将軍
「とりあえずソーセージとハム、ポテトにザワークラウトを三人前ずつ頼む。あと煮込みも大きいのお願いするよ」
遅れて入ってきたファーガソンさんが注文してくれた。
「お飲み物はいかがしましょうか?」
「りんごとぶどう、どっちがいい? りんごがいいやつは手を上げてくれ」
ファーガソンさんが子どもたちに向けて質問した。四人手を上げた。
「じゃあ残りはぶどうな。よしそれじゃりんごジュースを五つ、ぶどうジュースを十つ、俺はワイン、皆さんは?」
大人たちが聞かれたんだろう。何にしようかな。あっちでも飲んだことないし気になるな。
「じゃあ俺はミードを」
グーファスはワイン、アルティナさんはシードル、リヒューサもミードを頼んだ。
「わかりましたー、少々お待ちくださいー」
ここでもメモなんか取らず記憶だけで注文をとっていった。やっぱりメモはないのか貴重なんだな。
「なんかジュースが多い気もするんですが」
気になったのでファーガソンさんに聞いてみた。
「ああ、リヒューサ殿やアルティナさんのとかを含めてのですね。あと酒を頼んだ皆さんにも飲んでみてもらいたくてですね。あ、代金は気にしないでください。ここの分は俺が出しますから」
「え? いいんですか? この人数だからそれなりにしますよ?」
「いいっていいって。お給金いいし、たまにはおっさんらしいこともさせてくださいよ」
ファーガソンさん、普段はいつもしかめっ面といっていいしぶい顔をしているのに、このときばかりはすごいいい笑顔だった。
俺は第一印象から誤解というか厳しい人だと思い込んでいただけなのかも知れない。
しばらくもしないうちにジュースとお酒が運ばれてきた。
それに続いて食べ物もどっさり来た。
三人前ずつだったはずだけどずいぶんと多い。
「どうです、すごいでしょ。これがここの標準なんですよ。安い割に量が多くてそれなりにうまい」
「それなりってひどいなぁ、将軍」
店主も料理を持って個室に来て、ファーガソンさんに軽口を返す。……将軍?
「あの値段でやってんですから、時間と努力をどんなにかけてもこれが精一杯ですよ。あんときとは違うんですから」
「あの? 将軍って? ファーガソンさんのあだ名みたいなものですか?」
「どうぞ、うち特製の煮込みです。フォークとスプーン、人数分持ってきますから好きに食べてください。あ、はい。今はあだ名みたいなものですね、俺にとっては今でも将軍ですけど」
なんだか意味深な言いようでまた店主は戻っていってしまった。
子どもたちはさっき食べたばっかりなのにすごい勢いでジュースを飲み、ソーセージとかを頬張っている。
俺もちびりちびりとミードを飲んでる。
蜂蜜酒っていうから甘いものだと思ってたけど、いうほど甘くないんだな。
かわってるけど美味しいと言える。
リヒューサもアルティナさんも上品にお酒を飲んでいるようだ。グーファスはなんか拝みながら飲んでる?
