指揮官
「聞いておったぞ、ファーガソンとやら」
ん? いつの間にかリヒューサが俺の隣に立っていた。仁王立ちというやつか?
リヒューサの目が座ってる気がする。おいおい、まさか酔ってしまったのか?
「前は人間の軍隊をひきいておったようじゃな。すなわち集団戦を理解しておるんじゃろ。近々わしと、このリュウト率いるエテルナ・ヌイ住民たちとの集団模擬戦をやる予定をしておる。お主、それの指揮官にならんか? 今のままでは烏合の衆すぎて相手にならんと思うのよ」
ファーガソンさんは突然の申し出に座っていた目を見開いて驚いていた。
しばらく硬直していたが、急におでこに自分の拳を当ててなんか気合を入れた。
するとファーガソンさんの座っていた目が普段どおりになっていた。酔いを冷ました?!
「リヒューサ殿、確かに俺は軍を率いていた頃があります。しかしさすがに竜とは戦ったことがありません」
「そらそうじゃろな。しかしいろいろと応用はできるじゃろ? ど素人よりはずいぶんマシだと思うぞ。リュウトを育ててやってくれんか?」
確かにリヒューサはちゃんと話を聞いていたようだ。
ファーガソンさんに育てろという言葉は効くと思う。
ちなみにリヒューサのお目付け役のはずのアルティナさんはこちらの様子を見て一人で笑っていた。
どうやら無事に酔えたようで笑い上戸のようだ。
「しかし今の俺は孤児院の職員で……」
「わしからクレイト様には話しておくわ。一日ぐらい良いじゃろ。それに子どもたちを見物に連れてきても面白いんじゃないか? わしの勇姿も見せたいしな」
えー、それはちょっと、クレイトさんと要相談だな。ファーガソンさんは悩んでいた。
「それにせっかく身につけた知識と技術じゃ、存分に奮ってみたいとは思わんか? やらかしたわけでなし何も過去を否定する必要はないんじゃないか」
さすが見た目は幼いが年の功だ。これもファーガソンさんに効いたようだ。
「俺はここしばらく剣を握っていませんでしたし、勘も鈍っていると思います。しばらく時間をいただけるなら是非にやらせていただきたい」
「なんだかよくわからないが、将軍が将軍に復活するんですね。これはめでたい。将軍、酔いを冷ましちゃったようだし、もういっぱいどうですか? この分は俺からの祝いということでおごりますよ。子どもたちにもおごりましょう。まだ飲みたい子はいるかい?」
見てみると大半の子がすでにジュースを飲み終えていたようで、皆手を上げている。
「よーし、さすが将軍の教え子たちだ。もう一杯、私が出してあげるから飲みなさい」
そういって厨房へ戻って、お姉さんと一緒にジュースを持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
俺が代表して店主に礼を言う。それを見てか、子どもたちも一斉にありがとうと言った。
しかしなんだか変なことになってしまったな。
ただジュースを飲みに来ただけなのに、ファーガソンさんが竜との模擬戦に参加する流れになってしまった。
しかし確かに俺に人を指揮する能力はないし、助かると言えば助かる。
あとはクレイトさんがどう判断するかだな。
そのあとは普通に宴会みたいになってしまった。
子どもたちも場に酔ってしまった感じで大騒ぎだったが、当の店主であるポールさんが煽った感じだったので、まあいいかと思う。
問題はこれ夕食食べれるのかってところかな。ずいぶんと飲み食いしてしまった。
リヒューサはファーガソンさんと意気投合しちゃって一緒に飲んでたし、アルティナさんは笑いながら飲んでたけど、いざ帰る際にファーガソンさんみたいに拳を額にあてて気合を入れたらなんか酔いが冷めたみたいだった。
「ちょっと真似をしてみただけだったんですけどね。もちろん元々私にはそんな特技はなかったですから多分義体の機能ですね」
酔いたい時に酔えて、いつでも覚ませられるっていいよなぁ。クレイトさんが羨ましがるほどの性能にしたというのも頷ける。
