補充
俺とクレイトさんが小屋を出て入口近くで待っていると、向こうからドゥーアさんが義体でこちらに向かってるのが見えた。……あんな遠くにいるのに来たのがわかったのかクレイトさん。
ドゥーアさんがこちら側に気づいたのか、走ってきた。
あーまーそうなるよなぁ。クレイトさん気を使いすぎて相手に気を使わせてしまってるのに気づいてなさそうだ。
『なるほどね。本当に近くにそういう感覚を持った者がいると勉強になるよ。今後は気をつけることにしよう』
「あー、そんなに急がなくてもいいぞ、ドゥーア殿」
そう言われても走るのをやめないドゥーアさん、まあそうだよな。
「いえいえ、こうやって走ることができるのもひとえにクレイト様のおかげですから。生前はこうやってよく走り回っていたものですよ」
と、近くまできたドゥーアさんの最初の言葉がこれだ。よく出来た中間管理職って感じだ。……考えてみれば町長ってそんな位置かもなぁ。
「それにこの体、魔力は使いますが疲れませんからなぁ。走っても支障はないです」
「そうか、すまないな。よく来てくれた。今日はどうも早めに到着するみたいだからドゥーア殿も早めに来てくれて助かったよ」
「おお、そうでしたか、それは良かった。私としましてはリュウト殿のお見舞いとこの者たちの紹介をしておこうかと思いましてな。まあ見たところリュウト殿へのお見舞いは必要なさそうですが」
といってドゥーアさんが立ち位置を横にずれる。元々ドゥーアさんが居た位置にぼんやりとした影が二体見えた。
ああ、これはエテルナ・ヌイでユーリアの近くで見えたスペクターか。
「アンデッドの身ゆえ、リュウト殿やユーリア様からの意思疎通は難しいですが、こちらはそちらのことはわかるので、護衛にはぴったりです。追加の護衛として連れてきました」
ドゥーアさんの言葉にあわせてスペクターがこちらに頭を下げた気がした。影だからいまいち挙動もわかりにくい。追加ということは今までも居たということか。気づかなかったな。
「この二名は今までの者と共に小屋の外で見張りをします。それなりの魔法が使えるので戦闘力が増加します。あと存在感がないので皆様方が気を使わなくてもよいという利点もあります」
なるほど。これから来るのはこちらの都合は何も知らない人らしいから、本来のドゥーアさんやエテルナ・ヌイの入り口にいたゴーレムでは目立ちすぎるよなぁ。彼らならそもそもあまり見えないので安心だ。
「私めは僭越ながらクレイト様に仕える魔法使いと言うことになっております。見た目があいませんが、まあ魔法の世界ではよくあることなので」
才能ある若い魔法使いに仕える老魔法使いってことか。指導役みたいなものかな。じいや、みたいな。
「わかりました、ドゥーアさんと皆さん、しばらくお世話になります」
そういって頭を下げる。スペクターたちは皆さんでくくっちゃったけど個別に紹介されてないし、そもそも見分けつかないし、いいよな。
「いえいえ、ご丁寧にどうも。リュウト殿。彼らもしっかり見張ると張り切っておりますよ」
スペクターとのやりとりはドゥーアさんを通じればいいようだ。
「そろそろジャービスさんたちが到着するようだ」
「タイミングが良かったようですな。ではお迎えすることにしましょうか。お前たちは見つからないようなところで頼んだぞ」
ドゥーアさんもクレイトさんと同じタイプだよな。付き合いやすい感じで助かるよ。ドゥーアさんの指示に従ったのか、いつの間にかスペクターたちは見えなくなった。どこかへ行ったのか本当に見えなくなっただけなのかまでは分からない。
しばらくするとエテルナ・ヌイがある方向とは逆側から足音?みたいな音が聞こえてきた。これは馬かな? 馬車っぽい。
さらにしばらく待っていると、二頭の馬にひかれた大きな馬車が見えてきた。二人座っているけど一人は女性のようだ。それにその周りにも武装した人が三人ほど見える。え、これ大丈夫なの?
