守護
「スタッフの皆さんを巻き込むことになってしまって申し訳ないと思うのだが……」
クレイトさんはそう前置きした。
「今後のためにぜひ皆さんに手伝っていただきたいのです。近々颶風竜リヒューサとの模擬戦をエテルナ・ヌイで行う予定となっています」
戦闘とは無縁のシムーンさんが明らかに当惑している。
まーそりゃそうだよな。
孤児院のスタッフとして雇われたら竜と模擬戦やります、とか言われたら。
むしろ平然と受け止めている他のスタッフがすごすぎるだけなんだけど、前歴を考えると納得できる。冒険者か将軍だもの。
「あーもちろんシムーンくん、あなたに戦えという話ではないので安心してほしい」
あまりにも狼狽えていたのでフォローが入った。
「他の、ファーガソンくんや元冒険者、あージャービスさんは除きます、の皆さんには模擬戦自体に参加してもらいたいですがね」
ジャービスさんはがっかりしている。元冒険者なら竜と戦いたいのも分かるけど、ジャービスさんはもうかなり元だしな。
「この戦いはイベントとしたいとも考えていますので子どもたちにも見学に来てもらおうかと思っています。ジャービスさんとシムーンくんにはその子どもたちの管理をお願いすると思います。その際、年長組のアエラスとフレデリックには子どもたちを代表してお二人の手伝いをしてもらおうとも思っています。あとダロンとパトリシアにも」
クレイトさんはそこでいったん話を切った。息継ぎする必要はないから、なにか意見がないかと止めたのだろう。このタイミングではなかったみたいだ。
「ダロンは怪力、パトリシアは魔法の才能というギフトを授かっています。この子たちは今後そのギフトの持つ力を期待されることでしょう。なので今からそのサポートをしていこうかとも思いましてね」
子どもにも手伝ってもらうのか。たしかにダロンなら年の割にはしっかりしてるし大丈夫だろうけど、パトリシアは大丈夫かな? ギフトとしてはかなりレアで強力らしいけど。
「ああ、それとフィオナやエドガー、カールの3人も魔法が使えるのでしたね。ついで、といってはアレですがこの子たちにも手伝ってもらいたい。将来役に立つだろう魔法を覚えてもらいたいのです。特にフィオナ、彼女の魔法は治癒の方に向いているとのことでしたのでモーガンくんに任せたいと思っています。他の子、パトリシアも含んで、は私とアルティナ、それに体調がよければロメイくんに頑張ってもらいたい」
モーガンさんは名前を呼ばれた時に返事をしていた。ロメイさんはベルカちゃんを抱えたままだったが目が燃えている感じだった。
「アレックスくんとビルデアくんはダロンと年長組の二人にある程度の護身術を教えていただきたい。適正があってる方が」
これは重戦士としてか軽戦士としてかってことかな。
ダロンの怪力を考えるとダロンには重戦士の方、アレックスさんの方がいい気もするけど、本人の性格とかそういうのにも関係してくるのかな。
ファーガソンさんが手を上げた。
「どうぞ」
クレイトさんが発言を促す。
「子どもたちにも戦闘を教えるのですか? この平和な国でそれは必要ないかと思いますが」
クレイトさんの顔が曇った。発言に気分を害した、ってわけじゃなさそうだけど。
「はい。たいへん残念なことですが、近々騒乱が起きる、と私は確信しています。この国、町が巻き込まれるかまでは分かりませんが。それに子どもたちも将来においてもずっとこの国にいるとも限らない。戦闘とは言いますが護身として考えてもらいたい。私としてもこの確信がなければ子どもたちに余計な色はつけたくはないと思っていましたが、子どもたちが取れる選択肢は増やしてあげたほうがいいとも思いましてね」
「そうですよファーガソンさん、出来ないのはつらいですし、申し訳なくも思いますし、自分の身は自分で守れるのが一番だと思いますよ」
シムーンさんがクレイトさんの応援をした。シムーンさんはスタッフの中で唯一戦闘ができないからなぁ。