グーファスは酔ってるけどそんなに前後不覚にはなってないようだ。まああの体格だしそれほど酔うには量が足りないのかもしれない。
俺もほろ酔い程度で済んだ。前の体だったらべろんべろんになってしまいそうな量を飲んだが、この頑健な体はお酒にも強いようだ。
ファーガソンは帰る際にまた酔いを覚ましていたし、大丈夫だろう。
店主とお姉さんにお礼をいいながら店を出てきた。
この店はいいな。また何かあったら皆で来たいぐらいだ。クレイトさんが飲み食い出来たら良かったんだけどねぇ。
帰宅してすぐに夕食が出てきたけど、子どもたちは皆バクバク食べてた。
ユーリアが食いだめ出来るのは知ってたけど、育ち盛りをなめていたようだ。
たまたまザワークラウトが出されていたのでお店と味が違う!と子どもたちの間で話題になっていた。
正直俺にはいまいち味の差はわからなかったけど。子どもゆえの敏感さなのか、同じメニューでも違う人が作ったものをあまり食べたことがなかったせいなのか。
夕食の後、ファーガソンさんとリヒューサ、アルティナさんとでクレイトさんに店での話の報告に行った。グーファスとユーリアは子どもたちの相手をしてくれている。
レミュエーラはもう完全に子どもたちに溶け込んでしまっている。
「ふむう……」
クレイトさんは考え込んでしまったようだ。珍しい。いつもは即断即決なのに。
『いや、もうすでにゴーストたちにはゴーレムも行き届いているし、まだ準備できていないのはスペクターやファントムたちの分だけだから問題ないとは思うんだ。ただエテルナ・ヌイが危険地帯であることに変わりはないからね。数人程度ならいいが全員となるとちゃんと面倒見きれるかどうか』
「エテルナ・ヌイはまだ危険だからねぇ。もし万一子どもたちがいるときに何かが攻めてきたら、と思うとね」
俺にだけしか届かない念話だけでなく口に出した言葉にアルティナさんが提案する。
「ではこういうのはどうでしょう? ウッドゴーレムを子どもたちの分だけ創造し、子どもたちはウッドゴーレムに肩車させて移動させるというのは。パニックになってもちりぢりになることもないですし、ウッドゴーレムの制御でしたら私でも三体を同時に出来ますからクレイト様なら十体同時も可能なのでは?」
「ふむ、確かにちゃんと一箇所にまとまってくれるなら守るのは容易だしな。普段は子どもたちに移動の制御をさせていざというときだけ遠隔操作すればいいしね」
「あの……私が参加するというのは?」
ファーガソンさんが気になったのか聞いてくる。
「ん? 参加するのに何か問題があるのかい?」
「いえ……とくには……」
「実際エテルナ・ヌイには指揮が取れるような人材はいないからね。正直助かるよ。僕やリュウトの指揮では素人丸出しだからね」
「はあ、とはいっても私の知識は統率の取れた軍のものですから。エテルナ・ヌイの戦力はゴーレムと冒険者が主だと聞きましたし」
「そのへんリヒューサ様がおっしゃっていたではないですか。応用がきくと」
アルティナさんがフォローしてくれる。
「なに、実戦じゃないんだ。試行錯誤するのも模擬戦のうちだよ」
「それもそうですな。では気楽に受けさせてもらいます。とりあえず確認だけしておきたいのですが、今弓を使えるのはレミュエーラとハンター、アレックスとビルデア、モーガンに他冒険者の一人だけなんですね」
「はい、そうですね。他冒険者の一人も弓、クロスボウですけどそれを背負ってるのを見ただけですし、ハンターは狩りで使ってるだけですが。他の冒険者も一部は使えるような気もします」
俺が答える。知らなかったがアレックスさんやビルデアさんも使えるのか。まあ嗜んでてもおかしくはない。
「模擬戦ですから降りてきてくれるとは思いますが、空を飛ぶ相手には魔法と弓ぐらいしか有効な手がありませんからな。正直全く足りないと思うのでなにか考えておきますよ」
「ああ、そうしてくれ。それがエテルナ・ヌイ防衛の参考になると思うし。もし事前になにか必要ならいつでも言っておくれ」