竜のうろこ
「あ、竜の子だ!」
トーマがリヒューサに気づいてしまったようだ。慌ててブロックに入る。
「リヒューサはちょっと用事があって来たんだ。用事が終わってからね」
トーマはあからさまに嫌な顔をした。まあそんな事言われても子どもじゃ止まらないわな。
「あとで遊んでやるからの、いい子で待ってなさい」
リヒューサがそれに気づいてトーマに話しかけた。
「ほんと?! 竜になってくれる? 背中に乗っていい?」
トーマは竜としてのリヒューサに興味があるようだ。
「背中にか? うむむむ、まあいいわ、約束してやろう」
トーマはおとなしく引き下がってくれた。
目を離していたうちにダロンがレミュエーラと話をしていた。
そういやダロンは本来のレミュエーラと面識があったな。そのせいかかなり驚いている様子だ。
「に、人間の子だったの?」
「いまはそだよー」
なんて会話が聞こえてくる。
伝令やってる年長の子アエラスとフレデリックの二人がグーファスに取り付いている小さな子たちの面倒を見てくれているので俺はフリーになれた。
グーファスがまた子どもたちによじ登られて役目を果たせない事態に陥ってるので俺が代わりにレミュエーラについた。
ユーリアはアルティナさんについてくれているようだ。
アルティナさんはあからさまに魔法使いっぽい格好をしているので、魔法の才能を持ったパトリシアと魔法の素養を持っているフィオナが興味を持ったようだ。
自己紹介でクレイトさんの弟子ではないが今は弟子みたいなことをしていると言っていた。……まあ間違ってないよな。もうひとりの魔法の素養を持っているエドガーは今、グーファス登頂攻略に夢中だ。
レミュエーラもダロンも会話してるだけで大人しくしているので問題ないと判断し、グーファスに目で合図を送ってからロメイさんが休んでいるところへ行ったリヒューサとクレイトさんの後を追った。
ロメイさんがいる部屋にはアレックスさん以外にも知らないおばあさんもいた。どうやらすでに産婆さんが待機してくれているようだ。
「朝から体調が悪いと聞いてのう。なんでも経産婦はここにはおらんいうから心配になって来たんじゃよ。他に予定もないしな」
そういや今の屋敷には子どもを生んだことのある人はいなかったな。
経験者がいないから細かいことはよく分からないし、確かに心配かも。シムーンさん良い産婆さんを紹介してくれてありがとう。
リヒューサがつい今しがた寝たというロメイさんを覗き込んだあと、静かに部屋を出た。それにクレイトさんと俺はついていく。
「わしがきて正解だったかもしれんぞ。ちょっと憔悴しておるようじゃった。わしが今から作るお守りは体力を上乗せし、痛みに耐える力を分け与え、病魔を退けるものじゃからの。さてせっかくじゃからさっきの坊主にも手伝ってもらうかの」
リヒューサが玄関前の広間で皆と十分距離をとってから竜に戻る。前より大きくなってるからけっこうぎりぎりだ。
さすがにグーファスによじ登っていた子たちも気づき、リヒューサのそばに寄ってくる。真っ先に寄ってきたのは最初にリヒューサに気づいたトーマだった。
リヒューサはそのトーマに細長い尻尾を伸ばし巻き付けて持ち上げ自らの背中に誘導する。
トーマは最初恐怖からか叫んでいたけど、痛くないせいか、あるいは先程の約束を思い出したからか静かに身を任せていた。
ゆっくりとトーマはリヒューサの背中の上に降りた。遠くから見ても分かるぐらいトーマの目は輝いている。
リヒューサは頭を背中に伸ばしトーマに話しかける。
「背中に剥がれかけている鱗はないか?」
「いくつかあるみたい」
「そのうちのひとつを剥がしてくれ」
「痛くない?」
「ああ、痛くはないさ。お前で言えば髪の毛を一本抜く程度のことさ」
「分かった。えい、とれたよ」
「よし、では降りて、あとでわしに渡してくれ」
そう言ってからまた尻尾をトーマに巻きつけてゆっくりと下ろしてあげた。
そのあとまた少女の姿に変身し、トーマに近寄る。
「ありがとう! はいこれ!」
勢いよくリヒューサに剥がした鱗を渡した。
「おう、すまんな。背中は自分ではなかなかうまく手入れできんのでな。助かったよ」
「また言ってくれたら手伝うよ!」