レミュエーラはユーリアをとっかかりにして屋敷の子たちと仲良くやっているようだ。
とても下半身が鳥の異種族だったとは思えない溶け込みようだ。
まあ実際育ての親と言えるのが人間であるグーファスなんだからなんだろうな。
店主が食器とジョッキを持ってまた来てくれたので、さっきの話の続きを聞かせてもらう。
「俺、ファーガソンさんがこの街にふらっと来て、あっという間に伝令頭になったってことしか知らないんですよ。店主さんはなにか知ってそうですけど」
「ああ、そうなんですね。隠してるんですか? 将軍」
「いや別に隠してねぇし。実際クレイトさんには伝えてあるしな」
あ、そうなんだ。そういえばファーガソンさんと何度か二人で話してたっけ。
「将軍、ファーガソンさんは以前この町に来る前は帝国で将軍やってたんですよ」
「へ? 将軍やってたって?」
「ええ、文字通りの一軍を任された将官だったんです。俺はその時の炊事兵だったんですよ。調理専門の兵士がいた軍なんて将軍のとこだけだったですけどね」
「ええ? なんだってそんな人がここに?」
子どもたちはジュースで盛り上がってるし、リヒューサとアルティナさんは静かにお酒を飲んでるし、グーファスは拝みながらお酒を飲みつつもちゃんとレミュエーラとかを見てるようなので、俺はユーリアの様子を見ながら話を続けることにした。
持っていたジョッキを一気にくいっと煽ってからファーガソンさんが答えてくれた。少し酔いが回ったのか口調がやや荒くなってる。
「いや、俺も平民の出身なんだが帝国はそんなの関係なしに俺を将軍にまでしてくれたんだがなぁ。国を守る役目は必要だし名誉なことでもあるんだが、ふと俺の人生、人殺しの訓練だけで終わっていいのか、って思っちまってな。
名誉も何もかんも投げ捨てて出てきちまったのよ。あ、俺は身内や家族のいない天涯孤独だし、引き継ぎはちゃんとしてきたぜ。出奔を許してくれた皇帝陛下には頭が上がらねぇよ」
店主さんも座って会話モードになっている。こっちとしてもありがたい。
「そんときポール、この店の店主のこいつな、ポールから手紙が届いてよ。この町で店をやることになったからついでがあれば顔を出してくれってな」
「俺は軍を満期で除隊して、せっかく炊事兵として料理の腕をあげたんで店でもやろうかと、この町に流れてきたんだ」
「おう、タイミングのいい手紙だったなぁ。俺は帝国で暮らすには顔を知られすぎていたし、かといって都市連合とか将来帝国に弓ひきそうだしで、近いけどあまり帝国とのやり取りがない王国のラカハイなら俺のことなんかポールしか知らないだろうし、第二の人生始められるって思ったんだよ」
「なるほど、それがなんでうちに?」
ファーガソンさんがまたワインを煽った。酔って話そうということかな?
となると俺も酔ったほうがいいのかな?と思ってミードを煽ってみた。むせそうになった。
酒を煽るなんて飲み方したことなかったから。
「この町独特の職業である伝令を始めたんだが、すぐに前の伝令頭に気に入られてしまってな。なんでも後を引き継げる人材がいなくて引退できなかったとか。もういい年したおじいさんだったからな。なんでぽっと出の、おっさんになってから始めた伝令が頭になっちまった」
ファーガソンさんはまた煽ろうとしたけどもうなくなってしまったのか、店主のジョッキを奪って煽った。
ひでぇ!とか言ってたけど店主は怒らずにこにこ顔で自分の分をまた取りに行って戻ってきた。
「勘定に入れときますからね、まったく」
酔ってるとはいえ、こんなフリーダムな一面がファーガソンさんにもあったのか、と我ながら自分の見る目のなさに呆れた。
「伝令頭も悪い仕事じゃねぇ。もとから人を育てるってのは軍にいた頃から好きだったしな。もしかすると天職だったのかもしれん。けどな、また俺は人を顎で使うような位置に早々に来ちまったのがアレでよぉ。そりゃ伝令は人も殺さねぇし喜ばれる仕事だからやりがいはあるんだがな」
また煽ってはすぐになくなってしまうと気づいたのか、今度はソーセージをひょいぱくしてる。
「前の伝令頭の轍を踏まんように最初から、目をつけた見どころのある若いやつを頭になれるよう育てていたし、そんな時にジャービスから誘いを受けたんだよ。俺の愚痴をよく聞いてくれてたからな」
ファーガソンさんの目が座っている。これかなり酔ってないか?
「今の俺は幸せですよ。天涯孤独だったのが一気に十人もの子どもを抱えたかのようだ。しかもどの子もあまり色がついてねぇ。しいていえばジャービスの色がついてる子もいるが、ジャービスの色なら俺に似てるしな。俺はこの子達を立派にしてやると誓ったのよ」