ニホン的食材
「やあ、おまたせしました。リュウトさん」
奥から、いなくなっていた若い人をひきつれてアンソニーさんがやってきた。
「こんにちは、アンソニーさん、今日は買いたいものがあったのでこちらに来ました」
「わざわざうちに買いに来てくださるとはありがたいですね。皆様こちらへどうぞ」
そういって店の奥に案内された。商談用の部屋かな。俺とビルデアさんが席につくと、アンソニーさんとダグサさんが向かいに座った。
若い人は部屋には付いてこなかったが、一人の女性とともにお茶を持ってきてくれた。
「はい、先程副店長さんにも聞いたところ、ちょっと厳しいっぽいんですが、やくそうの葉を売っていただきたくて。しかも安定供給というか、屋敷での食事に取り入れたいのです」
「やくそうの葉、ですか。なるほどダグサが難しいかもというのも分かります。リュウトさんならある程度ご存知でしょうから言いますが、最近都市連合が買い漁っていましてね、やくそうの葉を。少々品薄なのですよ」
出されたお茶は高級っぽい紅茶だな、これ。もちろん真っ白な砂糖もついてきている。
お茶請けは、クッキーのようだ。元の世界のクッキーのようにサクサクで甘い。
「ええ、なんでも都市連合が戦争の準備をしているのでは、という話ですね」
「はい、そうです。王国の葉もだいぶと買われていっているようでしてね」
思わずビルデアさんと顔を見合わせる。
「えっと、俺はクレイトさんとこの屋敷で飯番してるものなんだが、料理用だから村のガキが食う程度のものでいいんだけど、そういうのも無理かね」
「そうですねぇ……」
アンソニーさんが言葉を濁して俺の方を見る。よくわからないがとりあえずうんうんと頷いてみる。
「うちは本店が帝国にありますから品薄とはあまり関係ないんですが、帝国から距離ありますし、ラカハイ独自の問題もありまして、他の町で買うより若干高価になってしまいますが……」
「品薄関係ないんですか」
「ええ、その買い集めてる都市連合が狙ってるのが帝国でしょうから、帝国の葉は一切都市連合には売ってませんから」
なるほど、そりゃ敵国に戦争に必要なものを輸出するとかないか。
「ただ先程も言いましたとおり、王国でも都市連合の商人が程度の低い葉までも買い漁っていますので、近場から持ってこれなくなってるんですよ。となると帝国から持ってこないといけませんが、その場合だと保存魔法と馬車税金が多くかかってしまいましてね。どうしても値段に反映しちゃうんですよ」
「どれぐらい値上がりしてるんだ?」
ビルデアさんが素でアンソニーさんに聞いている。……たしかにあまり交渉は得意ではなさそうだ。
「そうですね、だいたい普段の倍ぐらいですね」
「倍かー、けっこうするなぁ。元々それほど安くもないしなぁ。ポーション用に使えないようなのは安かったと思うんだが」
「そのポーション用に使えそうもないものまで買い漁られていますから町まで持ってこれないんですよね。となると帝国からということになりますが、そうなると輸送距離がありますからポーションに使えないものだからといって保存魔法をかけないというわけにもいきませんし、となるとわざわざ程度の低いものを持ってくる必要もないわけでして」
「なるほど、ということは今は値段は高いが効果も期待できるって感じか」
「ええ、そうですね、特に我が商会はやくそうの葉を専門に育てている村をかかえこんでおりますから品質には自信があります」
「どうする? リュウトさん」
「いつ安くなるか分かりませんし、幸い懐には困ってませんから高くても仕方ないかな」
「ええと、ポーション用ではなく料理に使うんでしたよね。今回だけですか?」
「いえ、今後はずっと食卓に出していきたいかな、と。定期購入したいですね」
「定期でしたら輸送計画に練り込めるので少々勉強させてもらいますよ」
「ビルデアさん、やくそうの葉を定期的に食べるなら、屋敷でどれぐらい必要かな?」
「そうだなぁ、たくさん食っても効果が上がるわけでもないし、一食一束もあればいいんじゃないかな。一日三束だな」
「保存魔法かかってるなら一月分まとめて買ってもいいですよね。少し多めにして百束を一月ごとに、ということでどうですか? あとそれにユーリアのポーション作りにも使いたいのでそれ以上かな」
