで席で待つことにした。
「お腹すいた~」
音琶が呟く、そりゃあれだけ迷ってたからな。
「少しぐらい我慢しろよ」
俺は頬杖を突き、呆れ気味になって言った。
「夏音ってさ......」
音琶が口を開いた。今度は何を言い出すのだろうか。
「何だかんだ、優しいよね」
「......」
......こいつは何言ってるんだ?
俺が優しい? そんなわけあるか。
俺は今まで誰からも疎まれ続けた人間だ、そんな奴が今更優しい人間になれるわけが無い。
特に音琶には冷たく当たっている自信がある。一体こいつは俺のどういう所を優しいと思ったんだ? 理解が出来ない。
「そんなわけあるかよ」
そう言いながらも、音琶が次に何を言うのか気になっていた。
優しいなんて言葉を誰かに言われるのは初めてだったから、奴の真意を探りたい、という想いでだ。
「確かに夏音は口悪いし、目つきも悪いけど、さっき私にピック買ってくれたし、何よりもバンド組んでくれるって約束したじゃん、それに今私と一緒に居てくれてるし」
「それだけでそう言えるなんて、お前にとって優しいって言葉は随分と価値観の低いものなんだな」
「そうかもね、でも私がそう思えればそれでいいの」
「何だよそれ、まあお前は自由人だから簡単に満足できるんだろうな」
「ひどーい」
そうやって、下らない話に花を咲かせている内に番号が呼ばれた。
その後は特に他愛のない話もすることなく、二人同じカツ丼を食べた。
・・・・・・・・・
「今日は色々ありがとうね」
帰り際、音琶は俺にこう言った。
「なあ、俺なんかと居て音琶は楽しいのか?」
ずっと気になってたので思わず聞いてしまった。
その疑問に対し、音琶は迷いなく言う。
「うん! すっごく楽しいよ!」
満面の笑みだった。この言葉にも、表情にも嘘は感じられない。
「そうか、ならいいけど」
実際、音琶と居ると少し落ち着く。
もう少し、こいつには心を開いてみるか? それができる保証はないけど。
「それじゃあ、また明日ね!」
音琶はそう言い残し、去って行った。
また明日って、俺とお前はクラス違うだろ、また部室に行くことになるのだろうか。
あいつの後ろ姿を眺めて思う、俺と居ると楽しい、か...。
音琶の歩いてる方向からすると、やっぱり大学の近くに住んでいるようだった。俺の部屋からもそう遠くなさそうだ。
......俺が音琶の部屋に入るのはまだまだ先のことになるがな。
「俺も帰るか」
晩飯の準備もしなきゃいけないので、日が暮れる前に帰ることにした。
本音を言うと、俺も楽しかった。
どうしてそれくらいの言葉も言えなかったのだろう、特に意味も無くそう思った。
......あいつ、ピックちゃんと使ってくれるかな......。
***
「~♪」
無意識に鼻歌を歌っていた。
夏音と買い物をして、お昼ご飯まで一緒に食べた。
それだけで私は幸せだった、あの人との楽しかった日々のようだったから。
それにピックまで買ってもらった。でも、使うのが勿体ない。
欠けてしまったら凄く悲しい気持ちになりそうだから......。
あの人からもらったピックはいくら欠けてもこんな気持ちにはならなかったのに、どうしてなんだろう。
この気持ちに気づくのは、もうちょっとだけ先になりそうだった。




