心音
「そのせいか、リザードマンの村周辺も急激に危険になりつつあるようなんだ。だから防衛力の強化が必要でね。自立型ゴーレムを何体か設置してきたが、それだけでは心配でね」
何をしてきたんだろう。
「ハギルたちの村をリザードマンの村と隣接するように、というか一緒に住めるようにしてきた」
「え? よくリザードマンが許してくれましたね」
「ああ、そうとう向こうも悩んだようだがね。リヒューサが説得してくれたよ。今後は異種族とも仲良くしていかないと生き残るのは難しいって。実際リザードマンたちもガディスのせいで半壊状態だったしそれほど食性もかぶってないようなので共存できそうだということだ」
ガディス? ああ、前に攻めてきたネクロマンサーの名だったっけ。そういえばリザードマンの村も襲ったんだったか。
「ナーガラージャたちがリザードマンの村に移動するとなるとヴァルカもその守護神として居着くことになる。ヴァルカに敵うものはそれほどいないはずだ。リヒューサもすぐに飛んでくるしな」
なるほど。ナーガラージャたちに加えヴァルカまでいるとなるとそう簡単に襲われたりしないよな。
「ヴァルカさんいなくなっちゃうの? かわいいのに」
凶悪な見た目のはずのヴァルカもユーリアにかかればかわいい、か。まあ確かに性格はかわいいと言えると思うけどさ。
「ああ、そのへんも考えてな。エテルナ・ヌイにもうヴァルカの住まいも準備してるし、あっちにも住まいを用意してもらおうと思ってる。すなわちどちらかにはいる、という感じに。ヴァルカの速さならリザードマンの村まですぐだし」
「なるほど。けどエテルナ・ヌイの住処に戻る理由、ヴァルカにあります?」
「こっちの住処には金貨のベットを用意しようと思ってる。ヴァルカにとっては良い条件だと思う」
ああ、それはいいかも。よりドラゴンらしくなる。
「良かった。時々いるんだね、ヴァルカさん」
「ついでに僕たちの蓄えも一部そこに置かせてもらおうかな、と。いちいちあそこに行くのは面倒だし、防備の面でマイナスだしね」
それはとても助かる。手間なのもあるけどあそこ怖いんだよ。一歩間違ったら死ぬから。
「それとリヒューサとの模擬戦も早めに行っておきたいんだ」
「それはなぜです? 一応話は進めていますけど」
「ああ、なんか見られてる気がするんだ。こっちの戦力を見定めようとしているような。たぶん東のゴブリンどもだと思うんだけど」
「見られてる? そんな力がゴブリンにあるんですか? それにそれならこっちの戦力を見せちゃっていいんですか」
「普通はないけど今のゴブリンたちならありえそうなんだ。こちらとしては攻められたくないからね。例え勝てる相手でも」
「抑止力ってことですか?」
「そうだ、こっちは相手が弱小でも攻められたら誰かが死ぬかもしれないし、それは困る。なら戦力がバレてでも、こっちを攻めたら生きては帰れない、攻めるだけ無駄だと思わせたほうがいい」
「でも今の戦力を知られて、それ以上の戦力で攻められたらどうするんです?」
「その場合は知られていようが、いなかろうが関係ないだろ?」
それもそうか。こっちは限界まで戦力を集めてるのに、それ以上を集められるならそもそも勝てるはずがない、ということか。
こっちを侮って小さな戦力で攻めてきて壊滅し、そのせいでこちら以上の戦力を集められなくなった、とかいうレアケース以外。
こっちはそもそもその小さな戦力でも攻められたくないんだし。
「こちらはファニーウォーカー以外の手配は済んでいます。あとアイアンゴーレム用の鉄も買い込んであります」
「さすがだね、リュウト。さすが僕の跡を継いでくれる者だ。その調子で頼むよ」
すっごい笑顔で切なくなるような事言わないでくださいよー。
お茶を終えてから三人で屋敷に戻った。
久々の登場とあってクレイトさんの周りにすぐに子どもたちが集まってくる。
しかし今日から俺もユーリアも子どもたちを止めなくていい。しかし今までのこともあってか子どもたちは必要以上に近寄ってこなかった。
と、思っていたら小さなルクスがとことこと歩いてきてクレイトさんの足に掴まった。