「もしよければ私もその護身術を学びたいです!」
「そうだなぁ、素人でも攻撃の避け方、受け流し方ぐらい知ってても損はしないかもな。襲ってくる奴らの方法論や心理を知っていたらだいぶ違うだろうし」
今度はビルデアさんがシムーンさんの応援をした。さすがフォローの達人だ。
「確かにその通りかもしれません。すいません、私の考えが狭すぎました」
ファーガソンさんが頭を下げた。
「謝ることでもないですよ、ファーガソンさん。意見は出し合って調整していくものですし」
俺はファーガソンさんの想い、というかなぜ将軍をやめたのか知っている。
だからファーガソンさんがなぜこういった発言をしたのかはそれがよく分かる俺がフォローにまわらないと。
上手くフォローできたのかどうか、いまいち自信ないけど。
「なるべく早めにしたいので次のタイミングで行おうと思っているので、準備期間はほとんどありません。ですから本格的なことは後々に、という感じでこれをきっかけにしていく、という風にお願いします」
クレイトさんはそうとう危機感を持っているようだ。東でのことは少し聞いたけど、それほどだったのかな。
まあラカハイが東からエテルナ・ヌイを差し置いて何かされるってことはないだろう。まずエテルナ・ヌイからだ立地的に。
そのエテルナ・ヌイの前にリザードマンの村があるし、その村の防衛力も上げていく感じだしな。
話が終わってもスタッフたちはそのまま残って、各々で話し始めた。
疑問点や方針のすり合わせをして、クレイトさんや俺に聞くためだ。
立場的にクレイトさんは出資者ではあるけど経営者ってわけでもないしな。
大まかな指針を頼みはするがどうするかは経営者、うちの場合はジャービスさんになるのかな、に任せるという感じだし。
実際現在もスタッフの意見を取りまとめてクレイトさんに聞いてるのはジャービスさんだ。
ファーガソンさんやアレックスさんは部署の長みたいなものか。別に正式にそうしてるわけじゃないけど自然とそうなった。
一通り質問攻めが終わったあたりでクレイトさんに呼ばれた。
「はい、なんでしょう?」
「確かファニーウィーカーに声かけるのはまだだったよね」
「はい、なんか都合が合わず、すれ違ってますね」
「では明日、僕も一緒にゴールドマン商会に行こう。そうすればいたらなんとかなるだろう。僕もアンソニーくんと話がしたいしね」
「ああ、そういうことならありがたいです。明日、一緒に行きましょう。……ユーリアはどうします?」
「本人に聞いて、どっちでもいいとかなら屋敷に任せよう。お酒絡みの話になるからユーリアには退屈だろうからね」
「了解です。今日はこれからどうされます?」
「ん? 僕はこれから小屋に戻ってやるべきことをやらせてもらうよ。出かけてたからしばらくやってないしね。君たちは屋敷で泊まるといい」
「わかりました。そうしますね」
スタッフたちは早速明日から始めることにしたので、その準備のために今日の残り時間を使うようだ。俺も手伝えることがあったら手伝うことにした。
アレックスさんと一緒に武器屋にいって安い片手剣を数本買うことになった。訓練用だ。
「木剣とかじゃダメなんですか?」
「ダメということはないけどね。そもそも木剣なんて売ってないしね。それに短期間でそれなりにするには実際のものを使ったほうがいいからね」
ということで数打ちの剣を安く買うことになった。大量生産されたものの中古品とはいえ、さすがに数を買うとそれなりの値段になった。
「盾は教えないんですか?」
「今回はね。盾は用意するにもお金が嵩む割に必ず必要ってわけでもないしね。護身なら特に」
「盾って守るものだから護身に使えるのでは?」
「普段持ち歩くものでもないからねぇ」
ああ、そうか。剣だったら持ち歩くことが多いし、代わりとなる長いものとか多いけど、盾を持ち歩く人は町中にはいないし、代わりになるものも少ないからか。