トーマは調子に乗ったようだ。けど悪いことでもなさそうなので、そのまま放置した。
「おう、また今度鱗が必要なことがあったら頼むことにしよう」
「これがお守りの材料じゃ。以前は懇意にしてもらっていた竜にわけてもらっておった」
竜のうろこがお守りの材料なのか。確かにゲームとかでも効果があったりした気がするな。
「こいつを胸のあたりに置いて、わしが術を使えばよい。早速しようかの」
再びロメイさんが寝ている部屋に入る。
産婆さんや俺達が見守る中。
ロメイさんの胸の上においた竜のうろこにリヒューサが何かを唱えて術をかける。
みるみるうちにグーファスの手のひらよりも大きかったうろこが、小さく縮んでいく。
最終的には指一本分ぐらいの大きさにまで縮んだ。
「よしこれでいいじゃろ。こいつは中の子どもにも良いからの。丈夫で元気な子が生まれるはずじゃ」
落ち着いた感じで術を終えたリヒューサはこちらに振り返った。
「ここにはミスリルの道具を扱えるものはおるかの? そいつに頼んで子どもを生んだらお守りに穴を開けて紐を通して子どもにかけてやるといいぞ。ミスリル以上でないと穴が開けられないどころかかけるからの」
うちにはミスリルのものなんかあの宝物庫のミスリルゴーレムぐらいしか知らないけど、スミスさんなら持ってそうだ。
「産婆殿や、今痛みにも強くなるお守りを妊婦に渡した。じゃから陣痛の痛みも柔らかくなっとるはずじゃ、参考にしておくれ」
「はぁ、分かりましたが、あなたはどこのどなたさんじゃな? お見受けしたところ高位の術者様のようじゃが」
産婆さんが了解しつつもリヒューサを不思議に思っている。まあ見た目単なる少女だからなぁ。そんなのが産婆さんと同じような口調で喋って、お産に関することを話しているのだから訝しむのも分からないでもない。
「ああ、わしはある地方の長老と巫女を兼ねておったもののそばにおった者じゃ。町の常識にはあわんとは思うがそういった経緯での、こんな感じなんじゃわ」
「ほうほう、そんな偉い方じゃったか。失礼しました。妊婦の顔色も良くなっておりますし、ありがとうございます」
見た目子どものリヒューサに対して丁寧に頭を下げる産婆さん。
「あとはわしに任せてもらってよいですよ。まだ生まれないと思いますし」
そう言われたので産婆さんと夫であるアレックスさん以外は部屋から出た。
とりあえずあの産婆さんは優秀っぽいので一安心だ。アレックスさんもそばにいるし任せていいだろう。
とりあえず要件は済んだけど、どうしようか。
『せっかくだからレミュエーラとグーファス、リヒューサやアルティナを連れて町の広場で買い物とかしてきたらどうだい? 子どもたちも一緒でもいいかも知れない』
アルティナさんはいいとして俺一人ではレミュエーラとリヒューサ、子どもたちでは面倒みきれないかも。
『誰かスタッフについていってもらおう』
俺とユーリア、グーファス、リヒューサ、アルティナさん、年長組を含めた子どもたち全員とそれを率いるファーガソンさんと一緒に街に出ることになった。
ファーガソンさんと行動を共にするのははじめてかも。
俺の第一印象は厳しそうな人、だったが存外子どもたちにも人気があるようだ。
子どもたちがちゃんと敬意を払いつつもなついている。
今回は年長組がいるので子どもたちの管理も思ったより楽だろう。年長組も普段は伝令に出ていて一緒に行動することは少なかったからなぁ。
まずは定番になった串肉から。もう店のおっちゃんとも知り合いレベルだ。今日は子どもをたくさん引き連れてきたので思いっきりおまけしてくれた。
レミュエーラもリヒューサも何故肉を串に刺しているんだろう?と最初は不思議がっていたようだが、焼いているのを見たのと食べてみて理解したようだ。
以前は食が細かったルクスもおまけでもらった小さめのものを完食した。最近はよく食べてどんどん成長しているようだ。
もしかすると以前は食べれなかったから食べなかっただけなのかもしれない。
他の子もよく食べた。
特に年長組のアエラスとフレデリックの食べっぷりは見事なものだった。普段走り回っているんだし、これぐらい食べないといけないよなぁ。
「次はどうします? リュウトさん」