「では百二十束程度ですかね。その程度でしたら捻出できるかと思います。しかし今は在庫がそれほどありませんので、今はしばらく分しかお譲りできませんね。まあそれがなくなる頃には多少入れておきますので、少々お手間かけますが小分けにしてなら渡せると思いますし、まとめ買いも1ヶ月後ぐらいから可能になると思います」
「ありがとうございます、それで構いませんのでぜひ譲っていただきたいです。あとこれは相談なんですがやくそうの葉のような効果が期待できる食品って他に取り扱っていませんか?」
「そうですねぇ、王乳とかどうですか? かなりお高いものですし、蜂蜜に混ぜて食べるぐらいしか出来ませんが、相当良いと聞きますよ。在庫もありますし、蜂蜜とご一緒にどうですか」
「王乳ですか? 聞いたことないなぁ。けどそんなに良さそうなものならロメイさんとかにいいかもな。蜂蜜は赤ちゃんには食べさせれないけど。ああ、それとすぐに食べれる蜂蜜や砂糖を使ったお菓子も多めにほしいです」
「王乳で思い出したが、何かの乳はあるかい?」
「そのまま使うものですか?」
アンソニーさんは思い当たりがなかったのか小声で隣のダグサさんに話しかける。代わりにダグサさんが答えてくれた。
「今すぐ渡せるものにはヤギの乳ならありますね。ただ輸送に魔法と瓶を使ってますのでお高いですし量もそれほどありません」
「赤ちゃんも乳を飲むんだから体に悪いはずないし、料理に使いやすいからな。それもほしいかな」
「乳があればホワイトシチューとかも作れそうですしね。ああ、そうだ。醤油や日本酒、味噌、マヨネーズはありますか?」
ダグサさんが驚いた様子で答えてくれる。
「ええ、少量ですがありますよ。どれも特品ですのでお値段はりますが」
「さすがアンソニーさんの店だ、なんでもありますね。卵とかもありますか?」
「ええ、鶏の卵がありますよ。魔法をかけたものとかけてないものがありますが」
「どう違うんですか?」
「はい、帝国には卵を生で食べる風習が一部にあるので生で食べれるよう、回収してすぐに保存魔法をかけたものと、加熱料理前提の普通のものとがあります。もちろん魔法がかかってるほうがお値段は高くなります」
「卵は栄養豊富でいいはずですし、それもいただきたいですね。もう、あれですね。アンソニーさん」
「はい、なんでしょう?」
「うちの屋敷向けに、今さっきいったものすべて、定期購入で都合していただけませんか?」
「はい、合計するとそうとうお高くなりますが、それでよろしいですか?」
「ええ、どうせならアンソニーさんに儲けてもらいたいですし、それらが手に入るならとても助かりますし。ああ、そうだ何度も思い出してアレなんですが米もお願いしていいですか?」
「米ですか。特に体にいいとかはないですが……」
ダグサさんが面食らったようにそう言う。
「はい、米は俺の趣味みたいなものです。今まで手に入らなくて悲しかったので。醤油や味噌がある店なら米もあるだろうと思って」
「ええ、もちろんあります。米もパンに比べれば高いですが、今までおっしゃっていたものに比べれば安いですしね」
「リュウトさん、米とかしょうゆ? とか俺知らないから料理できないぜ」
ビルデアさんが困り顔で小声で話しかけてくる。
「大丈夫です。俺が教えますから! うまく使えば美味しいんですよ、これら」
「それではお渡しできるよう用意してきます」
ダグサさんが離席した。アンソニーさんは座ったままだから俺らも座って待ってていいのかな。
「リュウトさんありがとうございます。本日がここに店を開いて一番の売上になりますよ。それに定期購入とか。ここはいわば私のわがままで開いた店でしたからとても助かります」
「アンソニーさんはずっとここにおられるのですか?」
「いえ、さすがにそういうわけにもいかず。近々帝国へ戻らないといけないでしょうね。しかしここの店長は私ですのでまた来ますけどね。近いうちに墓参りもさせてください」
「はい、そういえば、えっと、ファニーウォーカーさんたちは元気にしてるんですか?」
「ええ、彼らはよく働いてくれてますよ。そういえば今度リュウトさんと飲むとか言ってましたね。もう飲んできたのですか?」
「あー、いえ、まだなんですよね。そのへんで雇い主のアンソニーさんと本人たちさえよければお願いしたいこともありまして」