クレイトさんがその場でしゃがむとルクスはにこっと笑った。
ルクスはもうそろそろ二歳になるらしいが、俺の元の世界的には一歳程度にしか見えなかった。
それは体格もだし蓄えた知識もだった。
屋敷に来たばかりの頃は一人で食事も取ることも出来ず一言も話せなかった。
しかし屋敷に来てからはみるみるうちに成長し、体も大きくなってきたし、しゃべって自己を主張するようにもなった。
もちろん今は一人で食べれるし、トイレにすら一人でいけるようになった。
正直これは元の世界以上な気がする。
今までは与えられなかっただけだったんだなぁ、と思う。
これはルクスだけでなく他の子も程度の差はあるにせよ、そんな感じだ。
年長組のある程度育ってしまっていた子でもそうだからな。
そんな、地頭は良さそうなルクスだから、すでにクレイトさんのおかげだと気づいているのかもしれない。
元からクレイトさんの近くではすごく機嫌がいいと言うか良い子だったからなぁ。
普段は悪い子という意味ではなく。
『僕は心が読めるからね。もちろんルクスの考えも。ルクスはまだうまく言葉にして意思をまとめてはいないけど僕ならある程度分かるからね』
俺の考えを読んでか念話でそう教えてくれた。
なるほどなー。
自分の意志をちゃんと理解してくれる人ならそりゃなつくよな。
けどクレイトさんでもある程度しか分からないのか。
『ルクスの思考はまだ言語化されてない部分も多いからね』
言語化されてないとわからないものなのか。読心ってのも難しいんだな。
そんな感じでクレイトさんはルクスを抱っこしてあげていた。クレイトさんも触れるようになって嬉しそうだ。
そうこうしてるうちにアレックスさんもロメイさんをともなってクレイトさんの前に来た。ロメイさんは赤ん坊を抱えている。
「クレイトさん、おかえりなさい。おかげさまで留守中に無事子供を授かることが出来ました。今後ともより頑張りますので、よろしくお願いします」
そう挨拶して二人して頭を下げていた。
ルクスを抱えながらクレイトさんがロメイさんの手の中にいる子供を覗き込む。
「無事に生まれてくれてよかった。無理をしないように頑張ってほしい。ところでもう名前は決めたのかい?」
ルクスが赤ん坊に手を伸ばした。危ない、と思ったが心が読めるクレイトさんが対応してなかったので大丈夫なのだろう。
ルクスは優しく赤ん坊の頭を撫でた。普段は自分がされているように。
「ルクスも歓迎してくれているようです。いいお兄ちゃんになってくれそうだ。この子の名前はいくつか考えていたのですが女の子でしたので候補の一つだったベルカと名付けました」
「もしよければベルカも抱っこしてやってくれませんか?」
ロメイさんがクレイトさんにそう頼んだ。
その言葉に気を利かせたのかベルカの頭をなでていたルクスが急にバンザイの姿勢を取った。別の人に移るために。
「ルクスはかしこいな。よし俺の方に来るか?」
そういって近くにいたアレックスさんにルクスが移動して、ロメイさんの元にいたベルカはクレイトさんの手に包まれた。
とたんにベルカはむずがって泣き出してしまったので慌ててロメイさんの元に戻すとすぐに泣き止んだ。
「やれやれ嫌われてしまったようだね。まあ仕方ない」
「いえ、とんでもない。私とアレックス以外で初めて抱っこしてもらったせいかと」
ロメイさんが慌ててフォローする。
『もしかすると僕に心音がないせいかもね。そういうのに赤ちゃんなら敏感だろうから』
あー、それはあるかもですね。生まれて間もない純粋さだからこそ、ごまかしが効かないというのはあるのかもしれません。
『それに思った以上に生命力に満ち溢れていた。リヒューサのお守りのおかげもあるのかな』
竜のうろこのお守りはベルカのまとった産着に止めつけられて布で覆われている。今も常にベルカと近くにいるロメイさんを守ってくれているはずだ。
「ベルカのためにも僕の責任はより重大になったが、ちょっと厄介なことになってきている。スタッフ全員と話したいんだが、いいかな? あーロメイくんは疲れたならいつでも言うように。我慢してはダメだぞ」