「ああ、心配ないよリュウトくん。馬車を操っているのがジャービスさんで他はその護衛だよ」
向こうも気づいたのかジャービスさんらしき人が手を振ってきた。
その隣にはいかにも魔法使いといった風体の女性が座っており、馬車の横を歩いてついてきている戦士風の男性と何やら話をしているようだった。馬車の後方には弓を担いだ女性があたりを見回している。馬車から少し離れた場所にも男性が歩いていた。
「ユーリア様を呼んできますね」
ドゥーアさんがそういって小屋に入っていった。そういえばこの人達の中のジャービスという人はユーリアの恩人だったっけ。
しばらくすると小屋の前に馬車が到着した。
まず馬車の隣を歩いていた戦士風の男性がこちらに向かってきて挨拶してきた。
「やあ、お待たせしました。お久しぶりです、クレイトさん」
あら、クレイトさんとも知り合いだったのか。
「いえいえ、ご苦労さまでした。まずは休憩にしますか?」
クレイトが片手を上げて答える。その間に小屋からユーリアが駆けてきた。
「おはようございます、ジャービスさん、アレックスさん」
「やあ、おはよう。ユーリア」
おや、アレックスと呼ばれた戦士風の人、なんだか親しそうだぞ。
「そうしたいところですが、まずは荷物を下ろそうかと思います」
アレックスさんがユーリアに笑いかけながらクレイトさんに受け答えをする。
このアレックスという人、端正な顔つきで体も一見ヒョロく見えるが、戦士のかっこうをしているし、痩せマッチョというやつかな。話し方がすごく優雅で男から見てもあこがれてしまいそうだ。
「ご無沙汰しておりました、クレイトさん。いやぁ若いっていいですな。私はもう疲れてしまいましたよ」
そんなことを言っているジャービスさんだが遠くから見たときはおじいさんかと思ったけど、意外に若そうだ。頭髪はやや心もとなくなってきているが体つきはすごく良い。おじいさんに見えたのは、ひげをたくわえていてそのひげに多くの白いものがまじってるせいだろう。
「ええ、ジャービスさんはご休憩なさってください。荷物下ろしは我々がやりますので」
とアレックスさん。先程から良い印象しかないのだが、この人。
「そうかね、すまないな。わしはクレイトさんのご厚意に甘えるとするよ。やあユーリア、元気にしてたかい?」
「はい、ジャービスさん!」
ユーリアも笑顔だ。人里から離れたところに住んでいたら、知り合いが訪ねてきたらそりゃ嬉しいよな。
「ジャービス殿、アレックス殿、紹介しておこう。私の弟子となったリュウトだ」
あ、俺そんな立ち位置になったのね。聞いてなかったし、考えてなかったからクレイトさんのアドリブだな。
『そういうことだ。申し訳ないがこれが一番楽かと思ってね。良いだろうか?』
良いも何ももうそう紹介しちゃったんだし、弟子っぽく振る舞いますね。実際俺に魔法教えてくれたのクレイトさんですし、間違っちゃないですよ。
「最近、師クレイトに師事することになりましたリュウトと申します。よろしくお願いします」
そういって二人に頭を下げる。
「やあ、リュウトさんというのかい? 変わった名前だねぇ。ユーリアとは仲良くしてやってくださいよ」
ジャービスさんは笑いながらそう言って、小屋に入っていった。それにクレイトさんが付いて行く。
「はい、こちらこそよろしくお願いします。リュウトさん。私は黄昏の漂流者のリーダーをしていますアレックスと申します。よくジャービスさんの護衛を引き受けますので、今後もよくお目にかかるかと。よろしければ荷物を下ろす場所を指示していただいていいですか?」
小屋の配置はある程度わかってるし、分からないことがあればそれを考えたらクレイトさんが念話で答えてくれるだろうと期待して、引き受けることにした。
「わたしも手伝うよー」
ユーリアはジャービスさんでなくこっちについてきてくれるようだ。まあジャービスさんにはクレイトさんがついていったし妥当な判断かな。お茶も作ってたはずだし。
「ああ、頼むよ、俺がわからないところはユーリアが指示しておくれ」
「荷降ろしの前にこちらの紹介もしていいですか?」
ふと見ると、馬車の近くに三人が整列していた。
「あ、はい、お願いします」
「では、私は見た目通り魔法使いのロメイです。力仕事は苦手ですが頑張ります」
来たときに馬車に乗っていた人だな。帽子つばに隠れて顔はあんまり見えないけどたまに見える顔立ちは整っていて、切れ長の目が印象的な女性だ。
「俺は狩人で盗賊のビルデアだ。交渉事以外の雑事はだいたい俺の担当だ。頼りにしてくれていいぜ」
どう見てもおっさん。程よく焼けていて筋肉量の多い体。羨ましい。かつての自分ならそう思うであろう健康的に見える人だ。表情は豊かで悪い印象が残らない。
「僕は治癒術師のモーガンです。ずっと森に住んでたので森のことなら任せて」
最初の二人は見た目通りの人みたいだけど、最後のモーガンさんはどうやら僕っ娘のようだ。見た目は金髪をポニーテールでまとめていて皮鎧の上からでもわかってしまうレベルの豊かな胸を誇っていた。だからちょっと面食らってしまった。
持ってきていたのは結構な量の食べ物と衣服、大量の薪や葉っぱ、空の小瓶、様々な薬剤、小物が入った箱などだった。食べ物の大半は硬いパンと干し肉、干し魚だったが、それなりに新鮮そうな野菜類もあった。少量だがスパイス類もあったのはありがたい。
「俺らが買い集めてきたんだ。予算がだいぶとあったんでな、かなりいいものを買ってきてるぜ」
ビルデアさんが黄昏の漂流者を代表してか、説明してくれる。
「すっごく気になるので、一つ聞いてもいいですか?」
「ん? なんだ?」
「黄昏の漂流者って皆さんのパーティー名、ですよね? それってどういう理由で名付けられたんですか?」
「ああ、俺達四人が組むと決めた時間が夕暮れでな。それにその時は拠点とか決めてなかったからさ」
おう、ストレートな理由だった。俺の世界だとこういう名前はこっ恥ずかしい感じがするんだけど、こっちでは普通なのかな。皆にてれがないし。
「なるほどー。その時は、ってことは今は?」
「今はラカハイを拠点にさせてもらってるぜ。ジャービスさん俺らをよく雇ってくれるし、クレイトさんすっげぇ支払いが良いらしくてな。俺たちにも得させてくれてるのよ」
「ちょっとビルデア。しゃべくってないで体動かしなよ」
ビルデアさんがモーガンさんに蹴りを入れられた。
「ちょ、なんだよ。クレイトさんのお弟子さんに聞かれてるんだぜ。ちゃんと話さないといけないだろが」
すでに他の人はユーリアの指示で小屋に荷物を運ぼうとしてるようだった。おっと、これは邪魔しちゃった俺が悪いな。
「ああ、すいません、お仕事の邪魔するつもりじゃないので、また休憩のときにでも」
「おお、すいませんね。ちゃっちゃとすましちまうか」
俺ももちろん手伝うことにした。近くにあった小さめの樽を持つ。……おっも。なんだこれ、すげぇ重いぞ。なんか苦手とか言ってたロメイさんでも軽々と持ってたのに。この体じゃなかったら持てなかったかも。
「あー、そいつは玉ねぎだな。じゃあ俺はにんじんにするか」
そういって俺が持った樽と同じぐらいのやつを軽々と担ぐビルデアさん。
「野菜はどこにもっていけばいいですかね? リュウトさん」
おっと、指示は俺の役目でもあったか。台所でいいよな。
「台所へ運びます。ついてきてください」
そんな感じでまずは食材を運び込んだ。
運びながら聞いた話だと、前回は様子見だったからとほとんど持ってこなかった野菜類だけど、今回は予算もたくさんあったし、薪も大量に持ってきたのでジャービスさんの指示で野菜類も多めに持ってきたらしい。これは本当に助かる。それにジャービスさんはユーリアの健康のことも考えてくれてたようだ。
あと保存の当てがあると聞いたので、干し肉や干し魚の他にも塩漬けの肉や魚も持ってきてくれたらしい。少量だけど塩漬けされていない新鮮な肉や魚も持ってきているそうだ。それらの料理のためのバターやスパイス類もあると。これは食事が充実しそうだ。